異なる恐怖
『前回のあらすじ』
ナズナ・イクス・ユイ以外の孤児は教会へ残る選択を取り、仲を引き裂いた事に心を痛めるエックス。
宿屋兼酒場へ戻るとパイモンが居り、我が君の名を聞く条件に契約を持ち掛けるも、契約は結べず。
ベーゼレブルは前大戦で自身の半身が操られていた黒幕の能力に目星をつけるが、憶測の域を出ない。
そんな中、突如降り注ぐテラー粒子。その効果を見せ付ける様に、獣人商人の恐怖心より誕生する恐獣。
エックスが酒場兼宿屋から駆け出した後、ユイはその場で泣き崩れ、両手で何度も繰り返し涙を拭う。
心配になり、駆け寄るベーゼレブルと頼まれ事を断れず、恐獣の動向から目が離せないパイモン。
泣き止まぬ少女の身体を診ても、新たに傷が出来て痛い訳ではなく、泣き続ける理由が分からない。
もしや恐獣の存在が周囲に恐怖心をばら蒔いてるのでは?そう考え、我先に飛び出し恐獣へ挑む。
神父の冷静さを欠く行動に一瞬驚くも、仕方ないと考え自身も飛び出し戦闘に参加する。だが……違う。
ユイは彼の心に触れ、再度人間を護る為に黙示録の獣と成る勇気を、自身の友を救いに出たと知った為。
──エックスが酒場兼宿屋から駆け出す十分前、神父不在の教会。真っ暗な一室で引き籠る孤児の二人。
「姫……どうして」
「…………」
部屋の中は元々無人だったのか。机や電気が無い上、昼下がりと言うのに日当たりが悪く、薄暗い。
窓側・部屋の隅にて膝を両手で抱え、体育座りのまま俯き、呟く藍色の長髪と瞳を持つ少女。
ナズナ・イクス・ユイを姫と呼ぶ彼女と、何も喋らず窓側に立ち尽くし、ただただ外を眺める猫娘。
二人の仲は良かったのだろう。されど繰り返される毎日の中で、蝶が羽ばたく程度の微細なズレが。
何度も起これば、それは大きな影響を及ぼす。塵も積もれば山となる様に、不満や不服は増えて行く。
だが……生命は微細な変化には気付かない、気付き難い。毎日逢っていればいる程、余計に。
「神なんて……この世界には、居ない…」
誰もが一度は憎しみをぶつける様に思い、怒りのままに吼え、絶望に打ちひしがれ口にする言葉にして。
突然突き付けられる現実。哲学者フリードリヒ・ニーチェは言い、書物に記した……『神は死んだ』と。
もう誰も真剣に神様や教会のご機嫌なんて気にして生きていない。何故か?神を信じ生きた時代よりも。
日々生存を賭けた日常生活をしなくても良く、何より人類の叡知たる科学が証明してしまったが為。
神秘や信仰、怪異や恐怖。形無くあやふやで、知恵あるモノから生まれ出る概念を解明しては。
何の変哲もない、退屈に成り下がる。恐怖するが故に怪談や妖怪が生まれ、信仰が神や天使を形作る。
少女が神を否定した時。目の前に黒い髑髏の紋様が床に現れ、黒い煙と共に現れる高伸長で細身の男。
「その通り!神なんて都合良いの幻想。だからこそ──君の姫は唆された」
「ッ!!」
「悪いのは君や姫じゃない。あのエックスとか言う悪党だ」
男の服装はフード付き灰色の長袖に、濃い黒のズボンを着用。緑の短髪の下には窪んだ様に見える隈。
目の前で過剰気味に耳に心地好い肯定的な言葉と、演劇の舞台役者宜しく身振り手振りで表現する。
神を幻想と否定し、悪いのは君達ではなくアイツだと、耳元で囁き責任転嫁を行う謎の男。
突然現れては右耳元で囁く行為に拒否感や恐怖を覚え、猫娘の方へ尻餅を着いたまま逃げる。
彼女の畏怖する表情と行動に男はニヤリと笑い、腰を降ろし目線を低くすると淀んだ眼で二人を眺め──
「奪われたんなら力尽くで奪い返せば良いんだよ。此処はそう言うルールだろ?」
悪魔の如く地獄への道を囁き、懐から二丁目の拳銃を取り出して、少女達の前へ差し出すその銃は……
女性の小さな手で握れる程。確かに此処南区は弱肉強食に類似したルール故、男が言う事も正しい。
耳に心地良い言葉を続け、正義は悪を裁く英雄と褒め称え、大切なモノを奪った相手は討つべき悪。
更には弱者は悪で強者こそ正義と付け足した後──力を持つ事は悪ではない、弱さこそが悪と唆す。
藍色の髪と瞳を持つ少女は思う。あの時、ユイがエックスの元へ向かうのを止められなかったのは。
嫌われる事や、相手の大人を恐れた臆病な自分の弱さが原因で悪なのだと。だからか……
(大丈夫……大丈夫だ。一発撃って脅かせば、アイツは簡単にユイを手放す)
「……その通りだ。だから──あの男から姫を奪い返す」
心の中で自身の焦りを落ち着かせる様に、取るべき行動と起こるであろう結果を経験からイメージ。
今まで視て来た奴らは皆、己が命の危機に陥った時、全てを投げ出してでも自分だけ助かろうとした。
だからだろう。エックスもこれまでの奴らと同じ、強烈な痛みを与えて脅せば済む話だと認識した後。
右手で銃を取り、心に決めた覚悟を、大切な存在を奪ったエックスの姿を思い浮かべながら思考。
彼女は目を細め、目の前に居る男へ言う。猫娘は銃を取らず、耳こそ二人の方を向けど視線は窓の外。
「決行は今夜から日付けが変わった後の午前二時。中央エリアにある六番倉庫内」
「其処に、あの男が来るのか?」
「──勿論。もう餌を撒き終え、後は魚が自ら網に掛かるのを待つだけさ」
決行日は今夜の日付けが変わった後。子供には眠気で苦しい時間帯かつ、場所は薄暗い倉庫内。
あの男は本当に来るのか?食い付く様に問い掛ける彼女の様子に少し面食らう謎の男だが。
それも二秒足らずの間。口角を上げて不適な笑みを浮かべ、必ず現れる様に餌をばら蒔いたと断言し。
定置網漁同様、魚が網に掛かるのを待つだけ。男は「後は手にした銃で撃てば済む話」と語り。
伝えるだけ伝え、数歩下がれば現れた時同様足下から噴き出す黒い煙に包まれ、姿を何処かへと消す。
「…………胡散臭い上、余りにも都合の良い話だけど……信じるの?」
「確かに私達を我欲の為に利用する奴らと同じ、反吐が出る臭いだが──」
猫娘が見る窓の外は教会裏。春の優しい日差しに日に照らされ、耕された畑で伸び伸びと育つ野菜達。
子供が苦手なピーマン系や人参にシソ、ジャガイモに玉葱とプチトマト等々色鮮やかな物が多い。
一度視線を藍色髪の少女に向け、本当にあの男の言葉、都合の良い提案を飲むか否かを訊ねる。
聞かれた当人自身も、相手の胡散臭さや信用の出来なさ、此方を利用する気だと理解し毛嫌いするも。
「ならば、此方も奴を利用すれば良いだけだ」と冷たく言い放ち、受け取った銃のメンテナンスへ。
「弾倉が無い。中折れ式?それで弾は一発だけ」
「それ……ボンドアームズ・サイクロプス。装弾数一発の小型拳銃」
ハンドガンの様にグリップ下からマガジンを差し込んだり、リボルバーのシリンダーも何も無い。
装填方法が分からず、上下に振る途中で引き金の上から銃身が折れ曲がり、銃口が持ち主へと向く。
銃身より落ちし弾丸は大人の親指よりも長く、それを見た猫娘は銃の名前を言い当てると目を細め思う。
手の平サイズで、リンカーン大統領暗殺に使われた小型銃の発展系。女性や子供でも使える護身用銃。
弾は四十五ー七十ガバメント弾。熊を殺せる狩猟用ライフル弾で、人間に使えば急所で無くとも死ぬ。
例え脅しでも過剰過ぎ、反動も他の銃より抑えられているが、決して子供に渡して良い代物ではない。
(それだけ、エックスと言う人物を危険視している?あんな優男を?)
「残弾が一発では試し撃ちも出来んか」
(近しい故に必然的に見逃す。……君が行おうとしている行動は本当に、お姫様の為になると思うのか?)
謎の男の企みを見抜く猫娘。しかしエックスに対する評価は力を全く感じず、脅威に取れぬ優男。
だからこそ、狩猟用の弾丸を装填した銃を寄越す理由が分からない。再び窓の外を眺め、思考する中。
藍色髪の少女は残弾的に試し撃ちが出来ぬ上、初見かつ射程距離も不明な銃で如何に当てるかを考える。
チラッと横目で彼女を視る目を細め、救おうとする相手が救いを求めているとは限らない。
親しくなり、距離が縮まる程見えず、理解し難くなる相手の心。猫娘は理解している為、言わない。
仮に言っても、凝り固まった思考と思い込みは解けない。ならば痛みを以て、理解させるしか無いと。
「……ん?この響き渡る炸裂音と降り注ぐ光の粒は一体?」
「別に暖かくも何ともないな」
「触っても大丈夫なのか?」
「雪みたいに溶けるだけで、何ともない」
東側でも降り注ぐ恐怖X獣生成専用粒子搭載型ミサイル。略称・恐獣ミサイルのテラー粒子。
突然降り注ぐ謎の粒子は外を眺める猫娘の目に否が応でも入り、下手に触るのは危険だと認識するも。
声に気付いた藍色髪の少女が窓を開け、迂闊にも雨が降ってるか確認する様に左手を伸ばす。
平気かどうかを訊ねても、当人には何の症状も起きていない。だからだろう。迂闊にも触れたのは……
それから幾らか時間が過ぎ、教会へ駆け付けたエックスは此処へ残った孤児の二人を探しに来たが。
全ての部屋を開けても、物陰や周辺を探しても二人を見付ける事は出来ず、気付けばもう夕方。
「はぁ、はぁ。あの二人……一体何処へ?」
「誰か探してンのか?」
「パイモン。あぁ、この教会に残ったユイの友達二人をな」
「お、おい!」
息を切らして中央・倉庫エリアまで探しに来たものの、二人の姿は何処にも無く不安が募るエックス。
恐獣の処理が終わったのか、衣服にすら被弾した様子も無く、無傷で逆に探しに来たパイモンと遭遇。
無数の汗と息切れ、自身の接近にも気付かず、視界に映っても意識にすら入らない程の高い集中力。
様々な気にも留めない情報から考察し、話し掛けて漸く彼女の存在に気付き、情報を求めて訊ねる。
しかし首を横に振るパイモンの姿に肩を落とし、再び探そうとするエックスの背に向け呼び止める。
「家族でもなく、親も居ねぇ。この世界じゃ何処にでもいるガキだろ?何をそんな必死に──ッ!?」
必死に孤児達を捜索する姿から悪魔的、野性動物的、sin歴に当然とも言える理由を投げ掛ける。
気に掛ける、取るに足らぬ事に対し、二度と取り戻せない時間を消費してまで行う行動なのか?と……
続きを口にする瞬間──パイモンは全身が凍った様に固まり、冷や汗が額や頬、手足を伝い流れ落ち。
静かな波は突然荒れ、停泊中の船を大きく揺れ動かし、東西エリアの木々から鳥達が一斉に飛び立つ。
背筋を伸ばした直立から猫背になり、首だけ振り向くその顔には……黄泉の国で視たあの黒い仮面が。
自身へ向く、紅蓮に燃える七眼。刹那、自身は彼に対する禁句を無責任に吐いたのだと、理解する。
「……子供は未来を、世界を夢で広げる開拓者であり開発者にして俺の宝だ。二度と下衆な言葉を吐くな」
仮面越しに喋るエックス。彼の体から向かい風の如く吹き付けられるマナと威圧感は凄まじく。
暴風の一言。全身に浴びる恐怖は気を抜いたり緩めば意識が飛びそうで、踏ん張るのが精一杯。
面と向かい合う形で振り返り、背筋を伸ばすと子供は未来を担う者にして、夢物語と馬鹿にされる夢想。
ソレを現実に成す開拓者であり、開発者と告げ、そんな子供達が自身の宝だと続けた後。
夢を馬鹿にしたり穢す下衆な発言は二度と吐くなと言い閉め、自ら右手で仮面を外すと──
「パイモン。貴女は地獄の西方を任されし気高き魔王なのだろう?」
「……えっ?」
「『無下に民草を見下す発言は止めろと言っただけだ。子を正しく導くは大人の責任だぞ?パイモン』」
「は……ハッ!此度の聞くに堪えぬ我が失言、大変申し訳御座いませんでした!!」
先程までの強烈な威圧感やマナの暴風は過ぎ去り、目を開け口にした声からは冷たい口調は無く。
パイモンに向けるは叱責した相手に対する申し訳無さからか、慈しむ優しい微笑みと、柔らかな口調。
唐突な豹変を体験し、思わず零れる疑問。何故地獄の西方を任されている事を知っているのか?
だが、その疑問はエックスに我が君たる存在、悪魔王ルシファーの姿と声が重なった言葉で吹き飛ぶ。
驚きの余り一瞬言葉に詰まるも、直ぐ様その場で跪き、右拳を地に着け自身の失言を高らかに謝罪。
「い、いや。そこまでしなくても…」
(確かめねば。何故この者に、我が君の姿と声が重なったのかを)
想定では普通に頭を下げた謝罪だった為、仰々しい謝罪方法を前に思わず引いてしまうエックス。
そんな彼とは裏腹に、先程見聞きした幻と声。その理由と原因を突き止める覚悟を決めるパイモン。
その後、遅れて合流したベーゼレブルとユイも含め、四人で捜索を再開するも結局……見付からず。
疲れ果てたユイは宿へ帰宅後、パイモンと風呂に入り、エックスの作った晩御飯を四人で食べ。
空いてる一室でパイモンを護衛、酒場兼宿屋周辺の警戒にベーゼレブルと言うやり過ぎ警備の中眠る。
午前一時五十分。海賊はエックスが中央・六番倉庫へ向かうとは知らぬまま、互いに別ルートで進む。




