そして、次の深淵へ
三週間が経った。
東京の十月は、気づいたら秋になっていた。
ダンジョン探索から帰ってきた三人の日常は、完全に変わっていた。帰還直後から取材依頼が殺到した。テレビ局が四十二社。雑誌が百件以上。SNSのフォロワーは俺だけで三百万を超えた。
ひなたが「師匠すごい」と言った。
「ひなた、あなたは五百万いますよ」と凛花が言った。
「えっ」
「現役女子高生SS級攻略者というのは、報道的に非常に扱いやすいそうです」
「……なんかすごい言われ方してる」
こんな会話が毎日あった。
俺は基本的に取材を断った。配信だけ続けた。配信の方が、俺には向いていると思っていたし、言いたいことを言えた。
S級認定の証書は、区役所に行ったときの免許証みたいに、あっさりもらった。
正式な書類と、小さなカード。カードの端にSと書いてある。
「これだけですか」とひなたが言った。
「これだけです」
「なんか、もっと式典とかあっても——」
「一週間後にギルドの公式式典があります」
「じゃあそこで——」
「俺は断りました」
「なんでですか!?」
「大きい場所が苦手です」
「師匠——」
人混みが苦手なのは昔からだ。それは変わらなかった。S級になっても、三千万人に見られた後でも、俺は人混みが苦手だった。
凛花の腕の治療は、専門の施設で始まっていた。骨折は三週間で概ね回復したが、蓄積ダメージは時間がかかるという。一年以上のリハビリが必要だと言われた。
「一年以上の休養中に、次の準備をします」と凛花は言った。
「次の準備?」
「あの下の層の話です」
俺は止まった。
「知っていましたか」
「榊さんが、帰還した後もずっとあの方向を見ていました。何もないところを」
「見えていました。《構造透視》で」
「どんな場所でしたか」
「……わかりません。まだ」
「でも、あります」
「あります」
凛花が頷いた。
「では、準備します」
それだけだった。
ひなたは「え、もう次の話してるんですか」と言っていた。
「聞いていたんですか」
「筒抜けでした」
「……」
「わたしも行きますよね?」
「行けると思いますか」
「行けます!」
「《加速》の制御がまだ不安定です」
「特訓します!」
「いつから」
「今日から!」
「凛花さんが今日から特訓を始めたら、医師に怒られます」
「わたしの話です!」
俺はひなたを見た。
「三ヶ月後から始めましょう」
「三ヶ月!?」
「回復期間です。あなたも《加速》の反動で内臓に負荷がかかっていると言われていました」
「……そうですけど」
「三ヶ月後から始めます」
「約束ですよ」
「約束します」
ひなたが満足そうに頷いた。
その夜、俺はアパートに戻った。
三週間ぶりに、一人で過ごす夜だった。
机に座って、パソコンを開いた。
配信ソフトを立ち上げた。
チャンネル名は「榊誠二の構造解析日誌」。登録者が気づいたら七百万になっていた。
コメント欄を眺めた。
「S級おめでとう」「凛花さんの腕は大丈夫?」「ひなたちゃんかわいい」「次のダンジョンはいつ?」「師匠師匠師匠」——ひなたのファンが流入してきている。
俺はマイクのスイッチを入れた。
「こんばんは。榊誠二です」
コメント欄が動いた。
「……今日は短めにします。最近、話すことが多すぎて、何から話せばいいかわからなくなっています」
コメントで笑われた。
「本当のことです」
俺はしばらく黙った。
「一つだけ言います。次の配信は——世界を変えるかもしれない」
コメント欄が止まった。
「大げさに言っているわけではないです。それだけです。今日はここまでにします」
配信を切った。
スマホにニュースの通知が来ていた。
ニュースアプリを開く気はなかったが、ロック画面に内容が表示されていた。
「【速報】欧州ダンジョン群に新発見——古代遺跡様構造の確認、日本の第四十一番と類似か」
俺は画面を見た。
記事を開いた。
ドイツの研究チームが、アルプス山中のダンジョン深層で、日本の地下都市と同型の遺跡構造を確認した。という内容だった。
続きを読んだ。
欧州の探索者チームが現地に入っている。リーダーはエリアス・ヴォルフという人物。三十四歳。スウェーデン人。欧州ランキング三位。
スキル名が書いてあった。
《構造破壊》。
俺は一度、画面から目を離した。
《構造破壊》。
《構造透視》の対になる名称だ。構造を透かして見るのが俺のスキルなら、構造を直接破壊するスキル——
二つのスキルが、同じ古代遺跡に向かっている。
俺はスマホを置いた。
窓の外を見た。
夜の東京。明かりだらけ。
《構造透視》が動いていた。部屋の壁の構造。建物の骨格。地面の下。ダンジョンの方向。その先の、もっと深い場所——
全部が繋がっている、という感覚が来ていた。
俺のスキル。凛花の腕。ひなたの《加速》。地底のもう一層。欧州の遺跡。《構造破壊》というスキルを持つ男。
全部、一つの構造の一部だ。
《構造透視》が、それを教えていた。
俺はパソコンの前に戻った。
ノートを開いた。
表紙に「第2巻 調査メモ」と書いた。
ペンを持った手が、止まった。
そして——俺は笑った。
声には出なかった。でも、笑っていた。
これは——第一巻の終わりで、俺が笑った、唯一の瞬間かもしれない。
「面白くなってきた」
誰もいない部屋で、俺は言った。
窓の外で、東京の夜が続いていた。
俺のペンが、動き始めた。
【第4章「地底の覚醒」完】
【第1巻「見える男の構造解析」完】
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【ニュース速報・欧州発】
ドイツ・バイエルン州のダンジョン深層で確認された「古代地下遺跡」は、日本の第四十一番ダンジョン地下都市との建築様式・素材・配置構造において、九十二パーセントの一致を示すことが明らかになった。
現地入りしている欧州探索者チームのリーダー、エリアス・ヴォルフは、本日の記者会見にて次のように述べた。
「我々は既に最深部への接触を試みています。この遺跡が何のために存在するのか——それは、日本で起きたことと無関係ではないはずです」
ヴォルフのスキル、《構造破壊》については詳細が明かされていないが、関係者によれば「構造そのものを概念レベルで解体する」能力とも言われており——
「同じ答えに向かっている別の鍵が、存在する」
——第2巻へ続く——




