スキルエラー、戦力外通告【第1章 孤高の逆撃】
八年分の居場所を、五分で失った。
窓の外には都心の夕暮れが広がっていたが、俺の目はその景色を映していなかった。《ヴァンガード》クランの会議室——壁一面がガラス張りの、雑誌の取材でよく使われる部屋。照明が白く、清潔で、どこか冷たかった。
「榊。座れ」
鷹峰涼介が椅子に深く腰掛け、俺を見上げた。三十五歳。探索者ランキング十一位。今や日本最大手クランのリーダーとして、業界誌の表紙を飾る男だ。
俺と同じ年に探索者登録した、元同期だった。
「ああ」
向かいの椅子に座る。テーブルの上にはタブレットが一枚。画面は俺に向いていた。
「ずっと調査していた。《構造透視》のことだ」
鷹峰が指でスライドさせる。画面に映し出されたのは、俺のスキル診断ログだった。
《スキル判定エラー:該当スキルの効果を確認できません》
「これが三ヶ月連続で出ている。榊、お前のスキルはシステム上、機能していない扱いになってる」
「……使えてるが」
「探索者協会の公式判定がそう出てる以上、俺たちにはどうしようもない。保険の問題がある。ランク算定の問題もある。チームの編成にも影響が出る」
静かな声だった。感情的でなく、事務的で、それがかえって重く響いた。
「つまり」
「戦力外だ。クランを出てもらう」
三年前のことを思い出した。
A級ダンジョン《深淵廻廊》が崩壊した夜、《構造透視》で瓦礫の向こうの空洞を見抜いて、脱出ルートを割り出した。あの時クランに残っていた十二人全員を外に出した。鷹峰も、その中の一人だった。
八年間。
八年間ここにいた。
《ヴァンガード》の創設期から、泥臭い低ランクダンジョンを駆け回って実績を積んだ。鷹峰と二人で徹夜で攻略ルートを考えた夜が何十回もあった。クラン員が増え、施設が整い、名前が売れていく中で、俺はずっと現場に出続けた。
「実績の話は」
「過去の話だ」
鷹峰は表情一つ変えない。
「今のクランに必要なのは、明確な戦力だ。数字で示せる力だ。エラー判定のスキルを持つ探索者を抱えることは、クランのブランドリスクになる」
ブランドリスク。
俺のことを、そう呼ぶのか。
胸の奥で何かが燃え上がりかけて、すぐに冷えた。怒鳴っても意味がない。泣いても変わらない。ただ、やるせない、という感覚だけが底に残った。八年という時間が、今この部屋で数字に換算されて——足りないと判定された。
「荷物をまとめろ。私物のロッカーは明日までに空にしてくれ。これが解雇通知書だ。サインを——」
「いらない」
椅子を引いた。立ち上がると、鷹峰が初めて眉をわずかに動かした。
「榊」
返事をしなかった。
ロッカールームに向かう廊下を歩きながら、俺は自分の手を見た。傷だらけの手だ。ダンジョンの壁に叩きつけられた跡、熱属性の攻撃を受けた時の火傷跡、全部ここに残っている。
ロッカーを開ける。中身は少なかった。換えのグローブ、サブのナイフ、使い込んだフィールドノート。それだけだ。バッグに放り込む。
廊下に戻ると、クランのスタッフが二人、遠くから俺を見ていた。目が合うと、どちらも視線をそらした。
出口に向かう。重い防音ドアを押し開ける。
外の空気は冷たかった。六月なのに、やけに冷えた夜だった。
足が、勝手に動いていた。
クランの施設から三ブロック歩いたところで、スマホが振動した。画面を見る気にもなれなかったが、繰り返す振動に観念して取り出した。
通知ではなかった。マップアプリが、自動で起動していた。
画面の中に、見覚えのないピンが立っていた。距離、徒歩十一分。ラベルには——《深夜解放区域・臨時ゲート》とある。
探索者協会が管理する、夜間限定の単独潜入ダンジョン。本来は上位ランカー向けの施設で、俺には縁のない場所のはずだった。
バッグの中のフィールドノートが、角張って手に当たった。
——どうせ、行く場所もない。




