書籍化記念SS ダークエルフと最悪の朝
ご無沙汰しております。小声です。生きてます。
このたび富士見L文庫様より「三流調剤師、エルフを拾う」を書籍として出していただけることになりました。
明日、5月15日発売です。
お手にとっていただけますと幸いです!
最悪の朝だった。
魔力が封じられ、黒魔法を失ったと気付いたあの日よりも俺にとっては悪い朝だ。
目が覚めると同時に全てを思い出し、理解した。
なぜ記憶が戻ったのか、大切な人が何をしようとしているのかを……。
イーリスが去ろうとしている。
昨日までの自分も、薄々察してはいた。イーリスが俺の前から姿を消そうとしていると。でも思いとどまってくれるのではないかという僅かな希望にかけようとした。
彼女は優しい。一人きりで森にいた不気味な子供を見捨てず連れ帰り、世話をし、自分には何も利がないのに解呪を行う。そんな事をしては自身の出自が明るみに出る可能性があると分かっていたはずなのに……。
『呪いを解けば、イーであると露見する危険を負うことになる。それでも妹がお前を助けるかどうかは、私にもわからないよ。せいぜい哀れに振る舞ってあれの同情を買うことだ』
イーの里を訪れた俺に、彼女の兄である当主は扇で口元を覆い、そう告げた。
見えずとも分かる。あいつの口には笑みが浮かんでいたはずだ。
俺は当主を睨みつけ里を出た。
たかだか人間ごときに下手に出るなどといった無様な真似をするわけがない。
イーの人間が強欲なのは分かった。当主が口にした解呪料を上回る金を用意すればいいのだろう。そう高を括り、高額の討伐依頼を受けながら彼女の足跡を辿った。
黒魔法を使えずとも、身体能力も剣の腕も人間などには負けぬ自信がある。魔獣の討伐など容易い。
人一人の痕跡を追いながら、慣れぬ人間との交渉を続けねばならない旅は簡単とは言い難かったが、それでも金は着々と溜まり、最後にと請け負った仕事でヘマをした。
自然の理に抗い生み出された汚れた獣、狒々神。
狒々神に苦しめられていた人間どもは対策を編み出していたらしい。大勢の魔術師を投入し辛くも角を折ることに成功した。だが皮膜の破壊が不十分だった。
隙をついて狒々神は逃げ出し……俺は狼狽する人間どもを尻目にあとを追った。角が折れた狒々神一体なら一人でも始末できると踏んだのだ。
ところがどうだ、あと一歩というところで灰熊獣に邪魔をされ、追い詰められた。黒魔法を使ったのは一種の賭けだった。時の支配に抗いきれず消滅するか、生き残るか。
結果、俺は辛うじて賭けに勝ち、イーリスに出会うこととなった。
思ってもみない形で……。
共に過ごした時間は、彼女にとってはほんの数日だ。だが俺にとっては違う。
祠を壊したあの日から、里ではいない者として扱われた。誰も俺と話そうとせず、目も合わせない。長が時折置いていく食料を食べ、服を着て過ごす。当初は悲しみや寂しさに襲われた。だが、やがてそれすらも感じなくなった。何もしない、何も感じない無為の日々。
その虚無であったはずの過去のあちらこちらに、不思議なことに今ではイーリスの姿がある。
一番に思い出すのは困った顔。眉を下げて、子供にもそうと分かる表情で俺を見ている。次に慌てふためく顔。一瞬視線を逸らした後に俺を見て、その後は大概言い訳めいた言葉を口にする。それから、心配そうに覗き込む顔に、有無を言わせぬ決意を秘めた顔。勘違いした俺に真っ赤になって必死に弁明する顔……。
分かっている。俺は彼女を困らせてばかりだった。
成長するにつれ人間に対する負の感情は確かに俺の中で大きくなっていた。そんな俺を見て彼女が懸念を抱くのは当然のことだ。
だからこの結果は俺が招いたもの。
イーリスが消えたと知った瞬間、俺が感じたのは怒りだった。彼女に対してではない、自分に対してだ。
なぜもっと慎重に接しなかった。人間に対する嫌悪を隠さなかった。
後悔ばかりが押し寄せる。彼女をこのまま諦めるなんて選択肢は俺の中にはない。
焦る気持ちのままロフォカレのやつらに詰め寄った。こいつらは殺さないと約束している。何より彼らにも多少の恩義を感じてはいた。だから傷つけるつもりなんてなかった。
一刻も早くイーリスの後を追おうと身を翻した時、背後からノアの声が聞こえた。
「これではっきり分かったでしょ。イーリスにふられたんだよ」
殺すつもりはない。だが一発殴るくらいなら……。
そう思いノアに向き直る。その瞬間、黒魔法が発動した。
記憶と共に力の封印も解かれていたのだと、このとき初めて自覚した。
眼前に生まれた炎がノアに向かう。慌てて力を抑えたが少しばかり遅かったらしい。
肉の焦げる嫌な臭いがする。
「おっまえ! ふられた腹いせに人を殺そうとするなよ! このくそダークエルフ!」
ノアはノアで咄嗟に防御の術を張ったようだが、構築が間に合わず効果が不十分だったようだ。杖を掲げた腕がくすぶっていた。
死んではない。それだけを確認し俺は風呂場の隠し通路に向かって走った。
絶対に逃さない。
長「お前……あの祠を壊したんか……」




