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古代文明、全部“暇つぶし”でした。  作者: あめたす


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第5話:うつ伏せの巨人と、消えた笑い声

第5話:うつ伏せの巨人と、消えた笑い声


 島が泣いているような気がした。

 翌朝、僕らが訪れたのは「アキヴィ」と呼ばれる場所から少し離れた、荒涼とした海岸線だった。そこには、昨日のような誇らしげな巨像はいない。

 あるのは、顔面を地面に叩きつけられ、無残に折れ、転がった石の塊――「フリ・モアイ(倒されたモアイ)」の群れだ。


「……凄惨ね」


 朱理の声が、乾いた風に削り取られる。

 彼女はうつ伏せになった一体のモアイの傍らに跪き、その首の断面を、壊れ物に触れるように撫でた。


「部族間の戦争。相手の部族が持つ『マナ』を封じるために、その象徴であるモアイの眼を壊し、うつ伏せに倒した。……これを、あなたはまだ『遊び』の延長だと言うの、河田君」


 僕は答えられなかった。

 耳の奥で、昨日までの陽気なノリが、急速に湿り気を帯びて反転していくのを感じていたからだ。


『……おい、あっちの村が倒しに来るぞ』


『隠せ! 作りかけのやつ、全部埋めちまえ!』


『せっかく鼻を高くしたのに。……あーあ、つまんねぇの』


 それは、「戦争」という言葉で片付けるには、あまりにも個人的で、矮小な悲しみだった。


「……いや、別にいいんですけど」


 僕は自分の指先が、わずかに震えているのに気づいた。


「ただ、彼ら、たぶん怖かったんだと思いますよ。せっかく積み上げてきた『暇つぶし』が、自分たちの命より先に終わっちゃうことが。……自分たちが笑って過ごしてきた時間が、ただの石ころに戻されるのが、耐えられなかったんじゃないかな」


「……暇つぶし? まだそんな不謹慎なことを」


 朱理が立ち上がり、僕を射抜くような視線を向ける。その瞳の奥には、彼女が信じてきた「歴史の尊厳」を汚されたことへの怒りがあった。


「先生、ちょっと待って」


 江花がカラーグラスをずらし、僕の顔を覗き込んだ。彼女のレコーダーは、僕の吐息ひとつ逃さず記録している。


「河田君。あなた、今『冷笑』で言ってるんじゃないわね? むしろ、逆……」


「……どうでもいい話なんですけど」


 僕は、倒れたモアイの背中にそっと手を置いた。石は冷たく、けれどどこか熱を帯びているように感じた。


「僕、考古学って、世界で一番優しい嘘だと思ってるんです。……だって、そうでしょう? ただの石ころの山に『意味』を見出して、名もなき誰かの執念に『名前』を付けてあげる。朱理さんたちが何十年もかけて砂を払うのは、彼らが『いた』ことを、無かったことにしたくないからですよね」


 朱理の言葉が、喉の奥で止まる。


「……でも、彼らはもっと単純だった。意味があるから作ったんじゃなくて、作ることが、彼らの『生』そのものだった。……だから、壊されるとき、彼らは信仰を失ったんじゃなくて、ただ『明日遊ぶ約束』を奪われたんです。……それって、すごく、寂しいじゃないですか」


 沈黙が訪れた。

 江花が万年筆を噛む手を止め、じっと僕を見ている。

 朱理は、倒されたモアイの眼窩がんかがあったはずの場所を見つめ、ゆっくりと息を吐き出した。


「……あなたは、この無残に転がった石たちに、同情しているの?」


「同情、っていうか……。たぶん、僕と同じなんですよ。僕も市役所の地下で、誰にも読まれない資料を整理しながら、『これ、何の意味があるのかな』って毎日思うんです。でも、その資料の端っこに、当時の誰かが書いた落書きを見つけると、ちょっとだけ安心する。……ああ、この人も暇だったんだな。僕と一緒だなって」


 僕は、朱理の方を見た。彼女は、僕が初めて見せる「考古学への愛」に、どう反応していいか分からないようだった。


「意味がなくても、価値はあるんです。……いや、意味がないからこそ、彼らがそこに注いだ情熱は、純粋だったんじゃないかなって」


 遠くで、波が岩を叩く音がした。

 朱理は、もう一度だけモアイの首に触れ、それから僕に背を向けて歩き出した。


「……あなたの説を認めるわけじゃないわ。でも、そうね。……明日遊ぶ約束を奪われた、か。それは、少しだけ……。いえ、何でもないわ」


 彼女の歩幅が、昨日より少しだけ小さくなった気がした。

 江花が、レコーダーのスイッチを切る音がした。


「河田君。君、やっぱり危ういね。……安心させておいて、一番言われたくないところで、一番優しいナイフを刺す。……先生の『意味』という名の鎧に、ヒビが入った音がしたわよ」


「……たぶんですけど。江花さんも、録音してるとき、ちょっと楽しそうですよね」


 僕は空を見上げた。

 そこには、古代の人々が見上げたのと同じ、無意味で、けれど圧倒的に美しい星空が、出番を待っていた。

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