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27:見られていた

 教会墓地に幽霊が出る。度胸試しと称し、街の子供達が噂したのは何年前のことだろう。


「幽霊なんかいるわけないよ!」

「あー! 言ったな!? じゃあ一人で行ってみろよ!! 行ってきたって証拠を持ってくるまで一緒に遊んでやらないからな!」


 いるいないの水掛け論から、肝試しに行くことになった少年がいた。


(証拠、証拠――……)


 幽霊が出るのは夜だ。夜の墓地は確かに怖い。

 けれど、墓地から何を持って帰るというのか。供花を持って帰っても、他の場所から持って来たと言われかねない。これは最初から敗北する賭けだった。填められたのだ。

 証拠なんて何を持って行っても信用されない。

 自分は悪くないのに、自分の方から謝らなければ友達がいなくなってしまう。どうしたものか。幽霊よりもそっちの方が恐ろしい。

 土の下には土葬の人々が眠る。彼らを踏まないようにそろそろと墓地を一周して、おかしなものがいないことを彼は確信。


(やっぱり僕が正しかったんだ! 幽霊なんかいなかったぞ!!)


 上機嫌で墓地を抜け、街の方へと戻る。しかし彼はその時、奇妙なものを目撃した。


(なんだ、あれ……?)


 暗いマントを羽織った者が声を上げて泣いている。女は家の周りをぐるぐる回り、周りの家々に明かりが灯った途端何処かへ消えてしまった。

 遊び仲間達との場所に向かう前……彼は気になり昨晩の家の方へ寄ってみた。傍を通りかかると、家では老いた男が亡くなっていた。


(ゆ、幽霊はいなかったけど……“バンシー”がいた!!)


 家族達は誇らしげ、死を悲しみながらもその表情は朗らかだ。バンシーは、名家にしか現れない。彼女が出ることは大変名誉なことなのだ。彼女が泣いてくれるから、ほら……もう彼らは笑ってる。


(親しい人が亡くなったのに――……名誉って人から悲しみを消してくれるのかな)


 自分の家は名門ではない。死が近付いてもうちにバンシーはやって来ないだろう。それならせめて、長生きしなければ。バンシーが泣いてくれないなら、せめて両親よりは早く死なないように。


(多分お姉ちゃんは――……)


 身体の弱い姉は僕より早く死ぬ。両親よりも早く他界する。誰に明言されたでもないが、少年はそんな予感があった。


(お姉ちゃんが死んだ時。僕が泣くのと笑うのと。本当はどちらがいいんだろう?)


 バンシーの代わりに泣いてあげる。それは誰のため?

 バンシーが見えたと言って笑ってあげる。これは誰のため?

 わからない、わからない。だから彼はこう思う。


(僕の家にもバンシーが来てくれたら良いのに)


 不思議な気持ちになったまま、少年はいつもの遊び場まで走って行った。





「お帰りソルディ。珍しいね、君が迷子になるなんて」

「私、子供じゃないんだけど」


 迎えなどなくとも戻って来られたと拗ねる使い魔に、高飛車ピエロは大笑い。


「あはははは! それは傑作だ! だけどねソルディ。君が立派な大人でも、あの森は危険なんだよ。運良く領主様か名無しの少年にでも出会わなければ、永遠に逃れられない牢獄さ。僕だって君が迷い込みでもしなきゃ、近寄りたくないよ」


 世界には大勢の者が居て、毎晩うんざりするくらい多くの夢を見る。それら全てを眠りの森は木々へ実らせ――……森は何処までも広がっていく。一度森へ迷い込んだなら、不幸な者は永遠に現実世界へ戻れない。

 夢から夢を渡らせる。人の意識を乗り継いで、移動を行う者もそう。乗り換えの際に眠りの森へ迷い込んだらお終いだ。そうならないよう夢魔達は、使い魔に仕掛けを施す。


「ここ、綺麗なところだけど。そんなに怖いところなの?」

「僕はあそこの領主様に嫌われているからねぇ。僕の使い魔と知られたら、今頃君は夢にも存在できなくなる」

「何したのあんたは。偉い人にそこまで嫌われるなんて」

「そうだねぇ。僕が悪夢を冠する第一眷属にも関わらず、別の領主様と仲良くなった所為かな」

「何言ってるか解らないんだけど」

「それはまぁ、おいおいと。君と長い付き合いになったら教えてあげよう。さ、まずは場所を移そう。そこの夢から渡ろうか」


 夢の実に飛び込むと、景色は見慣れたロンダルディア王都だが……景色の彩度が低い。もはや記憶の持ち主にも、殆ど忘れ去られた記憶なのだろう。


「ここまで来ればその辺の鏡からでも僕の住処へ帰れるよ」

「これ、誰の夢?」


 墓地で会話する少年少女。ソルディは彼らを不愉快気に睨む。


「生前の“ミラ”だよ」


 答えのわかっている質問には、そのまま答えるなんてつまらない。道化は彼の新たな名で彼女へ答える。


「何それ。何が“バンシー”よ。そんなの……こんなの。私、何も……知らないんだけど」

「昔の君は身体が弱かったからねぇ」


 弟に、自分の知らない過去がある。苛立つ使い魔は、もう一つの問題に全ての矛先を向けることにしたようだ。詰まるところ、カイネスに。


「何その愛称。あの子にはくれてやって、私にはないわけ? あるんでしょ? 寄越しなさいよ」

「拗ねているのかい“ソルディ”?」


 弟のことは全て自分が支配したい。それでも主の寵愛は自分が多く奪いたい。より多くの支配を自分が。生前では考えられなかった欲望を、少女はもはや隠さない。


「勿論用意してあるよ。君は人間の身体を捨て生まれ変わった。“Solve より、一音下ってLabiiとなれ”……君にはラビィの名をあげよう」


 授かった名を反芻した後、少女は道化に問いかけた。


「ソがラになるって、上がってない? ファがミになるのは下がってない? 一オクターブの話なの?」

「へぇ、勤勉だね君は。彼は嬉しくて、すんなり欺されてくれたのに」

「死んでから、何回あんたの演奏聞いてると思うの? ヴァイオリンにされたこともあるし、理論じゃなくても耳に違和感があるのよ。あんたの嘘は解りやすいわ」

「僕の嘘が解りやすい、か。そんなことを言うのは君くらいだと思うよ」


 嘘を吐いていることが解っても、何を隠しているか暴ける者は少ない。常日頃より怪しげ。仰々しい態度。嘘があまりに多すぎるから。そんな道化に対し、使い魔は解りやすいと口にした。これには道化も咽せるまで笑いが止まらなかった。


「カイネス、あんた笑って誤魔化そうとしてるでしょ!」

「はー、はぁ……笑った笑った。……あのねラビィ? 今のは嘘ではないんだよ。詩を並べた時の上下の話だから。君がLabii(ラビィ)=Dièse(ディエーズ)、あの子がMira(ミラ)=Bémole(ベモル)。一音下って昇る者、一音上って落ちる者」

「なんか……すごく矛盾した名前を寄越したわね」


 楽器として使われる内、彼女はすっかり音に詳しくなった。大人しく演奏されず悲鳴を上げてギーギー騒ぐ弟とは違う。


「言った言わないの話は無意味。所有物には名前を書くものだ。首輪も付けずに魂を手放す悪魔はいないよ、“ラビィ”?」

「あんたはとっくの昔に、私達の魂に名前を刻んでいた訳ね。よく解ったわ。私を見つけられたのはそういう理由?」

「嬉しいだろう? 僕の刻印も押してある。これで他の悪魔に君たちが手出しをされることはないんだ。例え僕より高位の存在でも、僕から使い魔を引き抜いたり出来ないんだよ」

「納得したわ。だからファイデを……ミラを、あいつに貸し出すなんて事も出来た」

「ああ。それはちょっと違うかな」

「……違う?」

「君も知っているだろう? 彼は良くない音色の感情を響かせるときに……一番可愛い顔をするんだよ」


 怒り悲しみ嫌悪に絶望、苦しむ姿がよく似合う。そんな主の言葉に対し、姉の身として文句の一つでも言ってやろうとラビィは口を開いたが。何も言わずに閉じてしまった。


「……そうね。だから私は――……この夢を見て、凄く腹が立ったのね」


 墓地で笑った少年少女。彼が手渡す袋の中には、目を引く厚手の防寒具。


「思い出したわあのコート。真っ赤なコート。私が貰うはずだったのに……だから赤は大っ嫌い」





 遊びからの帰り道。足早に少年はあの家の前を通った。玄関には立派な忌中紋章が飾られている。やはり由緒正しい人の家のよう。

 教会の方から喪服の人々が此方へ向かって歩いてくる。もう埋葬されてしまったのか? これから会葬者へ食事が振る舞われる。


(あれ、あの子……?)


 一人だけ、会葬者に子供がいる。喪服の少女は列の一番最後にいて、扉の前で立ち止まる。入り口にいた喪主の老婦人……彼女は少女を家には入れず、代わりに麻袋を握らせる。ジャラと鳴ったお金の音。


「良かったでしょう、私の泣き声。なのにこれっぽっちなの?」


 それでは足りないと少女がもう片手を伸ばすと、婦人は困った顔で紙袋を手渡した。少女はすぐさま中身を取り出して、小さなパンに噛り付く。


「今回は助かったよ。だけどねいいかい、しばらくはこの近辺で仕事をするんじゃないよ。あの人のありがたみが薄れてしまう」

「……解ってる。しばらくは違う区画で働くわ」


 宣言通り近場で彼女を見かけることはなかった。しかし隣町や遠くの街へ……仕入れを手伝う時に、彼は彼女の姿を目撃する。

 葬列や、忌中紋章のある家。いよいよ危ないと噂される家の傍で。彼女はいつも、そこにいた。彼女はそれで生計を立てているのだ。妖精は存在しなかった。彼女はパンを食べる普通の人間だ。バンシーとして泣き、名誉を人に売っている。


(もし、お姉ちゃんがいよいよ……そんな噂が出て来たら)


 彼女はうちの戸口を叩くのだろうか? 名誉を買いませんかと言いながら。

 両親は買うだろうか? 多分、買わない。そう思った時、少年はやはり不思議な気持ちになっていた。泣いて貰えない姉か、仕事が貰えない少女か。自分が何に悲しんでいるのか解らなかった。



「おい、また幽霊が出たって! 今度こそ本物だよ! 見て来いよ!!」

「何回行かせるんだよ。あの時は家を抜け出して怒られたんだ」

「い、良いから! 絶対見て来いって!! 今度は昼間で良いから!!」


 少女が街を去って数ヶ月。遊び仲間の一人が縋るように脅す。彼は何かを見てしまった。だから何も見なかった者に否定をして貰いたいのだ。少年は仕方が無いと溜め息を吐き、渋々墓地へと向かう。


(あ。あの子――……)


 葬儀でよく見かける女の子が墓地にいる。お供え物を狙っているのか? いや違う。今日は彼女は泣きもせず、うつろな瞳で墓石を眺めている。


「……お葬式?」

「……………………」

「…………“今日も”、お葬式?」


 自分が何者か知られていると知り、少女は小さく口を開いた。


「ううん。父さんの命日。昨日は母さんの命日。同じ頃に逝けたから、二人とも寂しくなかったと思うけど……狡いなぁ。私だけ置いていくのよ」


 他人のために涙を流して生きる彼女は、本当に大切な人のために涙を流せないようだ。いつもは嘘で泣いているから、ここで泣いてしまったら嘘になるように思えて。だから悲しげに、泣きたい気持ちを堪えている。


「二人とも、病気で死んだの。口からいっぱい血を吐いて」

「そ、そうなんだ……」

「私はこうやってお墓にお花をあげられるけど。私が死んでも誰もそうしてくれないのよね」

「……ごめん」

「どうして謝るの? 何か悪いことをしたと思ってくれるなら、私が死んだ時は貴方がバンシーになってよ。私きっと、そろそろ死ぬわ」

「そ、そんなことないよ!」

「子供が一人でいつまで生きていけると思う? 今度病気が流行ったらお終いよ。もうすぐ寒くなる。身体が弱れば私みたいなのはすぐ死んじゃうのよ。あの人達みたいに血を吐いて」

「……明日! また来るから!! 約束っ!! “Cross my heart and hope to die, stick a needle in my eye!!”」


 一方的に告げた約束の言葉を、少女は頷きもせずじっと見つめる。約束は成立しただろうか? 翌日彼女が来てくれるかと不安だったが、少女はちゃんとそこにいた。まさか自分が嘘を吐いて死ぬところが見たかったのか、どうなのか。


「ごめんなさい、家の中と街のゴミ箱漁ったけど……針見つけられなかった」

「そこを謝られても困るけど。僕はちゃんと来ただろう?」

「……そうね。死ななくても良くなった」

「いやあれ……よく言われてる、約束の定型文なんだけど。ま、まぁいいや。これ! 売れ残りとかで悪いけど――……丈夫だし!」

「なぁに、これ……」


 少年が彼女に押しつけた袋には、たくさんの服が詰まっている。

 袋の中には防寒具も入れてある。せめて彼女が凍死しなければ良いと、子供なりに必死に考えた。去年売れ残った服を引っ張り出して、親に頼み込んだのだ。


「服って、余所の国だと“ふく”って言うんだ。同じ音で“幸せ”って意味の言葉もあるって、父さんが言ってた。喪服ばっかり着ていたら……何もないときは目立つし。本当に、死に連れて行かれるかもしれない。だから君は、もっと違う色の服を着た方が良い。仕事の時以外は別の服を着るとか――……」

「…………あったかい。ふふふ、何これ。唯の布なのに。ふふふ、どうして赤い色が多いの?」

「これなら血を吐いても目立たないだろ?」

「まぁ! 凄い!! 画期的!!」

「……冗談だよ。元々こんなに赤いなら、病気だって勘違いして他の人の所へ行くよ。だから、悪いことも起こらなそうだと思って。それに――……」

「それに?」

「君に似合うと思ったから」

「ふふふ、ありがとう。でも、死んじゃうってのは嘘よ。私、そろそろ引っ越すの。ずっとたらい回しにされていたけれど、やっと親戚の引き取り手が決まって」

「えええ……なんだ、嘘かよぉお」

「泣いて欲しかったのは本当よ? でも困ったわ。貴方に返せる物が無いの」

「別にいいよ、店の売れ残りだし」

「うーん、困ったわ。あ、そうだ!」


 少女は名案と言わんばかりに手を打って、初めて笑顔を彼へと見せた。


「私が大人になってこの街に戻って来たら、――……!」





 彼がいればどんな季節も私には薔薇色。なのに彼にはそうじゃない。


(あー……好きだなぁ)


 真剣な横顔が好き。彼の小さな手が動き、見事な服を仕立てていくのが好き。私が注文した服を彼が作っていてくれる時間は、彼は私のことを……私のことだけを考えてくれる。他の仕事が回らないくらい、沢山注文したいけど……それじゃあやっぱり意味が無い。

 ファイデ=ミュラーという若い才能を、彼の素晴らしさを多くの人に知って欲しい。私が大好きな人は、こんなに素敵なのよと言いふらしたい。彼の仕立てた服を着ている時も、私はそんな気持ちでいる。

 私に見惚れる人々を通り過ぎ、胸を張って私は歩く。私だけでも、ドレスだけでもきっと駄目。彼のドレスと私が合わさりルベカ=ロンドは最高の女になるの。彼の服の素晴らしさを知らしめられる最高のモデルはこの私! なのに幼い彼には私の魅力が解らない。

 別にいいのよ。ずっと傍に居るから。何年かして彼がもう少し大人になってくれたら、私を好きになってくれるって思っている。落とすつもりで接するもの。


「どうかしましたか?」


 私の視線に気が付いた? 刺繍をする私の指が止まっていることを、彼は不思議がる。


「あ、えっと。ファイデ君、ここの生地……どの糸が合うかしら?」


 君に見惚れていたのよ何て言ってもきっと伝わらない。サボっている口実にからかっていると呆れられてお終いだ。私は作業で実際、少し悩んでいた話題を口にする。狡い言葉も素直に信じ、彼は優しく答えてくれる。だから好き。


「ああ、これは……なるべく目立たないように生地と似た色が良いと思います」

「こっちの服はどう思う? 同系色じゃちょっと地味すぎない?」

「そうですね。それなら白が良いんじゃないかな」

「白、好きなの?」

「外。見て下さい」


 彼と生地ばかり見ていた所為で、雪が積もっていることにも気付かなかった。工房内の暖炉の他に、私の内には恋の炎が燃えているのだもの。むしろ熱いくらいなのだけど。


「こんなに積もってたんだ……家まで帰れるか、心配だなー?」


 配達に出かけたソルディが、店から戻らなければ良いのに。旦那さんも女将さんも、店から戻るのが遅くなるわこの雪じゃ。ミディアが店番をこなせているか心配だけど……急に寝込むかもしれないファイデ君の世話を彼女には任せられない。あの子はそそっかしいところがあるから、看病どころかうっかりで症状を悪化させかねない。そして何より、私が彼の傍に居たい。


「…………お姉ちゃん、まだかな。こんな時に配達なんて。風邪、引かなきゃ良いけど」

「……………………」

「うわぁ、まだ止みそうにないな」


 それなのに。君はいっつもソルディ、ソルディ。お姉ちゃん大好きっ子か。私には初対面時から態度最悪の女なのだけど、姉を慕う彼の前で彼女を悪くは言えない。顔が引きつり内心悪態祭りになるくらいで我慢する。


「みんな戻らなかったら心配ね。私、工房に泊まっちゃおうかしら。ファイデ君、一人にするの心配よ」

「あはは、何言ってるんですかロンドさん。ここで寝たら風邪引いちゃいますよ。店に出す前の防寒具くらいしかないし、寝具もありませんし」

「はいはい、お邪魔虫は寒い中とぼとぼ一人ぼっちの家に帰りますとも」


 すねた私の態度に彼は優しく笑って、“工房じゃなければいい”と提案をする。


「降り止まいようならうちの空き部屋を使って下さい。予備の寝具くらいありますから、うわぁあっ!」

「うーん、暖かいー!! やっぱりお子様は体温高めねぇ。ってファイデ君普通に風邪気味じゃないの? 早く休んだ方が良いわ!」

「えええ!? 大丈夫です。こんな明るい内から眠れませんよ!」

「本当? おねーさんは心配だなー? 知ってるファイデ君? 雪山で遭難したときはこうやって人肌でぎゅーってすると凍死しないで済むとか済まないとか」

「発熱時には逆効果では!?」

「……ってあら? ファイデ君、本当に熱っぽくない? おでこ見せて」


 なんだつまらない。少しは私を意識してくれたと思ったのに、本当の風邪だとは。どさくさに紛れて抱きついたのに、何処まで照れかわからない。それに、元々彼は恥ずかしがり屋だ。相手が私でなくても同じ反応をしただろう。

 彼の言葉は嬉しいし、ご両親の許可は取れそうだけど……ソルディが来たら追い返されるの話じゃ済まない。


(これは私がソルディに殺されるわね。寝ている内に外に追い出されるかも、簀巻きにされて真冬の川に落とされ凍溺死しかねないわ)


 悔しいが、今日の所は家に帰るしかない。彼も具合が悪いし誰かが戻ってくるまでは、ここにいられるだろうけど。


「ほらほら、君に無茶させたら私が怒られるのよ“ソルディ”に! 後は私がやっておくからファイデ君は今日はもう上がって。私はソルディが帰って来たら帰るから」


 勝手知ったる人の家。工房から家の方まで彼を運んで横にならせる。みんなが遅くなるのなら、簡単な夕飯くらい用意しておかなきゃ。


「ファイデ君、スープ作ったから飲んでみて」

「はい、ありがとうございます」

「ど、どうかしら……? 味は薄めにしたんだけれど」

「暖まりますね、味付けも丁度良いし」

「それなら良かったわ。多めに作っておいたから、みんなの分も足りると思うわ。女将さん、戻ってきてからじゃ大変だろうし」

「ふふ、ロンドさんには一家揃って頭が上がりませんね」

「嫌ねぇファイデ君、大げさよ」


 そうそう、大げさ大げさ。これは全て私が企む「なんて出来た子なの、是非息子の嫁に!!」外堀計画。既成事実って大事よね。その甲斐あって、旦那さん女将さんからの評価はなかなかのもの。よく冗談で、是非嫁にトークを女将さんから引き出せている。口数の多くない旦那さんの攻略にはまだ手間取っているが、今回のように作った料理に口を付けては貰えているし、胃袋作戦は上手くいっている。

 問題はそう、ソルディのみ。


(どっかにいい男いないもんかしら。ソルディがそいつに恋でもすれば、このルベカ様が恋の手ほどきでもしてやって恩を売りつつ邪魔者を消す! 一石二鳥ハッピーエンド!!)


 配達先で思わぬ出会いがあることを、今日も今日とて祈っているが……ソルディは相も変わらず跳ねっ返り娘。あれでは十年経っても、誰かと恋に発展するか怪しいものだ。


(彼女、何考えてるか解らないわね)


 家族ってそんなに大事なもの? 執着・依存して何になる? 彼は彼女とは別の人間なのに、まるで自分の一部かのように扱う。ファイデが彼女の意に反した行動を取ると、ソルディは途端に不機嫌になる。姉を怒らせたくない彼は、いつまでも素直な良い子で従順だ。あの女は彼の心全ても自分の掌の上で管理しなければ気が済まない。彼の全てを知っていたい。狭い世界を生きる彼ならば、それは容易に可能だから。


(解らないわね)


 思い通りにならないから面白いのに。ままならないから頑張るのに。もし上手くいったら幸せで、嬉しくて堪らないのに。そう、思うだけでも幸せなのに。大事な人を縛り付けるだけのあいつはきっと、ファイデ君で憂さ晴らしをしてるんだ。ミディアだってソルディには強く言えない。


 自分より意思や立場の弱い人間を、助けることで悦に浸っている。頼りになる、貴女がいなきゃ駄目。そうやって必要とされたいのだ。そうしなければ自分の価値を見いだせない、可哀想な子。

 ソルディはいつまでも少女でいたいから、女として生きる私を忌み嫌う。あの子は夢の世界を生きている、現実を見せる私が嫌いなのだ。

 女に生まれたことが悪いことだなんて思っちゃいけない。そう思った瞬間に、それは呪いに変わるから。私は私に産まれただけ。ソルディだってそう。したくないことなら逃げても暴れてでも従わなきゃいいだけ。でもあの子には家族がいるから。家族を大切に思っているから。家族に何かを言われたら、流されて意に添わぬ人生を歩んでいくのだろう。人形のように、心を捨てて。


(ソルディが恋をしないのは彼女の自由。だけど私の恋を止めて良い権利はソルディにはないのよ。ファイデ君はあんたの所有物じゃないんだから)


 私は欲しいものは欲しいと言うわ。一度伸ばした手を引っ込めるような真似はしない。

 だけど時々くじけそう。環境というものも、呪いなのだろう。私が手を伸ばし続けていることに、彼は今日も気付かない。

 一針、一針。一縫い、一縫い。そんな作業の繰り返し。糸は綺麗な刺繍に変わるのに、私の言葉一つ一つは彼の内でどの程度、絵となり形となったのか。目に見えないものは、どこまで進んだか解らないから嫌い。彼の中の私はどんな名前をしている? 唯の従業員? 年上のお姉さん? 姉の悪友?  私は君の“何”に。“どこまで”なれた?


「ファイデ君、ソルディと旦那さん達帰ってきたから私帰るわね」

「え? 大丈夫ですかロンドさん、もう外寒いし暗いですよ?」」

「大丈夫。積もった雪で明るいし。それにほら見て? 去年オーダーしたコート! これのお陰で私は去年、風邪引かなかったわ」

「ありがとうございます。最初は派手かなと思ったけど、ロンドさんにはぴったり似合いますねその色。赤……好きなんですか?」

「ええ! 一番好きな色なの。あとこれ……熱が下がってからでいいから確認して貰えると嬉しいな。君のアドバイス通り白い糸を使ってみたの」


 工房から帰る前に、彼に声をかけに行く。ファイデ君は本当に服作りが好きなのね。まだ顔も赤いのに、無理矢理身体を起こして生地を見る。


「とっても良いと思います!! ロンドさん、本当に手先も器用なんですね」

「こらこら、今日は安静にね?」

「すみません……」

「でも安心したわ。それじゃ、また明日――……」


 起き上がった彼を横にならせて毛布を掛ける。そのまま部屋を出ようと考え下がり、数歩歩いて振り返る。聞き忘れていたことを思い出したのだ。


「あ! それからさっきの続き、ちょっと気になってるんだけど。聞いてもいい? このままじゃ私、気になって今晩眠れそうにないわ」

「あ、すみません。どの話ですか?」

「白い色の話よ」


 彼がまだ起きていてよかった。帰り道、雪が目に入る度に思い出してしまいそう。私だけ、ずっと彼のことを考えているなんて酷いじゃない。少しは私のことを思い出してもらえるように、雪と私を思い出で結び付けてやりたくなった。


「えっと、街には色んな色があるじゃないですか。屋根もそうです。色んな色があるのに――……雪が乗って似合わないと思う屋根ってないでしょう? どんな色にも、どんな人にも白い色は似合うんですよ」

「なるほどねぇ。雪は見えなくしてしまうから解るけど、生地じゃなくて糸もなの?」

「白って……支える色だと思うんです。何かに染められるってことは、脇役になって誰かに主役を譲ること。糸なら生地を、生地なら人を。花束のカスミソウ(Gypsophila)みたいなものですよね」

「Gypかぁ……」


 日に焼けていない彼の白い肌を見て、彼にぴったりの色だと思った。人の幸せを支える服を作る彼は、服や顧客を主役にして、いつも誰かの影に隠れている。そんな彼を、やはり私は勿体ないと思うのだ。


(君は素晴らしい人なのに)


 私の物語ではねファイデ君、君が目立って仕方が無いの。他の全てが霞むくらいに、君は立派な主役なのにね。控えめで奥床しい彼はとっても好きだけど、いつかもっと多くの人に君が知って貰えたら良いな。


「あ。でもそうか。だからロンドさんだと服の宣伝にならなくて、ロンドさんの個人情報の問い合わせの方が多いんですよね」

「ええっ!? 私、広告塔でソルディに負けてたの!?」

「あはは、ロンドさんだとみんな……ロンドさんの方を見ちゃうんですよ。僕らが作った服じゃなくて」

「ごめんなさい……私地味になるようなお化粧するわ」

「気にしないで下さい。お店に足を運んでくれる人が増えているのは確かですから、そこからは此方の腕の見せ所ですよね?」


 お店の役に立てていないのではと落ち込む私を、ファイデ君が励ましてくれる。ソルディに邪険にされながらも私が工房勤務多めな理由……そういうことだったのね。


「ロンドさんは手先も器用だし飲み込みも早いですし、助かってますよ」

「うん……ありがと。ごめんなさい、うるさくして。私、帰るわね」


「…………赤以外の色。白のドレスなんか、私にも……似合うと思う?」

「ロンドさんなら絶対似合いますよ」

「例えばもし、私がとっても……悪い人でも?」

「骨って白いじゃないですか。心も同じで、目に見えない物は真っ白なんです。本当に奧の奧にはそういう色が残ってて。だから、悪い人なんていませんよ」


 白い色が好きという……窓を見すえる彼はそこに死を見ていた。彼が必死に服を作るのは、自分が死んだ後に遺される何かを求めてだ。

 外側が別の色で覆われていても、みんな心の中心は同じ色。心のどこか一欠片でも、何色にも染められない生まれ持った白を人は抱えている。死んで骨になったとき、ようやく他の色から解放される。真っ新に見える彼も、何かに囚われている。白く見える素肌の内に……表に出せない心を持っている?


「お姉ちゃんだって言葉はきついですけど本当は優しいし、お父さんだって厳しいし怖いときもあるけど本当は優しいし……ご飯残したらお母さん怖いけど本当は優しいし、ファウストさんは落ち着きがないけど優しいし」

「ファイデ君に掛かったら、みんな優しい人になっちゃうわ! いーい、ファイデ君? 世の中には悪ーい人がいっぱいいるのよ? それが優しく見えるのは、その人じゃなくて君が優しすぎるから!! もう! 変な人に欺されないか心配よ」


 彼の抱えている不安。もっと引きずり出せないだろうか? 幼い彼が一人で抱えるには重い荷物だ。気丈な彼は、愛する家族には決して弱音を吐けない。他人だから支えられることもあるのでは? 貴方の愛する色のよう、私は貴方を支えたい。


「あのね、ファイデ君――……私」

「ロンドさんは僕にとっても優しい、いい人ですね。骨なんか見なくても、やっぱり貴女には白は似合いますよ」

「え!?」

「おやすみなさい、また……明日」

「………………寝ちゃった」


 狡いわよ、私の顔まで熱を移しておいて。自分だけ夢の世界に逃げるだなんて。

 彼の愛くるしい寝顔に良くない心が浮かび上がるが、いい人という言葉が枷となる。


(あーあ、王子様になりたいー!!)


 それなら物語のように、私から君にキスしても怒られないでしょう? ソルディじゃないけど思っちゃったわ。女なんて、と。受け身が慎みなんてねぇ。私はいつまで待てば良い? あと何回寝て目覚めれば、君が起こしてくれるのかしら。

 とっても良い人の私は、眠ってしまった彼の頬を数回指でつついただけで、泣く泣く帰路についたのだった。






『昔、誰かに服をあげて喜んでもらったっけ?』


 でもあれは僕が作っていない。次に服を渡すなら、自分で作った物を渡したい。

 顔も名前も思い出せないけれど、あの子の笑顔を思い出す度……仕事への誇りを思い出す。


『昔、優しくしてくれた男の子がいたな』


 懐かしい町並み。変わったところ、変わらないところ。比べて落ち込んでちゃ駄目よ。気分新たに新しい服でも買うの。あっ……今の服良いわ。何処の店? あら、広告を配ってる。素敵じゃない。でも色が気にくわない。これでは私には似合わないわ! だって私には、赤い色が一番似合うんだもの!!


 記憶は失われても、感情は記録されて残る。何処の誰かだなんて忘れても、幾つかの記号が好意的な言葉となって残される。人の魂はそうやって形作られ、永遠を記録する。

 少年が服作りに喜びを見い出した理由の一部。少女が彼に惹かれた原因の一つ。因果を探っていけば更に昔へ辿り着く。

 “彼は彼女を笑わせた”――……故にルベカ=ロンドはファイデ=ミュラーを深く愛するようになったのだ。



「カイネス」

「なんだい、ラビィ」

「あんたが“ファイデ”を攫ったのって――……ロンドの傍に居させたくなかったからでしょ?」


 夢の終わりまで見届けて、使い魔が寄越した感想は。彼女と彼のことではなく、鑑賞していた此方へ向いた。


「つくづく君は。時々君が、僕なんじゃないかと思うよ。不思議だね、思っていることは二人とも違うのに」


ルベカって、両親死んだ後どうやって生きていたんだろうと考えた結果の産物。


今回はバンシー回。サブタイもそのアナグラム。

bean sidhe → Had Bi Seen


Behead Sin

Abs Heed In

Head Be Sin

他にも面白いアナグラムがありました。

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