8話 不穏な影
「結構怖そうな先生だったね」
「そうですね・・・。次遅刻したら磔にでもされるんじゃ・・・」
「そこまではしないだろうけど。可能性はゼロじゃないかもね」
座ったまま話していると、横に座っていた男子生徒が席を立つ。長机の一番奥なのでソフィリアのほうに必然的に横切ることになり、邪魔そうに彼は通っていく。顔は人見知りなので見えなかったがなかなかの好青年だった。
「あの人、今朝すれ違った男の子ね」
アンジェリーナが横切って教室を出ていく彼の背中を見てそうつぶやく。今朝、というのはソフィリアとアンジェリーナが道端で話していた時に遅刻していた男子生徒のことだろう。彼も遅刻していたはずだがギリギリ間に合ったのだろうか。
「あたしたちもアリーナにいこっか。迷子になってもいけないし」
「そうですね。行きましょう」
二人も続いて廊下に出る。外にはすでに人が溢れており、同じようなローブを着た生徒が数えきれないほどにいた。有名人もいたり、名前が聞いたことのある人もいたりさまざまな人間が右往左往していた。さすが有名校、いろんな人間が一堂に会するのがこの学園なのだと改めて理解した。
「アリーナの場所って覚えてる?」
「はい、なんとなくですけど。中央区から大階段を上がって、そこから一旦まっすぐ進んで」
「すごいねソフィちゃん。もしかして学校全体結構わかる感じ?」
「地図を見ただけなので実際に道案内となるとわからないところが多いですけど大体は」
「さすが座学枠で受かっただけあるね。尊敬しちゃうね」
「アンジェリーナさんも、実技枠で受かってるんですよね。それに比べて私なんか全然です」
連絡橋に差し掛かり、適当に雑談していると、アンジェリーナがこんな提案を彼女に持ち掛ける。
「ソフィちゃん?」
「なんですか?」
「アンジェリーナって呼び方長くない?友達だったら愛称とかで呼んだほうがいいと思うだよね。いつもアンナとかリーナとか呼ばれてるから逆にアンジェリーナって違和感があって」
「そうなんですか・・・。でもわたし愛称なんて今まで経験ないので」
「そっかぁ。ソフィちゃんが嫌ならいいんだけどね、できれば愛称で呼んでもらえたら嬉しいかもって思って!」
流石アンジェリーナ。このずかずかと入り込んでくるメンタルと姿勢は尊敬する。だが、友達と呼べる人間がいなかったソフィリアにとって愛称がそもそもどういった基準で作るのかわからない。縮めればいいものなのか、呼びやすいものがいいのか。
「決められないです」
「そんなことないって。アンとかでもいいし、何でもいいんだけど」
「うううぅうん・・・・・アリーナ、構造物とかぶる、アン、それもありきたり・・・。リーナ?ほかのお友達さんと被るのは申し訳ないし・・・・・・ど、どうすれば・・・・っ」
「ほ、ほんとになんでもいいからね・・・? 無理につけなくてもいいし」
「セカンドネームはコロニアさんでしたよね・・・?ニーナさんとかどうですか。多分ほかの人ともかぶってないと思うので、大丈夫かと思いますが・・・」
「ニー、ナか」
廊下を歩くアンジェリーナの足が止まりソフィリアも急いで振り向く。どこかぼーと彼方を見ているようで、アンジェリーナの視線はどこかうつろになっていた。気を悪くしたと思ったソフィリアはすぐに近寄り言葉を掛ける。
「すみません、愛称のことよくわからなくて。気に入らなかったら全然却下してもらって大丈夫なんで・・・!」
「え?・・・・いいよ、ニーナで。それでいきましょう」
いつものようににこっと笑うアンジェリーナ。廊下はすでに多くの生徒が行き来しており、止まっているのも邪魔になってしまうので二人はアリーナを目指すことにした。
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時を同じくして、入学式の準備をしていた五年生の場面に映る。
「一体、なんなんだこれは・・・」
黒髪の男子生徒がある光景を見てそんな一言を漏らす。
場所はアリーナの上の階、巨大倉庫のような役割を担っているそこは、同時に入学式の催しを準備する場所にもなっているところだ。その中に五年生四年生含めた生徒たちが入学式の最終準備のために集まっていた。
巨大な建物の中にぽつんとある紫の魔法陣。その上に佇む三メートルほどの空間魔法で作られた入り口があった。
「上級魔法のレイヴンだな」
男子生徒の横に現れてそうつぶやく女生徒。白のマントを基調として青白いローブが特徴的な服装、軽い金髪と白の混ざったきれいな髪。存在感のあるこの生徒はこの学園の生徒会長、ヴィアトリクス・シャルロードだ。
「レイヴンって、あの空間干渉魔法はこの学園内で禁止魔法のはずでは・・・? 誰が何の真似で」
「それは犯人を特定すればわかることだ。だが、今危惧すべきは誰が犯人かよりも、このレイブンを使って何をして、何を招いたかだ」
ヴィアトリクスはそう嘆きレイブンで作られた入り口に近づく。あまりに無謀すぎる行動にさきほどの男子生徒も慌てた様子で叫ぶ。
「生徒会長!危険です!」
「大丈夫、阻害魔法を掛けてあるから攻撃を受けても一撃であれば避けられる」
さも当然のように彼女は言って近づくのやめようとしない。
「それでも何が潜んでいるかわかりません・・・!せめて先生方が来るまで待機されたほうがいいかと・・・!」
「ベーネ アルガン」
ヴィアトリクスは目を閉じて入り口の前に立つとそう言って魔法を行使する。
今の魔法は現時刻から半日以内の期間であればこの近くでなにがあったかを認識できる魔法だ。しかし認識できるのは影のような曖昧なもので、はっきりとどこに何があるかの判別はできない。これはゲートの大きさに起因して効果を発揮するが、基本的に普通の人間に備わっている大きさのゲートではこれくらいが限界となる。
それは彼女に対しても同じで、薄っすらと暗闇の中にある人影が見えるが、すぐに映像が切れて現実に意識を戻される。
「ベーネ アルガンの阻害魔法が、レイブン行使前に行使されているようだ。設置されたときの様子は見えなかった。でも」
彼女は苦い顔をして地面を見つめる。入り口の近くにある足跡は真っすぐ倉庫の扉のあるほうへ向かっており、それは人間のものではなかった。四足歩行で、人間の手のひらの三倍はあるであろう大きさだ。
「まずい状況になったな」
「生徒会長、こちらも外の様子を見ましたが阻害魔法で見えませんでした」
新たに入ってきた黒髪の眼鏡をした男子生徒が話す。彼はアルディオラ・クオン。五年生で、副会長。彼も実力相応たる人物でヴィアトリクスの右腕として働いている。
「そうか、ありがとうクオン。どうやら厄介な客が招かれたみたいだ」
「本当ですか・・・!?では、入学式は中止しなければ」
「いや、それはダメだ」
「どうしてですか・・・。最悪死人が出ますよ。そうなったらこの学園の信頼も失墜しますし、この生徒会も解散になりかね—」
「落ち着けクオン」
ヴィアトリクスは彼に迫る勢いで近づき、彼にしか聞こえないボリュームで言う。ほかの生徒は何事かとこちらを見ているが、それ以上近づいてはいけないとわかっているのか、どの生徒も見守るのみで動こうとはしない。
「1年生はこの学園に自分の将来の夢に役に立つと思って入学してくれているんだぞ。それが初日に魔獣が来て入学式が中止になってみろ。安心して勉強なんてできる環境じゃなくなるし、何より先生方に面目もたたない」
「ではどうしろと・・・?あと式まで20分もありません。そんな中で魔獣を探すなんて不可能ですし、その動きを生徒に見られたらそれこそ怪しまれます」
「そうだな、クオンの言うとおりだ。だが、私に考えがある」
「考え・・・ですか?」
不敵に笑みを浮かべるヴィアトリクス、その様子に何も聞き返せずいるアルディオラ。すぐに彼女は彼から距離を取り、大きな声で他生徒にこう諭す。
「みんな、待たせて済まない。クオンの調査によるとこのレイブンは生徒会が手違いで行使してしまったものだったらしい。本当にすまなかった、これは責任をもって私たちで処理をしておくから、みんなはアリーナへ向かってほしい」
彼女の声で他生徒の不安そうだった顔は一気に緩み安堵の声が漏れる。
次々に倉庫から離れていく生徒を横目に、ヴィアトリクスは彼にこう言った。
「まずはローズ先生に相談しようと思う、連絡頼めるか?クオン」
「ローズ先生ですか・・・?ですがあの人は今1年のBを受け持っていて忙しいですよ絶対」
「なに、あの人は不真面目だからな。例の場所でさぼっているに違いない、私は学園長のもとへいってくるから。頼んだぞ、クオン」
そう言ってヴィアトリクスは倉庫を後にする。校内は基本走るのは禁止だが、事態が事態なので流石にルールなんて言っていられない。
「まったく、春一番からこんな事件が起きるとは。どんな年になることやら」
急ぐ足を掛けながら彼女はそんなことをぼやき、目的地に向かった。
そして、いよいよ入学式。ソフィリアたちの学園での初めてのイベントが始まった。