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オフクロの直球

 

 仕事を辞めて『伝想家』として独立することを決断したわたしだったが、妹のサポートだけをするつもりはなかった。それでは飯を食っていけないからだ。だから、妹のサポートを足掛かりにした事業展開を考えていた。それは、宮大工以外の工匠(こうしょう)を支援する事業だった。


 仕事の減少と後継者不足に悩む工匠は全国に数多くいる。そんな人たちにスポットライトを当て、世に広く知らしめ、新規受注と後継者確保を実現させることができれば貴重な匠の技を存続させることができるし、事業としても成り立つと考えたのだ。


 それを話すと、妻は諸手(もろて)を上げて賛成してくれた。それだけでなく、「お義父さんとお義母さんにも話しておいた方がいいんじゃない」と促された。まだ早いような気もしたが、いつかは話さなければならないことと思い直して、週末に出向くことにした。


        *


「あら、いらっしゃい」


 電話もせずに行ったせいか、オフクロが驚きの表情を浮かべたが、匠を見た瞬間、満面笑みになって、奪うように抱きかかえた。そしてさっさと奥へ連れて行くと、「お~」というオヤジの声が聞こえてきた。目を細めて匠に腕を伸ばしている姿が容易に想像できた。


 居間に行ってみると案の定だった。目尻を下げたオヤジが匠を膝に抱いていた。しかし、わたしの姿を見た途端、「んん」と喉を鳴らして、顔を引き締めた。


 それからしばらく手土産の和菓子とお茶で時間を潰したが、言い出す切っ掛けがなかなかつかめなかった。妻は賛成してくれたが、オヤジとオフクロが同じ反応をしてくれるとは限らないからだ。というよりも、匠を路頭に迷わすかもしれない決断に反対される可能性は低くないと思っていた。だから、妻から何度も目で促されたが、その度に微かに首を振って、まだだ、という意思を示した。


 そのうち、はしゃいでいた匠の目がトロンとなったと思ったら、すぐに眠ってしまった。すると、それまで賑やかだった居間は一気に静寂に包まれ、手持ち無沙汰になったオヤジとオフクロが同時に茶碗に手を伸ばした。それを見て、今だと思った。


「ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだけど」


 独立と工匠支援事業について打ち明けた。


 オヤジは腕組みをしたまま何も言わず聞いていた。対してオフクロは何度も頷きながら耳を傾けていたが、話し終わるや否や、「うちにいらっしゃい」と直球を投げ込んできた。そして、「家賃がもったいないでしょ」と妻に同意を求めた。話が急すぎて受け止めることができずにいたが、「食費も電気代もガス代も水道代も新聞代も一緒に住めばぐっと安くなるのよ」と声が続いた。


 どう返事したものか、すぐに反応できなかった。オフクロの言っていることは確かにその通りなのだが、親との同居という選択肢はまったく考えていなかった。そんなことを夫婦で話し合ったこともなかった。そもそも(しゅうとめ)と一つ屋根の下で暮らすというのは妻にとってハードルが高すぎる。

 恐る恐る妻の顔を覗き見ると、真剣な眼差しをオフクロに向けていた。すると、オフクロが更なる剛速球を投げてきた。


「恵さんも会社を辞めて叶夢と一緒にやったらどう?」


 わたしは腰を抜かしそうになった。しかし、妻は笑みを浮かべていた。それだけでなく、意外な言葉が口から飛び出した。


「そうしましょうか。どうせなら一気に人生を変えてもいいかもしれないですね」


 何を言っているんだ、この二人は、


 予想外の展開に泡を食った。それでも、話はどんどん進んでいった。オフクロがオヤジを見て、「同居して、二人の新しい挑戦を応援してもいいわよね」と言ったのだ。それは同意を得るというよりも決定事項を報告しているような口調だった。あまりに急すぎてポカンとしていると、オヤジは腕組みをしたままボソッと声を出した。


「好きなようにすればいい」


 オヤジは匠の寝顔を見て頷いてから、ゆっくりと立ち上がって縁側に行き、突っ掛けを履いて、庭に出て行った。垣間見た顔にはなんの表情も浮かんでいなかったが、背中が何かを語っているように見えた。それが何かはわからなかったが、もしかしたら、あの時のことを許してくれたのかもしれないと思った。一緒に住むことを許可したということは、水に流してもいいという反応のように思えた。


 オヤジの背中を追っていると、匠が急に目を覚ました。すると、抱っこ、というように妻に手を伸ばした。抱きかかえられると、今度はわたしに手を伸ばした。そして、「ばあば」と言って、オフクロに笑みを向けた。また満面笑みになったオフクロは匠をわたしから奪うようにして抱きかかえ、「決まりね」と匠にウインクを投げた。

 それから立ち上がって妻の方を向くと、「今夜はお祝いをしましょ。恵さん手伝ってちょうだい」と言い残して台所に向かった。

 その後姿に向かって「はい」と返事をした妻は立ち上がったが、わたしの耳元に顔を寄せて、「さすがお義母さんね。肝が据わっているわ」と囁いた。わたしは呆気にとられて何も返事ができず、台所に消えた二人の残像を見続けるしかなかった。



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