最終章 帰還(余韻)
――影のいない部屋で
目を開けたとき、僕は自分の部屋の床に倒れていた。
天井の白い模様。
薄いカーテン越しの朝の光。
冷えた空気。
すべてが、さっきまでいた“心の底の世界”とは違いすぎて、現実のほうが夢のように思えた。
ゆっくりと身体を起こす。 胸に手を当てる。
ドクン……
ひとつだけの鼓動。
重なりも、反響もない。
僕の鼓動だけが、静かに響いている。
部屋の隅に目を向ける。
そこには―― もう、彼女の影はなかった。
壁にも、床にも、僕の影以外のものは映っていない。
静かすぎる部屋。
音がない。
気配もない。
でも―― 胸の奥に、微かな温度が残っていた。
あの夜の雨の匂い。
彼女の震える声。
手の温度。
影の冷たさ。
そして、“続き”を求めた彼女の願い。
全部が、胸の奥に静かに沈んでいる。
僕はゆっくりと立ち上がり、窓を開けた。
冷たい風が頬を撫でる。
その風の中に、ほんの一瞬だけ、彼女の気配が混ざった気がした。
振り返る。
部屋には誰もいない。
でも、胸の奥には―― 確かに“誰か”がいた。
僕は小さく息を吐いた。
「……行くよ。お前の“続き”を、生きる」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、ただ静かに空気に溶けていった。
忘れないと決めた瞬間、彼女はもう一度、僕の中で静かに生まれた。




