表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

1

 私がこのサーカスを追う理由は、記者としての好奇心ではない。もっと個人的で、もっとみっともない理由だ。

 私は、家族を蔑ろにしてきた。仕事を言い訳にして、家にいる時間を減らし、妻との会話も、娘との約束も、後回しにしてきた。

 夫婦仲は冷え切っていた。妻は何度も「あなたは家族より仕事を選ぶ」と言った。私はそのたびに「今は忙しいから仕方がないだろう」と返した。

 その「今」が、何年も続いていた。


 そんなギスギスした家庭にいたせいか、娘は、空気を読んでしまう子に育った。

 学校でサーカスのチケットを三枚もらってきた日、彼女は嬉しそうに私の机にそれを置き、「みんなで行こうよ」と言った。


 私は締切を理由に断った。妻も乗り気ではなかった。娘は笑って「じゃあ、お出かけはまた今度でいいよ」と言った。

 その「今度」は、もう来ない。


 娘が行方不明になった日、机の上に置いてあったはずの三枚のチケットは、二枚になっていた。

 娘は、きっと、ひとりでサーカスに行ったのだ。私たち夫婦が行かないから、ひとりで。


 それ以来、娘は家に戻っていない。警察にも相談して捜査させているが、一向に進展しない。

 私は他人に頼らず、記者としての調査力で、自力で娘の行方を追おうと思う。


 娘の残したチケットを見つめているうちに、私はようやく、そのサーカス「トニー・フレンズ・サーカス」の名を検索する気になった。

 それまで私は、娘が持ち帰ったチケットに興味を示さなかったが、娘がいなくなってからようやく調べはじめたのだ。


 トニー・フレンズ・サーカスは、イギリスを拠点とする移動サーカス団で、その起源は十九世紀にまで遡る。長い歴史の中、変化と進化を繰り返しながら、災害や戦争を乗り越えて、現代に至る。

 近年はアジア圏にも巡業しており、日本に来るのは今回が三度目らしい。

 公式サイトには、明るい団員たちの写真が並び、SNSには子供たちの笑顔が溢れていた。

 口コミも高評価ばかりで、「また来てほしい」「子どもが大喜びだった」といった感想が多い。


 だが、検索結果の下のほうに下りていくと、いくつか気になる書き込みがあった。


「サーカスが来た町では、必ず行方不明者が出る」

「見に行った友人が帰ってこない」

「あの団長はなにか隠している」


 どれも根拠のない噂話ではある。行方不明とサーカスとは、直接関連がない。私は記者として、こうした匿名の書き込みを信用しない。だが、娘がいなくなった今、その噂を無視することはできなかった。

 娘が最後に向かった場所。そして、行方不明者が出るという噂。それが、娘に近づく唯一の手がかりのような気がした。


 それから数日間、トニー・フレンズ・サーカスについて調べ続けた。会社には、人気のサーカス団の記事を書くと伝えている。

 過去の巡業記録、新聞記事、SNSの投稿、そして匿名掲示板の噂話まで、片っ端から目を通した。


 どれも決定的な情報ではなかったが、娘が最後に向かった場所がそこである以上、私は直接確かめるしかなかった。

 私は、サーカス団へ取材依頼書を送った。


 サーカスのテントは、港に隣接した広い公園に設営されていた。平日の午後にもかかわらず、人が多かった。親子連れ、カップル、学生、観光客──みな笑顔で、テントの前に並んでいた。

 私は出入りする人々に声をかけ、評判を聞いて回った。

「楽しかったですよ」「団長さんが優しくて」 「子どもが大喜びでした」「また来たいです」

 誰もが口を揃えて、サーカス団を絶賛した。 行方不明者の噂を知っている者はおらず、私の質問に怪訝な顔をする人もいた。


 私はチケットを握りしめていた。取材は快く受けてもらえて、取材ならばチケットは不要だと言われたが、それでも私はチケットはこちらで用意すると答えていた。

 持参したのは、もともと自宅にあったチケットだ。三枚あったはずのうちの一枚。娘がひとりでサーカスへ向かったと考えられる、証拠のひとつだ。

 娘が見た景色を、私も辿る。


 チケットとともに名刺を差し出すと、受付の女性はにこやかに微笑んだ。


「ああ、取材のご連絡をくださった、御厨様ですね。ようこそ、トニー・フレンズ・サーカスへ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ