葬式
四人だった。
トトと、あと三人。ドランじいさんのせがれと、荷車引きのカルロと、名前を知らない男の人がいた。街道の商人だったらしい。
教会の長椅子は足りなかった。村の全部が入ろうとしたからだ。入れない人が外に立っていた。
俺は前から三列目に座った。前二列は身内の席だ。
白い布が四つ、並んでいた。
いちばん右がトトだった。
「ノア」
隣にヨナスが座ってきた。顔の左半分がまだ赤い。砂を浴びたところだ。
「立てるようになったのか」
「なんとか」
「うちのが、世話になった」
「なにも」
「なにもってことはない」
ヨナスはそれきり黙った。俺も黙った。
この人とは、これまで年に三回くらいしか話したことがない。パンを買うときだけだ。
隣村から神官が来ていた。四十くらいの、疲れた顔の人だ。四人ぶんの葬式を一日でやるのは、たぶん慣れていない。
姉が横についていた。
白い布を直したり、こうをつぎ足したりしている。手つきが早い。あんなふうに動く姉を、俺は初めて見た。
「では」
神官が本を開いた。
「カルロ。神樹より賜りし数、九」
村の人たちが、声をそろえた。
「根に還る」
俺も口を動かした。声は出なかった。
「ドラン家、テオ。神樹より賜りし数、十七」
「根に還る」
名前を知らない商人のときは、数のところで神官が言いよどんだ。記録がなかったらしい。
「数、不明」
「根に還る」
そして。
「トト。神樹より賜りし数」
神官が本を見た。
「十四」
俺は、顔を上げた。
十四。
あいつが胸を張って言った「人並み」は、声に出すと十四だった。
二けたの、小さい数だった。
「根に還る」
村じゅうが唱えた。
俺の口は動かなかった。
俺のときは、何を読むんだろう。
そんなことを考えた。
数、不明。あの商人と同じだ。いや、俺は測っている。測って、動かなかった。だから記録には何か書いてあるはずだ。
あの日、神官が長いこと書いていた、あの帳面に。
葬式の途中でそんなことを考えている自分が、たぶん一番おかしい。
運ぶ段になった。
一つの布に、四人つく。前に二人、後ろに二人。
トトのところに、俺が行った。
誰も止めなかった。止めるのは失礼だと思ったのかもしれない。
左の角を持った。
右手は板で固めたままだ。添えることしかできない。
持ち上げた。
思っていたより重かった。
三歩でわかった。
左手だけでは、角が上がらない。俺のところだけ下がる。前のヨナスが、それに気づいて速度を落とした。落とされると、余計に下がった。
「ノア」
小さい声だった。
後ろから、ドランじいさんが手を出していた。
「代わる」
「持てる」
「持てん」
「持てるって」
「持てん」
「あんたの息子も、そこにいるだろ」
「おる」
「じゃあ、そっち持てよ」
「もう埋まっとる場所は決まっとる。順番は変わらん」
「そういう話じゃない」
「そういう話だ」
じいさんは俺の左手の下に自分の手を入れて、そのまま角を受け取った。
力ではない。手つきだった。俺の指が離れる前に、もう持っていた。
俺は列から出て、後ろへ下がった。
外に立っていた人たちが、道をあけてくれた。
墓は、村の南の坂にある。
穴が四つほってあった。土は新しい。誰がほったのかは知らない。俺は寝込んでいた。
布が下ろされる。
その上に、土がかけられていく。
みんなが少しずつかけるので、時間がかかる。俺も左手で一度だけかけた。
最後に姉が立って、短い祈りを言う。よく通る声だ。教会の人間の声だった。
人が減りはじめた。
「ノアくん」
トトの母さんだった。
あの人はいつも髪をきちんと結っている。今日も結っていた。
「はい」
「手、痛む?」
「そんなに」
「うそ。顔に出てる」
俺は返事ができなかった。
この人は、いつもこうだ。トトがうそをつくとき、すぐ見抜いていた。
「あのね」
「はい」
「あの子ね」
母さんは自分のそでのあたりを見た。
「最後に、何か言った?」
空気が止まった気がした。止まっていない。風は吹いていた。
「……口は、動いてました」
「うん」
「二回、動きました」
「うん」
「でも」
言えばいい。何か言えばいい。
あいつが最後に「かあさん」と言った、と言えばいい。それで済む。それでこの人が少しでも楽になるなら、そんな嘘は、嘘のうちに入らない。
俺は口を開けた。
「わかりませんでした」
声が出てから、自分で驚いた。
「音は出てたんです。でも、言葉になってなくて。俺、耳を近づけたんですけど」
「うん」
「わかりませんでした」
母さんは、しばらく黙っていた。
それから、うなずいた。
「そう」
それだけだった。
俺の頭に手を置いて、二回だけなでて、母さんは帰っていった。
人がいなくなった。
姉だけが少し離れたところに立っている。待っているのがわかったので、俺はそのままにしておいた。
トトの土の前にしゃがんだ。
名前をほった板がさしてある。まだ新しくて、木の色が明るい。
「おい」
返事はない。当たり前だ。
「おまえ、十四だったんだな」
風が来た。
「人並みって言うから、もっとあるのかと思ってた」
板が少し傾いている。左手で押して直した。
「あのさ」
のどが詰まって、一度切った。
「俺、街に行く」
言ってしまった。
言ってから、こうなるとわかっていた気がした。
「来年じゃなくて、今行く。おまえと二人でって話だったけど、悪い」
板をもう一度押した。もう傾いていなかった。
「先に登録するからな」
言った瞬間に、のどの奥が全部詰まった。
それはあいつの台詞だ。あいつが言うはずだった台詞だ。先に登録したほうが先輩だろ、と、二日前にあいつが言った。
「先輩には、なれないけどさ」
俺はしばらくそこにいた。
立ち上がったとき、姉がすぐ後ろにいた。
いつ来たのかは、わからない。
「聞いてた?」
「聞いてない」
「うそだ」
「聞いてない」
姉は俺の隣に並んだ。
「いつ出るの」
「まだ決めてない」
「お金は」
「ない」
「宿は」
「ない」
「あんた、それで行くつもりだったの」
「行けばなんとかなるだろ」
「ならないよ」
「ギースじいさんはなんとかなったって」
「あの人の話、半分うそでしょ」
「決めてないのに、行くって言ったの」
「言った」
「あんたらしいね」
姉は板を見ていた。
「手が治ってからにして」
「治らないってじいさんが」
「くっつくまで」
「うん」
「くっつくまでは、いなさい」
姉の声が、少しだけおかしかった。
俺は顔を見なかった。見ないほうがいいときがあるのは、この人から教わった。




