地下都市
壁が光った。
建物の石造りの壁面に、文字が浮かんだ。いや、文字ではないかもしれない。記号のような、模様のような——でも明らかに、意図を持って刻まれた何かだ。
「読めますか」と凛花が言った。
「読めない。でも」
《構造透視》が走った。
「パターンは認識できる」
模様の構造が見えた。規則性がある。繰り返しがある。文法のような何かだ。
「言語です。古い言語。たぶん、文字として成立していた」
「解読できますか」
「少し時間をください」
俺たちは都市の中を進んだ。
廃墟の街は不思議なほど整然としていた。崩れた建物もあるが、道が塞がれているわけではない。まるで人が去った後、そのまま時間だけが経過したような状態だ。
ひなたが周囲を見渡した。
「ここ、誰かが住んでたんですよね」
「そう思う」
「どんな人たちが——」
「わからない。でも、建物の規模から推測すると、かなりの人口がいた」
「ダンジョンの中に?」
「ダンジョンとして使われる前からあったのかもしれない」
凛花が足元の石畳を踏んだ。「非常に精巧な石工です。現代の技術でも再現が難しい」
「《構造透視》で見ると——」
俺は石畳を見た。
「石の下に何かが通っています。パイプのような、管のような。都市全体に網目状に張り巡らされています」
「エネルギーの経路ですか」
「そう。魔素を循環させるためのものだと思います。この都市全体が——ひとつの巨大な機関として設計されている」
俺たちは中心部に向かって歩いた。
十分ほど進んだところで、広場に出た。
円形の広場だった。直径五十メートルほど。中心に噴水のような台座があった。水は出ていないが、台座の周囲に古い文字が刻まれている。
俺は台座に近づいた。
《構造透視》を最大限に展開した。
見えた。
台座は装置だった。都市全体に流れる魔素の、中継点だ。ここを通じてエネルギーが分散し、都市の隅々まで行き渡るようになっている。
「これは分配器です」
「何の?」
「都市全体のエネルギーを。コアから出力された魔素が、この台座を経由して都市中に送られる」
「つまり、コアが——」
「都市を動かしていた。都市全体が、コアによって駆動する一個の機械だ」
凛花が台座の文字を見た。「この文字は、各建物の壁と同じですか」
「同じパターンです」
「管理記録のようなものでしょうか。稼働状況や、履歴の記録」
「そう解釈できます」
ひなたが台座の横に手をついた。「師匠、この台座、《加速》をかけたらどうなりますか」
「やめてください」
「怒った」
「都市全体に連動しているかもしれない。下手に刺激すると何が起きるかわからない」
「じゃあ触らない」
「触らないでください」
俺は立ち上がった。中心部の方向を確認した。
光の脈動が近くなっていた。
百メートルほど先に、他の建物より一際大きい構造物が見えた。ドーム型の建物。外壁全体が青白く発光している。
「あれがコアのある場所だと思います」
「行きますか」と凛花が言った。
「行きます」
歩き始めたところで、ひなたが立ち止まった。
「師匠」
「何」
「壁の文字、また変わった」
振り返った。
さっきまで静止していた壁面の文字が、動いていた。パターンが変化している。新しい記号が加わっている。
「……何かメッセージを発信している」
「俺たちに向けて?」
「コアが、俺たちの接近を検知した」
《構造透視》が情報を受信した。文字のパターンが、さっきより複雑になっている。繰り返しの構造が変わっている。
「何が書いてある?」
俺は読もうとした。
パターンを解析した。繰り返し部分。変化部分。文法的な構造。
「まだ完全には——」
俺は止まった。
「一部だけ読めます」
「何と書いてあります?」
「『到達』という概念があります。それから——」
俺は壁を見た。
「『確認』という概念。そして——」
もう一つの記号。この都市に入ってから、至る所で見かけたパターン。
「これは——問いかけの形式です。この都市の言語では、問いかけは特定の記号の組み合わせで表される」
「何を問いかけている?」
凛花が俺の隣に立った。
俺は壁を見た。
問いかけの記号。到達の概念。そして、最初に刻まれた記号——都市に入った瞬間から、至る所で繰り返されていた記号。
それは、俺には——
存在を指し示す記号に見えた。
「問いかけています」
俺は言った。
「何者か、と」
ドーム建物の扉が音もなく開いた。
内側から光が漏れた。
俺たちを——招いている。




