第五試合 中国拳法VSカポエイラ 1
第五試合。
I李洋海。中国拳法、八極拳+オリジナル。二十一歳。身長一七八センチ、体重六十九キロ。道着。素手。
Jザジ・ギルクキニ。カポエイラ。二十八歳。身長一八二センチ、体重八十二キロ。上半身裸、ロングパンツ。オープンフィンガーグローブ。
『さああっ何と! ここに中国拳法が参戦です! 対するは、これぞ真の立ち技最強と認める声も多いカポエイラ!』
『実は俺も、カポエラとは立ち会ったことがねえんだよな。自称カポエラ使いはいても、格闘技として磨き上げた野郎ってのは、どんだけいるのかね』
『両手を戒められた奴隷たちから発祥したという、文字通りの実践型格闘技ですよね! 館長は、中国拳法とは戦われたのですか!?』
『ああ、中国拳法ねえ……。やったよ、わんさとな』
試合が始まった。
両者の間合いは三メートルほどと、まだ割合遠い。
李はやや斜に構え、右足に重心を乗せて左足を軽く曲げながら前に出している。拳は、手の中に空間を作るようにやや深く曲げている。
対するザジは、既に独特のリズムで体を左右に揺らしながら、ややかがんでいた。
『館長から見て、中国拳法の特徴とはどんなものでしょうか!』
『いや、ねえよ。特徴なんか』
『はっ!? といいますと!?』
『中国拳法って一口に言ってもな。まず北派と南派に分かれ、更にそこからどんどん分化していく。日本でも有名な少林拳が中国でも一大流派と言えるだろうが、その影響や今に至るまでの枝分かれなんざ専門家でもなけりゃ追いようがねえ』
『なるほど、失礼しました! しかし、李選手の流派は八極拳だそうですが、そちらはどうでしょう!?』
『ああ、まあ八極拳も分化はしてんだが。これは思い当る共通点があるな』
『それはどんな』
我終院はぐにゃりと唇を歪ませた。
『いてえんだよ』
李は、ザジの動きに呼吸を合わせながらも、自ら動こうとはしなかった。
しかし、ザジの体が次第に、僅かずつ下方に沈み込んで行くのには気付いている。
(その体勢から、前蹴りはあるまい。必ず横から来る。だが、振り技ならばどの角度から来ようが私の縦拳ならばカウンターが取れる)
ザジが動いた。
李は油断はしていなかった。しかし、一瞬反応が遅れた。
ザジが放ったのは、来るはずのない前蹴りだったのだ。つんのめっていたはずの上半身の遥か下奥から、槍を突き出すような右の爪先蹴りが飛んで来た。
李は左へ小さくヘッドスリップしてかわす。その頭を追って、ザジの左の前蹴りが来た。李は更に左へかわした。
両足を放ったザジの上半身が床に落ちる。
下段で攻撃を目論んだ李の動きが、しかし止まった。ザジは既に四つん這いになり、下半身を李に向けている。
(――遠い)
李は胸中で舌打ちした。顔面もみぞおちも、急所という急所があの厄介な足の向こうにある。
『おおっとこれは!? 李が攻め込めない!』
『八極拳に共通するのは、超接近戦を得意とするってとこだ。カポエラは両足を敵に向ける格好があるんで、そうされるとその足を捌いて踏み込まなきゃらならねえ。あの、アナコンダみてえなタチ悪そうな足をな』
「アウー・シバタ」
唐突にザジが言った。
「何?」
李が聞き返した瞬間、ザジの体が跳ねた。地面近くに伏せていた体が跳び上がり、鋭い側転蹴りが李の頭部を上から狙う。
「ちっ」
李が引いてかわした。だが、カウンターが取れない。カポエイラの技に、李は明るくない。警戒する必要があった。
「側転蹴りだ。次は、ウォー・ト・モルセーゴ」
カポエイリスタでなくては意味が分からないのを承知で、ザジが言う。
李が身構えると同時に、ザジが飛んだ。両足飛び蹴り――ドロップキックを放つ。
さすがに大き過ぎるモーションに、李は余裕を持ってかわした。着地したザジがまたも四つん這いになる。カポエイラは、この形が必ずしも不利にならない。そのため、李も追って行けない。
「反応がいいね。それなら、ヘヴェル・サオンだ」
低い姿勢のままにやにやと技名を唱えるのも、ザジの戦略の内だった。そうと分かりつつも、李の神経が逆撫でされる。
「舌戦がカポエイラの特技か?」
「あんた、戦いを楽しんでないね。全然笑わない」
「半端者が言いそうなことだ。武術とは、長く耐え、厳しく忍び、深く苦しんだ者が強くなる」
「涙の努力は、笑う楽しさに絶対に勝てない」
「ほざけ。今すぐ潰してやる」
李が踏み込んだ。ザジは背を反らせ、回転しながら踵蹴りを出す。李が右腕でその回し蹴りを止めた。だが止めた蹴りが妙に軽い。
ザジのふくらはぎが、李の手首で止められている。その一瞬の接触から、李はザジの思惑を読み取った。
八極拳は、触れた体の一部から筋肉の反応と筋の強張りを通じ、数多の情報を読む。
(このカポエイリスタはこの足を一度引く。その次に来るのは――)
一気に逆回転したザジは、右の蹴りを李の中段に放ってきた。既に李はそれを悟っている。
だが、ザジの体術は優れていた。したたかな中段蹴りを李が左腕でガードすると、李の体勢が崩れた。
そこへザジの左の蹴りが、李の右腿、脇腹を続けて打ち、更に前蹴りに変化する。
李は胸板を踵で突かれた。




