千年日記
宮大工の姿を追った。
その一挙手一投足に目を光らせた。
妻はその丁寧な仕事ぶりをカメラに収め、フラッシュと連射音が鳴り響いた。
宮大工の技の素晴らしさと彼らが作り上げた作品をより多くの人に伝えなければならない。それも、わかりやすく、感動的に。
鋭い眼光、
盛り上がる筋肉、
磨き抜かれた技、
張り詰める空気、
それらを文章にすると同時に、写真、動画に収めていった。そして、宮大工の神髄へと迫っていった。
鉢巻と足袋姿の妹にマイクを向けた。
カメラをじっと見据えた妹は真摯な声で語り始めた。
「私を含めて宮大工は全員、木の声を聴きながら、木の心を感じながら、木と話をしながら、木の気持ちに沿って木組みをしています」
「棟梁や経験を積んだ宮大工は千年前の古の大工と話をしながら一つ一つ丁寧に修復をしています」
「宮大工は技術だけでなく古から受け継いできた日本の精神の承継者でもあります。千年の魂を引き継いでいるのです」
*
2週間に渡る取材を終えて、ノートを見ながら音声と写真と動画の編集作業に着手した。しかしそれは簡単なものではなかった。
先ず、膨大な資料の中からインパクトのあるものを選び出さなければならない。次に、それらを多くの人が興味を持ってくれるものにまとめていかなければならない。慎重の上にも慎重を期さなければならないのだ。
しかし、慎重にやるだけではインパクトは生まれない。時には大胆な発想も必要なのだ。見る人を引き込むような演出が必要なのだ。平均点レベルや〈よくできました〉レベルでは意味がないのだ。突出したものに仕上げなければならないのだ。
もし、それができなければ次はないだろう。誰の関心も引かずに埋もれてしまって、どこからも問い合わせが来ないに違いない。
それに、そんなことになったら聖徳太子から頂いた名を汚すことになる。それだけはしてはいけない。わたしは〈背水の陣〉という言葉を背負って、一心不乱に作業に没頭した。
*
完成したのは10日後の夜明け前だった。妻が起きるのを待ってそのことを告げると、「ちょっと待って、顔を洗ってくる」と言って洗面所に飛んでいき、すぐに戻ってきた。
わたしは妻をパソコンの前に座らせて、完成したものを見せた。
すると、食い入るように見ていた妻は、「よくできているわ」と言ってくれた。
それを聞いて、ホッとした。今までの努力が報われたと思った。でも、妻はパートナーであり、クライアントではない。肝心なのは妹の反応だ。依頼人である妹が気に入ってくれなければ意味がない。
それに、オヤジの反応が気になる。プロ中のプロであるオヤジに認められるのは容易なことではないのだ。朝早くから仕事場へ出かけて行った妹とオヤジが帰ってくるのをじりじりと待ちながら、何度もチェックを繰り返した。
*
その夜、みんなで夕食を済ませたあと、居間へ移って、パソコンを開いた。妹とオヤジとオフクロに見せるためだ。ホームページを表示させて、妹にマウスを渡した。
彼女は一心不乱に画面を見つめていた。
それをドキドキしながら見ていたが、すべてを見終わると、手を止めて笑みを浮かべた。右手の親指を立てて頷き返してくれた。
ほっとして、オフクロに視線を移すと、妹の右横で嬉しそうに微笑んでいた。気に入ってくれたようだ。
問題はオヤジだ。妹の左横で腕組みをしたままじっと画面を見続けていたが、そこに笑みはなかった。
気に入らないのだろうかと一気に不安になった。ダメ出しされるかもしれないと思うと体温が下がったような感じがした。そんな簡単にオヤジが首を縦に振るわけはないのだ。
そう思い至ると、今夜お披露目したのは拙速だったような気がして、居たたまれなくなった。
しかし、後戻りはできない。賽は投げられたのだ。息を呑んで見つめていると、オヤジは画面から視線を外して、いきなり立ち上がった。顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
えっ⁉
わたしは固まってしまった。身動きできず、目で追うこともできなかった。しかし、わたしの横を通り過ぎようとした時、大きな手がわたしの肩を掴んで、二度三度強く揉んだ。そして、ポンポンと軽く二度叩いて、部屋を出ていった。
わたしは気が抜けたようになりながらも、オヤジの大きな手で揉まれ叩かれた右肩に左手を置いた。そこにはまだ温もりが残っているように感じた。
その名残に浸っていると、妻が手を重ねてきた。その上にオフクロが、そして妹が手を重ねた。すると、更にその上から多くの手が重なってきたように感じた。それは宮大工の手のように思えた。古から続く宮大工たちの手に違いないと思った。わたしはその重みをしっかりと受け止めて、胸の奥で彼らに告げた。
「皆さんの技を、想いを、千年の魂を、後世に伝え続けるために一身を捧げます」
*
翌日、ホームページを開設した。
『女宮大工・才高宮の千年日記』
才高家が代々修理をし、再建してきた数々の国宝や重要文化財を詳しく紹介すると共に、宮大工としての日々の活動を日めくりのように紹介していった。
それだけでなく、色々な紹介ページの最後に必ず妹のメッセージを入れ込み、文字で音声で繰り返しそれを発した。
「宮大工の仕事に興味のある方、男女を問いません、是非ご連絡ください」




