表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/51

黒崎鉄心

黒崎は机の前で立ち上がった。


窓の外を見た。港区の空。雲が動いていた。


「整理するぞ」と黒崎は言った。「お前に知っておいてほしいことがある」


「話してください」


「確認されている《スキルエラー》——構造系スキル持ち——は、現時点で国際的に三例ある」


黒崎はホワイトボードに書き始めた。


日本。《構造透視》。榊誠二。


欧州。《構造破壊》。エリアス・ヴォルフ。


東南アジア。《構造記録》。身元非公開。


「三人とも、所属組織に《スキルエラー》と判定されて追放されている。日本のギルドはお前を追放した。米軍はヴォルフを不名誉除隊させた。東南アジアの一人は現地のギルドを解雇された」


「米軍?」


「エリアス・ヴォルフは表向きスウェーデン人の探索者だが、実態は元米国特殊部隊だ。欧州に拠点を移している。スキルの詳細は軍の分類外とされた——要するに、軍の既存カテゴリに当てはまらなかった。だから処分した」


俺は黒崎の書いた文字を見た。


「全員が古代遺跡のある地域に引き寄せられるように動いている」


「スキルが反応するんですか」


「わからない。だが偶然じゃない」


黒崎はホワイトボードを一度消した。


「もう一つ話す。管理者権限、という概念がある」


「管理者権限」


「古代の遺跡が——システムとして設計されているとしたら、という話だ。ただの遺跡じゃない。操作できる構造。開ける扉がある。そのためには鍵が必要だという仮説が出ている」


「鍵というのは」


「スキルだ」と黒崎は言った。「構造系のスキルが、その鍵だという話が出ている。まだ仮説の段階だが——欧州の研究者から、日本の研究機関にその概念が共有されてきた」


「誰が研究しているんですか」


「複数の機関だ。表と裏がある。表は国際探索者調整委員会。裏には——まだ言えない」


黒崎は俺を見た。


「桐島のことは知っているか」


「旧会長ですか」


「そうだ。処分を受けて退いた。だが動いている。管理者権限を国家管轄にしろという動きがある。遺跡の利権を特定国家の支配下に置こうとしている連中がいる。桐島はその方向で動いている」


「なぜ今、俺に話すんですか」


黒崎が俺を見た。


「お前はドイツに行く。向こうで何かが起きる。その前に知っておいてほしかった。——俺はお前を信用しているわけじゃない。だが実力は認めている。それだけだ」


「わかりました」


俺は立ち上がった。


「一つだけ聞いていいですか」


「何だ」


「黒崎さんは、なぜ管理者権限を国家に渡したくないんですか」


黒崎は少し間を置いた。


「遺跡が何のために作られたかがわかる前に、誰かに独占させるのは危険だからだ。それだけだ」


俺は頷いた。夕方五時。


ひなたから呼び出されていた。


近所のファミレスだった。ひなたは既にパフェを食べていた。


「師匠、来るの遅いですよ」


「五分前です」


「わたしが早かっただけです」


俺は対面に座った。


「ドイツ、行くんですね」


「なぜ知っているんですか」


「凛花さんから聞きました。早いですね、情報が」


「……」


「わたしも行きます」


「まだ三ヶ月経っていません」


「二ヶ月と三週間経ちました。ほぼ三ヶ月です」


「一週間足りません」


「誤差です」


俺はひなたを見た。


ひなたは俺を見た。


「師匠一人で海外とか絶対ダメです」と言った。「何かあったときに誰が後ろを守るんですか。凛花さんは来られない。現地の探索者は信用できるかわからない。わたしが行きます」


「《加速》の制御は」


「完璧ではないですけど、使えます」


「完璧でないなら——」


「完璧を待ってたら、いつまでも行けません」と言った。「師匠だって最初から完璧じゃなかったはずです。違いますか」


俺は何も言わなかった。


「一週間で仕上げます。体の調整も終わっています。行かせてください」


俺はコーヒーを頼んだ。


届くのを待った。


「一週間、見ます」と言った。「判断はそれから」


「約束ですか」


「約束ではないです。判断する、という話です」


「意地悪ですね」


「正直です」


ひなたは少し笑った。


「……行けると思いますよ、たぶん」


「そうですか」


「はい。師匠がそう思ってるの、顔でわかります」


「そんな顔はしていません」


「してます」


俺はコーヒーを飲んだ。その夜、自室に戻った。


スマホのニュースを確認する習慣は、ここ一ヶ月でできていた。


「ドイツ・バイエルン州ダンジョン——エネルギー読解値が過去最高を記録」


記事を開いた。


欧州の探索者協会のレポートだった。


ドイツのダンジョン深層部が放つエネルギー読解値が、今夜の計測で初めてレベル9を超えた。通常のSSクラス级ダンジョンの最大値はレベル7程度とされている。


俺はスマホを置いた。


窓の外を向いた。


その瞬間——


《構造透視》が、勝手に動いた。


意識して起動したわけじゃない。スキルが自律的に反応した。


視界が重なった。


東京の床。建物の柱。地面の下。ダンジョンの構造。四十一番の古代遺跡。その下の深層。さらに——


西。


西の方向。


ヨーロッパ。ドイツ。


《構造透視》が、距離を超えて、何かを感知していた。


パルスのような震え。


同じ構造。同じ素材。同じ設計。


繋がっている。


東京の遺構と、あの向こう側が。


「……繋がっている」


俺は声に出して言った。


スキルが静かに震え続けていた。


距離なんて、関係なかった。


俺はパソコンを開いた。


配信ソフトを立ち上げようとして——止まった。


今この感覚を、視聴者に説明できる言葉があるか考えた。


ない。


構造系のスキルを持ったことがある人間でないと、この感覚はわからない。《構造透視》がステージ3に達して、感知範囲が広がって——東京のダンジョンを通り抜けて、地球の裏側に近い場所にある遺構を感じている。


言葉にしても、信じてもらえる気がしなかった。


でも。


世界中に、同じ種類のスキルを持った人間がいる。


全員が同じことを感じているかもしれない。


パルスの震えを。古代の構造物が、何かに向かって動こうとしているその感覚を。


俺はパソコンを閉じた。


メモ帳を取り出した。


「構造系スキル——管理者権限——三つの鍵」


黒崎が言った言葉を書いた。


ドイツで確認すること、として書き留めた。


そして最後に一行、書き加えた。


「第三の鍵は何か」


黒崎は鍵の話を途中でやめていた。


一つ目は《構造透視》。


二つ目は《構造破壊》。


三つ目——まだ名前が出ていない。


東南アジアの《構造記録》か。


あるいは、まだ発見されていない誰かのスキルか。


窓の外で、東京の夜が静かに続いていた。


《構造透視》は動き続けていた。


西の方向を、指し示すように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ