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真約 メフィストフェレス  作者: 三文士
31/60

Cabaret

こんな事を言える日がくるなんて‥ついに最終章突入です!!!と言っても、ここからが長いんですけどね。懲りずにお付き合いください。

「いやーー!久しぶりの地上!懐かしき我が家!あー!やっぱり良いなあ、ここが一番だ!」


タケルは魔列車から降りてすぐ、背伸びをしてデカい声で叫んだ。あたしはまだまだ寝足りないせいもあって、目がショボショボとしていた。


降り立ったのはどこぞとも知れない街の一角で、そこら中に背の高いビルが立ち並ぶ冷たい雰囲気の場所だった。まだ時刻が未明だからか、人気はない。


「ホイ!ホイ!あーあ!空気がウマイッ!」


タケルがかなり面倒臭いテンションになっている最中、あたしは手っ取り早く太陽を凌げる場所を探していた。


もう辺りは明け方が近い。他の世界ならともかく、何故か地上の太陽とは相性が悪い。悪魔や天使のいていい世界ではないからだろうか。


あたしはその辺にあった人の気配がなさそうな建物を選んで裏口に回った。随分と古い雑居ビルみたいで、表の入り口は封鎖されていたからしばらく誰も使っていないのは間違いない。あたしは自分の髪の毛を一本抜いて裏口の鍵穴に差し込んだ。


「こちょこちょこちょ‥っと。はい。開きましたよ。いつまでも馬鹿みたく騒いでないで中に入って下さい」


あたしは小躍りしてるタケルを怒鳴り飛ばす。


「なんでだよ。良いだろう別に。久しぶりに戻って来たんだから、もう少し余韻に浸らせろよ!」


「うるせえ。こっちは眠いんだ。あくしろよ」


あたしの本気に気圧されて、タケルは渋々といった感じに中に入る。あたしは後に続き、音も無くドアを閉めた。


「うえっ。なんだこの埃臭いとこは。ペッペッ。酷い場所だなあ」


確かにタケルの言う通りだった。


中はロクに手入れがされた形跡のない古いビルで、薄暗い建物の中でネズミや虫共が我が物顔でのさばっていた。


「文句を言わんで下さい。しばらくここが根城になるんですから」


あたしがそう言うとタケルは信じられないという顔をした。


「おいおい嘘だろ。こんなとこに住めるわけないじゃないか。見てみろ。ゴミしかないぞ」


タケルが部屋の中を指さして言う。


「椅子やソファはボロボロで穴だらけ。ベッドもなけりゃテーブルもない。おまけに見ろ!」


そう言ってタケルがドアを開けると、漆黒の汚水が溜まったままのトイレがそこに鎮座ましましていた。


「こんなとこで踏ん張れってのか?集中できないぞ!」


そう言って勢いよく扉を閉めた途端、そのまま外れて床に落ちた。凄まじい量の埃が宙に舞った。


「エッホッゲッェッホエッホッウ!ほら!こんなとこ!人の住む場所じゃない!すぐ出るぞ!」


熱り立つタケルを尻目に、あたし穴の開いたソファの埃をかるうく叩いてからそこへ寝そべった。なかなか良い心地だ。


「出るだなんて。一体何処へ行くおつもりですかあ?アテがあるんですかあ?」


あたしがそう言うとタケルは鼻で笑ってみせた。


「なんだお前。忘れたのか?我が教団、『溢れ出る天上の光り』の総本部のビルがあるじゃないか!俺の部屋は最上階で流石にそこはひとり部屋だが、まあ部屋は腐るほどある。召使いであるお前にも物置くらいは貸してやる」


タケルが自信満々に演説ぶっていたが、あたしは眠すぎて早々に奴の鼻をへし折ってやる事にした。


「へえ。ありがたいお言葉ですねえ。だけどタケル様。お言葉ですがね。一体誰が今のタケル様の顔で例のクソ教団の教祖様だって解るんですか?」


「え?」


コイツは自分の顔が元は豚野郎だった事をすっかり忘れている。体型や年齢声に至るまで、全てこの間までとは180度違うと言うのに。


「脳ミソだけはお気楽なインチキ教祖のままみたいだから教えてあげましょう。貴方はもう別の人間なんです。貴方が別の人生をお望みになったんですから当然ですよね?都合の良いとこだけ源田一のままというのは、いかがなものかと」


「ぐーぬー」


タケルは歯ぎしりしながら地団駄を踏んでみせたが、ただイタズラに部屋の埃が舞うだけで何の抗議にもならなかった。


「まあもしも?どうしてもお試しになりたいと言うのであれば?行ってみてはいかがですかあ?まあその結果?奇跡の転生ヨハネスファスタの産まれ変わりと見なされるか?ただのイカれたヤク中男に思われるか?それは出たとこ勝負ですねえ?」


タケルは唸りながら部屋の中のガラクタを蹴飛ばして、乱暴に扉を開けて何処かへ行ってしまった。


しかしバカだなあの男も。魂の契約をしてるんだから、遠慮しないで命令すれば良いのに。そしたらあたしは逆らえない。つくづく人の良い奴だ。


タケルが部屋を出て行った後、あたしはソファの上ですぐに眠りについた。身体中が疲労で悲鳴をあげていた。しばらく、あたしは眠りの中にいた。



どれくらい経っただろうか。打ち塞がれた窓から漏れていた日の明かりは無くなり、部屋の中はすっかり闇が横たわっていた。


あたしは身体をゆっくりと起こす。やっぱり、地上だとなかなか本調子が出ない。十分に休んだ筈でも力が戻った気配は無い。


あたしは懐をまさぐって極上の一本を取り出すと指先に火を灯した。ブツの煙が身体を駆け巡る。最高の瞬間だ。久しぶりの一服にあたしは全身をリラックスさせていた。


吐き出した煙が闇に溶けていき、狭くて埃っぽい部屋中に散らばっていった。あたしはしばらくの間、床に置かれた灰皿をボーッと眺めていた。


すると、ある奇妙な事に気が付いた。吸い殻だらけの灰皿の中で何か蠢いている物がある。ソイツは最初、モゾモゾと小さく動いているだけだったが、徐々にガサガサと激しく動き出した。あたしはジーッと目を凝らして灰皿を覗いていた。


突如、吸い殻を吹っ飛ばして小さな火柱が上がった。あたしはすぐにその火の中に懐かしい顔を見つける事が出来た。


「ヘイ!」


「よおメフィスト。また会ったね」


火柱は赤ん坊の頭くらいの大きさに丸まり小さな人型を形成した。ケタケタと甲高い声で笑うソレは、古馴染みの火魔精ニッキーだった。


「アマル様の店以来だな。上手いことやってるみてえじゃないか」


「ニッキーこそ。相変わらずクソあちぃな」


あたし達はいつもの簡単な挨拶を交わし笑い合った。


「で?どうしたんだ?まさかあたしに会いにここまで来たワケじゃねえだろ?」


地獄の火魔精であるニッキーがわざわざ地上に出てくるには相応なりの理由がある筈だ。呼ばれでもしない限り、あたし達は簡単に人間の世界には来ない。


「そうなんだよ。それがさあ。この間リリス様の伝言係をウッカリ引き受けちまっただろ?そしたらまた伝言頼まれちゃってさあ」


「げぇ、またお袋から?」


「いや、今回は別の人さ。『リリスの伝言係がやれて俺のはやれねえってのはどういう了見だぁ!』って言われちゃってさあ」


「ああ、そう」


その言い草から今回の伝言を頼んだ奴が誰か十中八九ほぼ解ってしまった。ニッキーの心底嫌そうな顔からも、相手が絶対に逆らえない立場の悪魔だって事も推測できる。


「名前言わなくて良いから。さっさと伝言を寄越してくれ」


「ああ。そうするよ」


ニッキーが懐から取り出したのは真っ赤な封筒だった。お袋リリスの時はピンク色だったけど今回は血より紅い。悪魔ってのはみんな自己主張が強い。


あたしが封筒を開けると、中から勢いよく煙と炎が上がり辺りは一瞬で地獄の風景になった。部屋には硫黄の香りが立ち込め蒸せ返るほどだ。実体を召喚したならいざ知らず、伝言でこれだけの硫黄を臭わせるなんて並みの悪魔にできる事じゃない。ソロモン72柱と親父以外には真似しようたって出来ない。


ただ一人を除いては。


『オーーマーーイフィーガーローーウ!!!』


「ベルちゃん‥参ったなあ‥」


煙の中から姿を現したのはイカついランプの魔神に動物好きの近所のおっさんを足した様な雰囲気と外見をした「地獄のシェフ」こと我が叔父貴べリアルだった。


『達者にしてるかフィガロ?この間は天使のクソヤローにひと泡吹かせたって聞いて、ベルちゃん鼻高々だったぞ?お前がここにいたらハグとキスとヘッドバットをしてやりたいよ』


「ヒェ、べリアル様キャラ崩壊し過ぎ」


ニッキーの前では威厳のある地獄の副大将をやっているが、あたしの前では気の良い親戚のおっさんでしかない。


『まあ挨拶はこんくらいで。伝言したのは他でもねえ。お前がいない間に色々あってな。俺の見立てじゃ、どうやらこっちと天界の休戦調停もそう長くはもたなそうだ』


「なんだって!?」


あまりの事にあたしは伝言という事を忘れてつい掴みかかろうとしちまった。


『地上で蔓延してるヤク‥なんだったか、そう!エフエム!エフエムとか言ったな。ソイツが原因で天使共もやっきになっていてな。それでこの間また査察に来たんだが、その時運悪くリリスの精神状態が良くなかったんだ』


「お袋?」


嫌な予感がした。その後のベルちゃんの言葉を聞くのが怖かった。


『我を失って奴らに攻撃しちまったのさ。ちょっと目を離したらエラい騒ぎになってた。俺とした事が、本当に面目ねえ。兄貴が不在の時に限ってクソッ』


雲行きが怪しくなってきやがった。あたしは無意識に奥歯を噛み締めていた。


『今はひとまずリリスを幽閉してるが、アイツはもうダメかもしれん。地獄も天界も、今はピリピリし始めてやがる。兄貴が戦争を望まない以上は俺も何とか食い止めちゃいるが、いつおっぱじまってもおかしくねえ。フィガロ、お前もひと段落ついたら一旦こっちに帰って来ちゃくんねえか。久しぶりに会いたいぜ。それじゃあ、また連絡する』


あたしはベルちゃんの姿が消えた後もしばらく封筒を握りしめて呆然としていた。


お袋。リリス。いけ好かないアバズレではあったけど、もうダメかもしれないという言葉を聞くと何だかやるせない気持ちになった。


「戦争が始まるのか?」


見兼ねたニッキーがあたしに寄り添い話しかけてくれた。あたしはニッキーの頭を撫でて応える。火魔精ってのはこういう時に暖かい。


「さあね。でも、親父がそれを望まないなら、あたしは戦争するべきじゃないと思うね。ニッキーはどう思う?」


「どーでも良いね。天使は嫌いだけど、戦争なんてしたい奴がすれば良い。アタイは火魔精だからね。自由に生きるだけさ」


戦争を望む奴も戦争を望まない奴も、そして戦争に関心がない奴もあたしから見ればみんな同じだ。同じ輪の中で会話してるに過ぎない。本当に何かを変えようとするなら動きながらアレコレ考えれば良い。何もせずあーだこーだ言う奴はナンセンスだ。


ま、マジな話はひとまずいいとして。


どうにもキナ臭くなってきやがった。どっかのアホが時代遅れなヤクをばら撒いてくすぶっていた戦争の火種に空気を送りこんでやがる。


何とかしなきゃ。親父が戦争を望まないなら、あたしは全力で戦争を止めなきゃいけない。


何をすべきか考える。これまでに聞いた新しいヤクの情報からするにどうやら既に地上にも蔓延してるらしい。まずは事実確認をしなくては。


「ニッキー、ついでで悪いんだけどアマル叔父さんに連絡はとれるかい?」


あたしが聞くとニッキーは任せなと胸を叩いて言った。


「アマル様はいつも煙草を咥えてるからね。そういう人の所はやり易いよ」


そう言ってうんうん唸った後、ニッキーはいきなり口からゲロみたいに炎を吐き出した。床に出た炎はネバネバとしていて、そしてそれが徐々に形を成しアマル叔父さんに成っていった。


『んん?おう!?メフィストじゃねえか!無事だったかよおい!』


「叔父さん。連絡しなくてゴメンね。バタバタしててさ」


伝言と違ってこっちは会話の出来る炎なので話が早い。


『姉貴と揉めたって聞いたからよ。まあいつもの事だとは思ったが、俺なりに悪かったと心配してたんだぜ』


「大丈夫さ。お袋とは上手くやってる‥お袋は」


あたしはお袋の事を考えてつい口ごもってしまった。


『姉貴のことは聞いたよ。病気っつうかなんつうか、隠してて悪かったな。もう随分前から酷かったんだ。天使に手ぇ出しちまったから幽閉されるのは仕方ねえよ。俺も、近々顔見に向こうに行こうと思ってる』


「そっか。叔父さん。ゴメン」


『なんでお前が謝る?』


「だってお袋は。あたしとやり合った後から酷くなったのかなって」


『馬鹿言ってんじゃねえクソ餓鬼!お前と揉めたくらいで、俺の姉貴が参るかよ。たまたま運が悪かったのさ。大丈夫だよ。心配すんな。お前は悪くねえ』


「うん」


アマル叔父さんの言葉が優しいほどに、あたしの心には棘の様な物がチクチクと刺さっていった。


『まあ、一度こっちに来い。極上物を用意しとくから、二人でキメながらゆっくり話そうぜ』


「そうだね。あっ、そうだ。実はヤクの事で聞きたい事があったんだ」


あたしは本題を思い出した。


「叔父さん、今地獄と天界で話題になってる新しいヤクの事なんか知ってる?地上にも出回ってるみたいなんだけど」


『ああ、フェムの事だな。こっちもそれで大変なんだ』


「フェム?」


『そうだ。正式な名前は誰も知らねえんだがブツ自体に「fm」と刻印されているからフェムと呼ばれてる』


「叔父さんも試した?」


『ったりめーだろ。俺を誰だと思ってんだ?』


「で?どうだった?」


叔父さんは首を傾げながらうーんと唸った。


『まあ、これと言って目新しいもんじゃねえな。いつものヤクだ。時代遅れなブツだよ』


「そっかぁ」


意外だな。だったらどうしてこんなに流行るんだ?何が騒ぎになっている?


『だが時代遅れってのは案外ヤバいぞ。最初の頃の効き目の長さは全盛期のヤクそのものだ』


「どれくらい?」


『使い始めは一発キメたら五日は旅行から帰って来れねえ』


五日!?随分とエコロジーだ。


『オマケに少量で良いときてる。しかしな、コイツが癖もんなんだよ。まず禁断症状が重てえ。ヤクが切れたら一秒と正気じゃいられねえ。どんなタフな奴だろうが一発で発狂だ』


「そんなにかよ」


『生きたまま食われてるみたいな痛みだ。ま、当然コイツもご多分に漏れず効き目が使えば使うほどに弱くなっていく。トリップの時間も短くなる。ヘビーになってくのは禁断症状だけだ』


「やっぱり」


『依存レベルが解り易く五段階になってる。つまり、キメてからヤクが切れるまでの日数がそのまま依存レベルになってるんだ』


「ちなみに叔父さん、レベル5までいってる奴にはどんな最期が待ってるんだい?」


あたしの握っている拳から汗が滴っているのが解る。コイツは思ってた以上にヤバい。


『もし仮にだ。俺がレベル5になっていてオマケにヤクが手元になかったとして。もしもそんな状況にあったらとしたら』


「その時は?」


『聖書を胸にあてて十字架にキスをする。なんなら神に許しを乞いても良い。そうすれば、きっと即座に魂ごと消滅できるからな』


「間違いないね」


『直ぐに死ねればラッキーってことだ。しかしお前、なんでそんな事聞くんだ?』


「ちょっと気になってね。ヴァルプでライダーに会った時、ソイツがあたしの作品じゃねえかって言われたからさ」


『なあにぃ?あのヘボDJ、舌がイかれてんじゃねえのか。あんなチンケなヤクが、メフィストの作品なわけねえだろ!』


叔父さんは烈火の如く怒り目がすっかり爬虫類になってる。


「一応ツレなんだ、勘弁してやってよ」


『馬鹿野郎!お前はもっと自分の腕前にプライドをもて!確かに作品の雰囲気は似てるがあんな二流、サンプリングもおこがましい』


「へへへ。叔父さん、ありがとよ」


『なんだぁお前、良いからテメエは早くそんな賭けをほっぽり出して、俺と地上でドラッグストアをやろうぜ?な?』


「まあ、神に勝てたらね。色々とありがと。それじゃ叔父さん、またね」


『おう。いつでも連絡しろ。愛してるぜベイビー』


「あたしもだ」


アマル叔父さんとの通信を切ると、ニッキーがゲホゲホやりながらあんまり長電話あうんなとボヤいてた。


色々と思うところはあったが、ひとまずあたしの疑問はひとつだった。


「なあニッキー、ひとつ聞いていいか?」


あたしは帰り支度をするニッキーを捕まえる。


「なんだ?男の喜ばせるかたなら他あたんな?」


「ちげえよ。例の新しいヤクの名前なんだけど」


「ああ」


「ベルちゃんはエフエムって言ったしアマル叔父さんはフェムって言ってた。どっちが正しい呼び名なんだ?」


ニッキーは炎を揺らしながらしばらく考えてこう言った。


「そりゃフェムだろ。間違いない」


「なんで?」


「昔から言うだろ?『神の事なら牧師か尼に、悪魔の事ならソロモンに』」


そこで、あたしとニッキーは声を揃えて同じ事を言う。


「『ヤクの事なら売人に聞け』ってね!」


部屋中にあたし達の笑い声が響いた。


「しかしどうしてベルちゃんはそんな間違い方してんだ?」


そう言うとニッキーがしたり顔をした。


「アマル様はクールでフォーエバーヤングだけど、べリアル様ってなんかオッさん臭いからなあ。つまりオッさん感覚で間違えてんだろ」


「なるほど。歳はとりたくねえなあ」


その一言で、もう一度笑いが起きた。


続く

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