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真約 メフィストフェレス  作者: 三文士
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The time

初のネット小説大賞参加作品となります。ゲーテ著の「ファウスト」のオマージュ作品ですが内容はオリジナル展開なので原作ファンの方は暖かい目でご覧ください。

感想、批評、等お待ちしております。

           前口上



突然だけどアンタ。今この活字を目にしてるアンタさ。そうアンタ。少なくともこれが読めるってことはアンタは犬じゃないってことだよな。猫や虫や、とにかく文字という文化を持たない動物じゃないってことは確かだよな。アンタは人だよな。


よし、アンタに質問だ。


人は死んだらどうなると思う?動かないタンパク質のカタマリ?水分やその他多くの物質でありまた、かつてそうであったモノの成れの果て?


そんな言い方は止めてくれよな。それじゃあんまり色っぽくない。あたしが聞きたいのはこういうことさ。


つまり、魂は存在するのかって話。


肉体とはただの容れ物で本質である魂、そいつが本当に存在するかってこと。目には見えないが魂は確かにあって死んだらソイツが容れ物から離れる。


で?どうなるのか。どこかへ逝くんじゃあないか。


え?死んだらそれまでだって?


おいおい。じゃあ死んだら『無』かよ。何も無くなって終わりかい?それじゃああんまり、楽しくないねえ。


そんな退屈な考え止めちまいな。せっかくなんだから楽しく生きなきゃダメだ。


ま、どう考えるかはアンタの自由だがね。


だが覚悟しておかなきゃいけないね。


何故って?アンタみたいな不信心は、死んだらきっと酷い目にあうからさ。





     壱


  


目を開ける。そこにはいつもの光景が広がっている。大好きな色に塗った天井。大好きな造形に作らせた壁。大好きな目覚めの空気。

 

身体中からエネルギーが満ち溢れてくる。今まさに、あたしは目覚めたのだ。


部屋にあるたった一つの窓を開けあたしは外に目を向ける。そこは一面火の海だ。比喩じゃない。本当の火の海。


魚は泳いじゃいないが代わりに火の魔精共がピョンピョン海面を飛び回っている。


空には太陽が三つ、月が二つ。その中をバカでかい翼をもった生き物が何かくわえて飛び回っている。いや、勿論奴らにだって名前はあるさ。だけど発音が難し過ぎてね。アンタ等の言葉じゃ言い表せない。だからこの際、化け物でいいだろ?


さてその化け物がくわえているものはなにか。

 

今日はこれまたイキの良いヤツだ。まだ意識があるみたい。十に一つくらいはそう言うヤツがいる。


何かって?本当に聞きたいのかい?


人間さ。


なに。珍しい事じゃない。その証拠に。ここら火の海一面でさっきから燃えてるのは人間の油だからな。つまりここは人間が燃えてできた火の海なのさ。幾万幾億の人間の身体から出た火がまるで海の様に辺りを埋め尽くしている。


あたしの一番好きな場所。お袋にワガママを言ってここに部屋を作ってもらった。職人泣かせの注文だと、お袋がぼやいてたっけ。


贅沢な火の粉を胸一杯に吸い込んであたしは部屋を出る。


ヨーロッパ調?っていうのかな?大理石で作られた長い廊下はお袋の趣味だ。一メートルおきに肖像画が飾ってあるが全部お袋のものだ。世界中で描かれたお袋の絵。まったく良い趣味してる。どれもこれも名作だが、こうずらずらと並ぶと気味が悪い。


お袋はまさに、自己顕示欲の塊だ。いや。違うかな。


自己顕示欲ってのはお袋から産まれたみたいなもんだ。つまりあたしの兄弟だな。


あたしは肖像画のモデルに一先ず目覚めの挨拶をする事にした。これもいつもの習慣だな。というか、一種の儀礼みたいなもの。これをサボるとお袋は不機嫌になる。お袋がヘソを曲げると面倒だ。あたしは面倒事が一番嫌い。 

 

しばらく歩いた廊下の突き当たりにとてつもなく仰々しい扉がある。あたしの部屋のドアの十倍くらいのでかさで厚さも十倍くらい。この扉を開けられるヤツが一体どれくらい存在するのか。


しかし、あたしには雑作もない。片手で十分だ。ギギギギギ、と耳障りな音がして扉は開く。


中から気が狂うくらいの生臭さが鼻に覆い被さってくる。正直に言うと、あたしはこの臭いが嫌いだ。でもしょうがない。


中に入ると扉はひとりでに閉まる。セキリティーなんだかどうだか知らないが、できれば入るときも自動で開かないものかといつも思う。お袋の部屋に入って無事でいられるヤツなんてそういないのだからあんな面倒な仕掛けが必要だろうか。


兎に角あたしは面倒が嫌いだ。


部屋の中はいつも薄暗くって生臭い、そして空気全体が湿っている。お袋の趣味だ。


中まで進んで行くとうめき声がする。もちろんお袋のじゃない。


「まーた男を引っぱり込んでんの?もういい加減にしなよ。」


あたしの第一声。酷いもんだ。


「あら。ママの可愛い子。今度はずいぶん早起きね。」


お袋は嬉しそうに微笑む。しかしその実、彼女の下半身はエラい騒ぎだ。変な想像をしないように補足すると、お袋の下半身はバカデカい鳥のようで鋭いかぎ爪がある。そしてその鋭いかぎ爪でギュウギュウと人間の男の身体を鷲摑みにしている。男は今にも弾けんばかりだ。叫び声すら上げられない。


あっ今弾けた。


そこら中にさっきまで男だった肉片が散らばる。


「相変わらずそんなことばっかやって。親父に知れたらなんて言うか。」


散らばった肉片を、どこから湧いてでたのか小さい蟲共が群がって貪る。


「良いのよ別に。あの人には関心ないんだから。」


カリカリむしゃむしゃという音が部屋に広がる。お袋の部屋に住まう連中が掃除をしている音だ。


骨、残すなよ。


「それにねぇ。今回はこむこうから言い寄って来たのよ。」


「はぁ?」


お袋は自慢の金色の髪の毛をくるくるといじくりながら実の娘に男を引っ張り込んだ言い訳をする。


「火魔精に追いかけられて困ってた彼の前をたまたま通りかかったら何だかアタシの事を天使と勘違いしたみたいなの。」


「お袋を、天使ねぇ。」


あたしには信じられないが、人間は鳥みたいな羽根が生えてりゃ何でも天使だと思うものなんだろうか。


「『助けて下さい。お慈悲を!』っていうもんだから屋敷に連れて来てあげたの。」


「それで今では肉片に成りそこら中に飛び散っていると。随分慈悲深いんだね。お母様。」


あたしは皮肉を込める。


「んもう。そんな言い方って嫌いよ。だって人間の男は残らずこうしたくなっちゃうの。」


お袋は脳みそが溶けそうになるくらい甘ったるい声を出して言い訳をする。確かに仕方のないことなのだ。これにはワケがある。


お袋はあたしの親父と結婚する前、実は一度人間の男と結婚して失敗してる。そいつは『始まりの人間』とか何とかで、つまりさっき肉片になったヤツの祖先にあたる。


お袋は前の旦那に捨てられて以来人間の男を見ると殺意の衝動が抑えられなくなっちまう。悪い癖ってやつだ。


「パパは無関心だけどバレたら怒られちゃうからやっぱりナイショよ。」


うふふと嗤いながら娘に間男との情事を口止めする。しかもその間男は前の旦那の血縁者(すんげえ遠いけど)。

 

お袋はあたしが知る限りトップクラスの淫売だ。まったく素晴らしい。


「わかったよ。それじゃあたしは散歩に行ってくる。」


「そう。あまり遠くに行っちゃダメよ。夕飯までには帰ってきてね。」


「はいはい。」


いつまでたっても子供扱い。それが親ってもんだ。


あたしはお袋の生臭い部屋を後にしてそそくさと屋敷の外へ出た。



お袋には立派な羽根があるが、何故だかあたしには遺伝しなかった。その代わりあたしには自慢の脚がある。お袋みたいな鳥脚じゃなく立派な蹄。


あたしがちょっと本気で駆ければ、行けない場所は無い。あたしはほんの肩ならしで、いつもの広場に行く事にした。


そこはこの世界の中心。形容するなら、まあローマのコロッセオみたいなとこだ。ドーム状になった場所に様々な者達が集う。


そこら中に炎が燃え盛り、叫び声が飛び交うところ。ありとあらゆる魑魅魍魎が人間共を八つ裂きにしながら騒いでいる。昔ながらの方法で、手足を縛って馬に引き裂かせるやつもいるし。かと思えば幻覚を見せて悶え苦しむ様をそいつの生き血を啜りながら観賞するやつもいる。


あたしが好きなのは、やっぱり火をつかうこと。火っていうのはあたしらの象徴みたいなもんだ。だから自由自在でシンプルかつ、使う奴のセンスが出る。


ただあぶりゃ良いってもんじゃない。一番大事なのは、ギリギリまで相手に希望を抱かせて後にたたき落とす事。

 

『おっ?なんだ?案外平気じゃん?』って顔をした直後に苦悶に歪む。その表情がたまらない。


ちりちりと自分の焦げる音を聞きながら正気でいられるヤツはそういない。慈悲を乞うヤツ泣き叫ぶヤツ色々いるが結局は皆消し炭になっちまう。最後にその臭いを嗅ぐのもまた良いもんだ。達成感がある。


あたし等はそんな事をしょっちゅうやっては腹を抱えて大笑いする。なんでそんな事をするかって?


理由は簡単。てゆうか、アンタもうすうす解ってんだろ。


そう。ここは地獄だ。比喩表現じゃねえぞ。正真正銘の地獄。そこに住まうあたしらは悪魔。


もう長い間繰り返しこういう事をしてきてる。拷問やいたぶりがあたしらの仕事であり、あたしらの生き甲斐。そして趣味なんだ。


こいつが嫌いな悪魔なんていない。少なくともあたしはお目にかかったことはないね。


仕事が趣味と生き甲斐を兼ねている。だからあたしらは幸せ。とってもね。


「おおっ。やってるやってるぅ。おーい。ベルちゃーん。」


あたしは群衆の中に見知った顔を見つけて声をかけた。


「なんだフィガロ。今回はまた随分と早起きだなあ。」


フィガロってのはベルちゃんだけが呼ぶあたしのあだ名。もちろん本当の名前じゃねえぞ。


屈託の無い笑顔をこちらに向けながら大きな鍋をくるくるとかき回すベルちゃん。その様子はさながら下町の料理屋の主人といったところだが鍋の中身はちと刺激的だ。


「今日はどんくらい煮込んでるの?」


「なあに少ないもんさ。今朝は不景気なんだ。七、八十ってところかな。」


大鍋の中を覗き込む事は叶わないがおおよそ見当はつく。なにせたまにイキの良いヤツが鍋から這い上がろうとしてそのヘリを掴もうとするが、すぐさまご自慢のナイフで指を残らず切り落とされる。


そう。ベルちゃんは人間を生きたまま煮込んでいる。通称地獄の烈火の料理人。ま。あたしにとってはただの近所のおじちゃんってとこかな。


「もう父ちゃんには会ってきたのかい?」


ベルちゃんは切り落とした指をモグモグやりながらあたしにもどうかと進めてくる。


「要らない。まだなんだ。どこにいるか知ってる?」


あたしは丁重にお断りする。人間の味はあんまり好きじゃない。


「さあて。いつもどこかフラフラしてるからね。全く。もっとしっかりして欲しいもんだ。」


おどけながらウインクを投げてよこすベルちゃん。あたしは人間とそう変わらないサイズだがベルちゃんはその五倍の体躯をしてる。真っ赤な肌にヤギみたいな角。目は蛇みたいで下半身はあたしと同じ蹄だがかなり馬鹿でかい。針みたいなヒゲだらけで最悪な見てくれだけどベルちゃんはとってもキュートなおっさんだ。


「兄弟なんだから、ベルちゃんくらいしかそういう意見できないでしょ。」


「聞かないよ。兄貴は昔からね。」


あたし達は互いに見合わせて笑う。


親父とベルちゃんは兄弟だ。はっきし言ってマジで似てない。ベルちゃんはいかにも悪魔って感じの風体だけど親父は違う。どちらかというと真逆の者って感じ。


「それはそうとフィガロよぉ。今日は気を付けた方がいいぜ。」


「へ?何が?」


珍しくベルちゃんが真剣な表情で言う。これは本当に珍しい事だ。

 

「今日はお客が来るらしいからな。」

 

「どこから?」


無言でベルちゃんは上を指差す。ははあ。そういうことか。


面倒だなあ。


「なんでまた?」


「知らんよ。アイツ等の考える事なんてな。」


ベルちゃんもあたしも不機嫌な顔になる。


その時、どこからともなくあの不快なラッパ音が響き渡った。



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