Hold on We're Going Home
21話目になります。よろしければお付き合い下さい。
昔々、まだ全ての生き物が出揃っていなかった時代。
リリスという一匹の悪魔の娘がおりました。
彼女は悪魔の中でも特別美しい外見をしていて、創造主である神も特にお気に入りでした。
彼女はそれなりに、幸せでした。
ある日のこと。神が彼女の所に見たことも無い生き物を連れてやってきました。
神は彼女にこう言われました。
『コレは今度新しく作った人間という種族だ。姿はお前に多少似ているがとても脆くて非力だ。しばらく面倒を見てやってはくれまいか?』
彼女はそれに応じ、人間の世話をする事になりました。
彼の名はアダムと言いました。
リリスは献身的にアダムに尽くしました。時に母の様に時に姉の様に。時に、妻の様に。
そのうち二人の間に愛情の花が蕾をつけ、日に日に大きく育ってゆきました。
二人は相談し合い、神に夫婦となる許しを請うことにしました。
神は言われました。
『元々そのつもりでアダムをリリスの所へ連れて来たのだ。しかしお前たちは種族が違う。何があるか分からないゆえ気を付けるのだぞ。』
二人は嬉しさですっかり浮かれておりましたが、このとき神が言われていた懸念は現実のものとなり二人の未来に暗い影を落としたのです。
それは二人の間に産まれた子供たちの事でした。
総勢二百にもなる数の子供たちがリリスから産まれました。彼らは皆一様に二人の美しい姿とは似ても似つかぬ醜い化け物ばかりでした。
彼らはその見た目通りに凶暴で二人の言う事を全く聞かず楽園で暴れ放題暴れました。それが遂に神の怒りに触れたため特別力の強かった七匹の子供たちを除き全てが殺されてしまったのです。
リリスはとても悲しみアダムへ神に進言する様に頼みました。しかしアダムは自分の子ながら全く似ていない子供たちを疎んじていた為それを良しとせず、ついにリリスの声が神に届く事はなかったのです。
リリスはアダムに不信を抱き、ある日二人の家を出てしまいました。
しかし道中さまざまに悩み考えたリリスは、やはりアダムに対する愛を捨てられない自分に気が付き、もう一度二人でやり直そうと決めました。
家に戻る途中、リリスは自分の胸に再び初めの頃の優しくて暖かなあの気持ちが宿っている気がしていました。またあの頃に戻れる、また幸せな日が戻ってくると確信していました。
だが現実はただ残酷なだけでした。
戻ったリリスが目にしたのは、かつての二人の家でアダムと楽しそうに笑い合う見知らぬ女の姿でした。
困惑するリリスのもとに神がやって来て彼女にこう言われました。
『アレはイヴだ。アダムと同じ人間で、完成体の人間だ。アダムより頑丈でアダムより強い。イヴは正に、完璧な人間だ。アダムにもう、お前は必要無い。』
『アダムがそう言ったのですか?』
リリスがそう尋ねると、神は少しだけ考えた後
『そうだ。アダムがそう言った。』
とだけ、はっきりそう言われました。
そうして、可哀想なリリスは生まれ故郷であり、かつて幸せな日々を過ごした楽園を追われることとなったのです。
「広大な大地を女ひとりで当て所もなくさ迷うってのは相当な苦痛だったよ。色々な連中に襲われて食い物にされそうになった。元々弱くはなかったけど、あそこでアタシは今の力を手に入れたんだ。」
相当な力を消費してしまったらしく、今や人間サイズに縮んでしまったお袋の昔話にあたしとタケルは耳を傾けている。今のお袋に、最早タケルを襲う元気は無い。
「何度か死にそうな目にあったよ。悪魔なんて殺しても死なない生き物だから、それが死にそうな目ってのはよっぽどだよ。想像以上に酷かった。それでもね。死のうと思った事はないよ。何でか分かるかい?」
「さあ。何故だい?」
「アタシの心にはね。復讐の炎が燃え盛っていたからさ。轟々と、アタシの中で地獄の炎の様に燃えていたんだ。アダムを奪ったあの女が憎い。初めから繋ぎでアタシを当てがった神が憎い。何よりも、何よりもアタシを平気で裏切った、アダムが憎くてたまらない。」
お袋は血の涙を流している。
「死んでいった子供たちを忘れてのうのうと暮らせるなんて。アタシがいなくてもあんなに笑えるなんて。アタシはあの人がいないとこんなに胸が苦しくて辛いのに。おかしい。こんなことがあって良いはずが無い。」
ま、実際世界はそう言った不条理の塊でできている。昔も今もちっとも変わらないんだね。
「だから復讐してやると誓った。アイツら全員にアタシが味わった辛さ苦しさ以上の物を味あわせてやると。それまでは決して死なないとね。だがアタシの想像以上にアダムとイヴは脆かった。短命だった。おかげで本人たちには永遠に手が届かなくなってしまった。」
「そのやり場の無い怒りの矛先がアダムの子孫たちってわけだ。非生産的だねえ。」
「自分でだって分かってる。でも仕方ない。コレはもう病気みたいなもんなんだ。アマルに薬を処方してもらったり、ベリアルに魔法をかけてもらったりしたけど、この衝動を抑える事は出来なかった。それどころか強くなる一方でね。最近では、意識すら危ういんだ。」
「それでさっきの始末かよ。親父が聞いたら何て言うか。」
「あの人はアタシの事なんてどうでも良いの。あの人にとってアタシは特別じゃないから。」
親父の話をする時、お袋はやっぱり悲しそうな顔をする。
「色々なところをさ迷った挙句にアタシは神との戦争で負けたばっかりのアンタの父親と出逢った。あの人は自分の方が助けが欲しいくらいなのに、アタシに救いの手を差し出してくれた。でもね。それはアタシだけを愛していたからじゃないの。博愛主義なのよあの人って。いつかアマルが言ってたわ。『あの人は自分らにとっての神そのものだ』って。」
悪魔の神ね。確かに。よく似てる。
「今度こそ心から愛し愛されると思ったけどそれも違かった。顔では笑っていても日に日に醜い感情が自分の中で育っていってるのが分かった。あの人にも相談したけどどうにも治らない物だった。だからアタシは地獄で半ば幽閉状態にあるってわけ。」
前から薄々感づいてはいたけどそういう背景があったとはね。お袋もつくづく不運な女だ。おっと、もうお袋じゃないんだっけ。
「夜の女王だなんだともてはやされても、中身は嫉妬に狂う哀れで醜い化け物。こんなんじゃ誰も見向きしてくれない。誰もアタシを愛してなんてくれないし、愛する事を許してもくれない。考えてみれば産まれてからずうっと、独りぼっちだったもんなあ。」
リリスの肩が震えている。アレだけ巨大で凶悪に見えていた姿が迷子の少女みたいに危うく頼りない。
「ただ、好きな人と一緒に暮らしたかっただけだけなんだけどなあ。子供たちと仲良く過ごしたかっただけなんだけどなあ。なんでこんなにも上手くいかないんだろうなあ。アタシ、なんか悪いことしたのかなあ。」
リリスは大粒の涙を流しながらただ遠くを見つめて最後に呟いた。
「さみしいなぁ」
と。
「さあ。昔話はお終い。もう気が済んだわ。とっとと何処へでも行きなさいな。もう貴方を襲うチカラも残ってないし。」
「はあ。」
「メフィストも、もうあの家に戻って来なくて良いんだからね。アンタの父親から頼まれて一緒に暮らしてたけど、こんな風になっちまった以上アンタは自由に生きなさい。その方が、お互いずっとスッキリするんだから。アタシはこのまま、ここで朽ち果てていくのを待つよ。」
「ああ。」
どういう風な言葉かけていいか、さすがのあたしも分からなかった。実際この女とは上手くいってたとは言い難いし。これを機に、離れるのも悪くない。それこそ、コイツが死のうが何とも思わないかもしれない。
あたしは黙ってその場を離れようとした。
「あのぅ、お母‥リリスさん。」
「?」
タケルが少しだけ怯えながら口を開いた。
「そんなに悲観的にならなくても良いんじゃないかな。」
「貴方にアタシの何が解るの?もしかして、今の昔話を聞きかじったくらいでアタシを分かったつもりでいるの?だったらゴメンなさい。聞かせたアタシが悪いわ。」
「いえそうではなくて。ほらあのぅ‥リリスさんの歌ですよ。」
「歌?」
「そうです。リリスさんには沢山ファンが居たじゃないですか。リリスさんの歌、必要とされているじゃないですか。だったら独りぼっちなんて思わないで下さいよ。朽ち果てるの待つだなんて言わんで下さいよ。」
「‥‥」
「俺ね、さっき言った事お世辞でも何でもないです。下心も無いです。リリスさんの歌には魂を揺さぶる力がある。悲しみが詰まっているからこそ、同じくらい深い愛も感じるんですよ。掛け値なしに、貴女の歌は素晴らしい。」
「そんなこと‥」
言われたところでどうにもならない。リリスはそんな顔をしてる。
だけどタケルはしつこく食い下がる。
「まあ、俺一人が貴女の心の穴を埋められるとは思ってないですよ。一応俺にもやらなきゃいけない事が残ってますからまだ貴女に殺されるワケにはいきませんしね。だけど歌姫リリスちゅわんのいちファンとして、またライブで精一杯の応援をしたいとは思っています。だからせめて俺がヨボヨボの爺さんになって死ぬまで、ステージに立って歌ってはくれませんか。貴女の歌にはそれだけの価値がある。」
リリスは黙って話を聞いている。
しかしご主人様も酔狂だ。さっきまで自分を握り潰そうとしてた奴が死のうとするのを止めるなんて。マジで阿呆だ。
「貴方一人の為に、アタシに生きろというの?」
「違います。貴女のファンの為に、貴女の歌を必要とする人たちの為に生きて下さいと言ってるんです。」
それを聞いてリリスは頭を掻いたり首を傾げたりしていた。そうして突然、何か思い出した様に笑い出した。
「おっかしい!はははは。これだから人間て奴はもう‥」
「なんですか?」
「そういう自分勝手な理由で他人を思いやるところ。ほんっとにアダムそっくりだわ。人間てみんなこうなのかしら。あーあ。」
そう言ってリリスはすくっと立ち上がった。
「なんだか貴方の話聞いてたら死ぬ気失せちゃった。まあいいわ。また人間の男に騙されてあげるわよ。でも良い?ライブに来ても構わないけど、せいぜいアタシに殺されない様に気をつけなさい。」
「ええ、気をつけます。」
なんだかいつの間にか丸く納まろうとしてる。おいおい、一番の功労者を差し置いてそりゃないぜ。
「盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろ帰りますよタケル様。あたし達には時間が無いんですから。」
「ああ、解ってるよ。」
リリスがあたしを見て何か言いたげだ。
ああ面倒臭い。言いたい事ははっきり言っちまえば良いのに。
あたしは面倒臭いのが大嫌い。
「あーあとさ、あたしはあの家出ていく気さらさら無いから。」
「え?」
「だってあの部屋気に入ってんだもん。引っ越すのも面倒臭えし。だからこの契約が終わったら帰るから、あたしの部屋ちゃんと掃除あいといてくれよ。」
「ベイビちゃん‥」
「頼んだよ。お袋さん。」
あたしがそう言った瞬間、物凄い勢いで抱きつかれて泣き喚かれた。
例え血の繋がりが無くたってあれだけの時間を過ごしてきたら、やっぱり親には違いないんだよなあ。それがどんなにしょうもない親だろうとね。
だからこそ思うんだ。
親ってのはつくづく面倒臭い。
面倒臭いのは大嫌い。
もうすっかりヴァルプルギスの夜が明けようとしていた。
あたしとタケルは、このままここに居ても仕方ないので早々に帰る事にした。
帰りはお袋がせめてもの詫びにと帰りは乗り物を用意してくれた。これで一応元いた場所まで送ってくれるらしい。
あたしは最後にラウンジで古馴染みの顔を探していたところ後ろから声がかかった。
「おい!お前メフィストか!?」
「ライダー!久しぶりだな!」
DJをやってるツレのライダーが昔と全く変わらない出で立ちでそこにいた。
「ヘェェイ!ワッツアップ!!糞懐かしいじゃねえか。前回の本祭以来か?お前ちっとも変わんねえなあ?」
「ライダーこそ。相変わらずツーブロックかよ。たまには髪型変えろよな?」
ライダーは筋骨隆々でツーブロックヘアがトレードマークだ。地獄ではちょいと名が知れたDJだ。
「ツーブロックは俺の魂だ。譲れねえ。」
「バカだねえ。」
懐かしくて笑えてくる。
「ところで、お前最近また地上で随分と張り切ってるみたいじゃねえか。」
「ああ、神との賭けの事か?まあねえ。あたしもすっかり有名人だな。」
そう言うとライダーは首を横に振る。
「違う違う。そうじゃなくて。またやってんだろ?製薬職人のことだよ。」
「は?」
「いやあ地獄でもすっかり話題だぜ。マルスを作った職人が長い沈黙を破ってまた新手のヤクを作ったって。気のないこと言っといて、ちゃんとやってんじゃねえか。」
「何の話だ?」
あたしが尋ねるとライダーは怪訝な顔をした。
「お前じゃないのか。」
「あたしは契約に忙しくてそんなヒマねえよ。なんだその、新手のヤクって?」
「マジかよ。マルスの後継って言われてるんだぜ。名前は確か‥【fm】だったかな。マルスをもっと凶悪にしたバージョンだってもっぱらの噂だぜ?」
「フェム‥」
聞いた事もないヤクだった。
それ自体がいったいどんな代物か見てみたかったが、それ以上にどうしてそんな噂が流れているのかが気になった。
あたしは挨拶もそこそこにライダーと別れ、タケルの元へ戻ってきた。
「おっそいぞメフィスト!いつまで俺を待たせる気だ!主人を何だと思ってる!」
「さあ何でしょうか。少なくとも紐の方が使えるとは思ってます。」
「むっキィーーーーー!」
こうしてバカなおべんちゃらが出来ることに、あたしは少しずつ日常を感じ始めている。だがそんな日和った気分の中にごくごく僅かだが、何か得体の知れない不安が浸入してきているのを感じていた。
それはあたしら悪魔より、もっと邪な何か。
「おいメフィスト!俺を無視スンナ!!難しい顔で考えてるフリなんかしやがって!!」
「あれ?バレてました?だってタケル様の話って長い上に脈絡が無いから聞いてて苦痛なんですわ。」
「くつぅ!!?」
「まあとにかく帰りましょう。とっとと契約を果たして解放されたいです。」
「そうだそうだ。俺も早く貴様と縁を切りたい。貴様といるとロクな目に合わない。」
自業自得で死にかけてる癖によく言うぜこぼ阿呆は。
「リリスちゅわんは可愛かったけど、まさか貴様の母親とはなあ。まあ結果的には違かったけど、少々な‥」
「メンヘラですからね。」
「オブラートに包め。義理とは言え親だろうが。もっと大事にしてやれ。」
「でもメンヘラだ。」
「うむ。そうだな。しかしアレだな。最初彼女を見た時は天使かと思ったんだが、やはり悪魔だった。」
「そりゃあそうですよ。」
「ふむ。天使だと思ったんだがなあ。天使‥ん待てよ。天使か。おいメフィスト!」
「なんです?」
「お前、知り合いに天使はいないのか?」
げえ。最悪だ。
「知り合いというか‥殺し合いというか‥」
「いるのか!?いるんだな!今度、二、三人紹介しろ。もしかすると俺の運命の相手は天使かもしれないからな。」
「はあ。」
マジで脳ミソが小指の爪アカくらいしかないんじゃねえのコイツ。
「よおし!決まりだぁ!!天使!天使!」
「まあとりあえず、元いた所に帰りましょう。」
「そうだな。疲れた。ひどく眠いよ。」
あたしたちは長かった旅路にひとまず区切りつけて、家路に着く事にした。
続く
今回の話でリリス編が一旦一区切りです。次から新展開ですがしばらく更新まで間が空きそうです。これに懲りず、またお付き合い下さい。




