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25:実際の自我は愛する

「こんな時くらい、羽目を外して良いんですよ」

「そうかしら……でも、なんだか落ち着かないわ」

「あの人が亡くなってから何年ですか? 私もこうして成長しました。大恩ある貴女には、これ以上私のために人生を棒に振って欲しくない。そろそろ新しい幸せを見つけて欲しいのです」

「ふふふ、言うようになって。貴方はいつまで経っても、私の可愛い自慢の息子よ」

「ははは、嬉しいな。でもそんなんじゃ、僕はいつまで経っても独り立ちできません。僕もいい加減、良い歳なんですよ母さん」

「ふふ。昔から貴方は素敵だったから、さぞかし素敵な紳士になったのでしょうね。お嬢さん方が放っておかないのではなくて?」

「嫌だな、そんなに遊んでいる風に思われてます? 仕事ですよ、仕事。季節の変わり目は患者が増えるのです。放っては置けないでしょう? 寂しい思いをさせて申し訳ありません。ですから、僕の代わりに……母さんを傍で支えてくれる人が見つかれば良いなと思っているんです」

「嫌ねぇ、私の幸せなんて貴方の二の次で良いのに。働き詰めで過労死なんてしちゃ駄目よ? ……あの人みたいに」

「ご心配なく。ここへは私も羽を伸ばしに来ました。先日……私も良い人を見つけたのです、その内母さんにも紹介しましょう」

「あらあらあら! そんなことになっていたの!? 早く紹介してくれたら良いのに!! 残念だわ。この目で確かめられないなんて。でもどんな子か。貴方が選んだのだから、きっと素敵な方なのでしょうね」

「ええ、それは勿論。さぁ、行ってらっしゃい……母さん」





「うわぁ……凄い人! これ全部、ミュラードレスを?」

「当然偽物も出回っている。粗悪品を入手し雪崩れ込んだ客も多いかと」


 招きに応じて出向いた屋敷。秘密の舞踏会の開催場所は、ルベカの予想に反し賑わっていた。


「そんなの入れて良い訳? そもそも何でそこまでしてルキーヌ婦人にお呼ばれしたいの?」

「彼女はバルカロラの華。噂の出所。彼女に気に入られることに意味があります。良い噂を流してもらい、一躍時の人ともなれば……メリットもあるのでしょう。少なくとも、相手選びに困ることはなくなりますよ」

「そういうもの、なのかしら……。自尊心を満たしたい虚栄心じゃないの?」

「他人からの評価とは、時に高価な宝石よりも価値ある装飾品なのですよ」

「正体を隠しているのに、認められたいなんて。みんな窮屈なのね」

「人などそんなものですよ、誰しも仮面を付けている」


 海に面した大きな邸宅に作られた空中庭園、その場所がダンスホールになっている。夕暮れの庭園に咲く花々は、傾く日差しを受けて輝いた。


(醜い女が幸せを掴んだという、“噂”……自分も自分もと思う。“幸福のドレス”にあやかりたい)


 嘘を貼り付け出会っても、こんな場所で出会った相手は運命の人だと誤認するのではないか? 踊る彼らは幸せそうだ。彼らは大勢に愛されるためここに来たのではない。ルキーヌ婦人のパーティに参加できたなら、幸せになれると思っているのだ。


(幸せ、幸せ……私の、幸せ)


 幻想的な光景に、ルベカは見惚れた後……隣の男を、少年を見て溜め息を吐く。


(ファイデ君と来たかった。幾ら可愛くても、中身はあのファウストさんだものねぇ……)

「……? 私に何か?」

「別にー? 何でもありませんー!」


 中身が最悪の男と知ってはいても、今の彼は愛らしい。顔を覗き込まれれば、不覚にも彼を可愛く思ってしまう。絆されないようルベカは彼の悪行を心の中で復唱し、やっと心が落ち着いた。


(私って、年下がタイプだったのかしら……?)


 いいやそんなはずがない。ファイデ君だからこそ、私は彼が好きなのだ。魔性の男め。彼の若返りの薬は悪魔が作った。魅力的に見えるような、誘惑成分が入っているに違いない。


「お嬢さん、彼方を」


 錬金術師の呼びかけに、言われた方をルベカは眺める。そこには夕日を前にうっとり見つめ合う男女。


(キャーキャー! きゃーきゃああああ!! 見た!? 見た見たファウストさん!? あいつら公衆の面前でかましたわ!! 嘘つき橋でもないのにここ!! 思い切りやったわねあれ!!)

「あの……計画がご破算になるので淑女らしく振る舞って下さい」


 他人のキスシーンに盛り上がり、思わず彼の肩をバシバシ叩く。小娘が、と冷ややかな眼差しを向けられルベカは少し落ち込んだ。


(はぁ…………駄目ね。他人をうらやましがるなんて)


 高い場所から見る夕焼けもまた絶景だ。こんな場所で愛を語らうならば、相手が欲しい。彼がいてくれたらどんなに良いか。遊びに来たわけでもないのに、場の熱に当てられている。


「……“陛下”? 御覧頂きたいのは其方ではなく。その向こうです」


 人前で陛下呼びはまずいだろうと控えてくれた少年に、使命の名を使われる。自分お仕事を思い出せと咎められていた。


「…………向こう?」


 ファウストの指差す方向には、女性に声を掛け屋敷の中に誘う男が見えた。


「彼女のドレスと、屋敷に消える男の服装を覚えていて下さい。他にも何人か居りますよ」


 声を掛けられ室外へ消える女が着ているドレス。改造され装飾過多なドレスになっているが、元々はファイデのドレスに間違いない。


「あれって使用人? 本物の着用者を連れて行っている?」


 怪しげな自称参加者達に開放されているのは庭園だけ。屋敷へ通じる通路には、監視役が目を光らせている。屋敷に消える者に倣って便乗する者も見えたが、彼らは招待状を改められてその場で追い返されている。


「それならミュラードレスを着用する意味はないですね」

「紳士服もミュラードレスにカウントされるの? あれ、ファイデ君が作ってないわよ?」

「彼の死後、求めに応じ父親が作った物では? 見劣りしますがブランドロゴかタグさえあれば参加資格はあるでしょう」

「それなら…………本当の会場は、中って事ね」

「ええ。声を掛けられるのを待つしかありません。見た限り、本物でも自ら向かった者は追い返されています」

「……おかしいわよね? エスコート役はやっぱり使用人じゃないの?」

「連中の息の掛かった者であるのは確かです」


「わぁ、よかった! 大人ばっかりでどうしようって思ったんです。お姉さん、お一人ですか?」


 ルベカは耳を疑った。聞き間違えだ。そうに決まっている。


(ファイデ、くん……!?)


 恐る恐る振り向く先で、微笑む少年は……思い人の生き写し。既に悪魔の術中か? 袖で両眼をこすってみるが、景色は何も変わらない。

 舞踏会に参加するには不適切、簡素な衣服に素顔を晒した少年は、どこから迷い込んだのか。


「こ、こんばんは。ごめんなさいわたしもうつれがいて」


 しどろもどろな返答に、少年は涙目でルベカの両手を握った。


「僕、中に入った先生を追っていて……どうしても屋敷に入りたいんです! お願いします!! 貴方をエスコートさせて下さい!」

(た、助けてファウストさん!! 私とってもピンチだわ!!)


 偶然なのか罠なのか。どちらにしてもここで頷く訳にはいかない。いやそれとも、ここは入るタイミング? 錬金術師に助けを求めるが……傍らの少年は、その場に崩れ落ちていた。


「だ、大丈夫!? しっかりして!」


 助け起こした彼は意識はあるが、上手く喋れないようだ。胸を押さえて苦しむ錬金術師にルベカは取り乱す。


(ファイデ君と同じ顔の子が来た瞬間、ファウストさんが倒れるなんて……明らかに変よ。彼は攻撃を受けたんだわ)


 ならば、屋敷に入ってはいけない。出直さなければ。頼みの綱の彼が戦えないのでは話にならない。これ以上目に付いたら駄目。敵には医者が関わっている。


(メフィス、メフィス!! 早く戻って!! 何をしてるの!?)


 敵の潜伏地で個別行動は危険。何よりこんなに弱ったファウストを一人になんて出来ない。


「ごめんなさい、誰か他の人を頼って。この子、人混みに酔ったみたい。近くに宿を取っているの。休ませてくるわ」

「この症状は……! いけませんお嬢さん、素人が動かしてはいけません。しかし急を要します」

「!?」


 抱きかかえた少年を、ひょいと上から奪われる。黒服を纏ったペストマスクの不気味な男。舞踏会用の目元だけのマスクではなく、正真正銘現場で用いられる感染症用のペストマスクだ。


「あっ、先生!! 何処行ってたんですか? 探したんですよ」

「話は後だ。今は患者の治療を急ごう!」

「……貴方、誰? 失礼ですけど大事な弟を、得体の知れない人には任せられない。返して、私が運ぶわ」


「失礼、私はこういう者です」

「“A=Chronicle”……!?」


 身分証を手にした男は、仮面を付けている。仕立屋に来た医者と同一人物か、瞬時に判別は出来ないが……目的の人物自ら近付いて来た。ルベカが錬金術師を見上げれば、彼は小さく頷いた。この好機は逃せない。


「知人の屋敷ですのですぐに休ませられます。さぁ、此方へ!」





 メフィスには、魂探しをさせていた。あれが一番鼻が利く。敵に感づかれる前に、回収を図りたい。そんな思惑が裏目に出た。


(卑劣な男め……)


 自分が言えば褒め言葉になるか。寝台に横たえられながらファウストは自嘲する。


(しかし、状況は芳しくない)


 魂は既に敵に奪われていた。本来ならば近付けば、此方に戻る魂が戻って来ない。私の前世は悪魔に魂を売っていた。そうだ、既にカイネスの手中にある。

 魂が作用するのは精神。肉体が痛むのは、ファイデ=ミュラーの霊が囚われているためだ。どういうわけか、自分は“彼”と痛覚を繋げられた。使い魔の肉体は滅びない……それが良くない。肉体が滅びないと言うことは、彼の霊も不滅。霊を人形にでも入れられて見ろ。痛めつけられた箇所と同じ痛みが此方を襲う。

 胸に釘でも打ち付けられているのか? 喋れないのは首でも吊られているのかな。実に困った。ルベカに今の状況を、伝えることもままならない。


(痛みで集中力を奪い、錬金術を封じたか)


 此方の手の内をよく勉強している。基本的に私とは、戦わないのが正しい。戦わずに勝つための、よく考えられた奇襲。


「弟の、容態はどうなんですか」


 傍から離れず、医師と錬金術師を二人きりにしないよう……ルベカは警戒を続けている。この状況で唯一、ほっとしたのはその点だけ。


「容態は落ち着いてきました。鎮痛剤を飲めば明日には回復しますよ」

「弟は、薬が駄目なんです。副作用が出やすくて、本当に危ないんです」


 治療と称し、睡眠薬を服用させよう。そんな魂胆はお見通し。夢魔の居城で眠る愚行は犯せない。


「貴方のお陰で部屋を借りられたことは感謝しています。でも、こういうの……よくあるんです。バルカロラに来て浮かれてはしゃいで、疲れたんだわ。ここで休ませて貰えれば、大丈夫。もう、大丈夫です先生。ありがとうございます。幾らお支払いすれば良いですか?」

「お代は結構。困ったときはお互い様です。私は人の為にこの職に就いたのですから……その子が無事で良かった。お代はそれで十分です。もしまた会うことがあれば、元気になった証拠に一曲踊って頂けたら嬉しいですがね」


 小娘一人程度どうにでもなるだろうに、医者はその場を引き下がる。一礼し部屋を出て行く彼を追い、助手の少年は慌てて椅子を立ち上がる。


「不謹慎ですけど、貴女がたのお陰で先生と再会できました。ありがとうございます!」


 口早に此方に感謝を伝えると、彼も扉を出て行った。足音が聞こえなくなってから、ルベカは扉に施錠する。なかなかしっかりしたお嬢さんだ。


「大丈夫……? ファウストさん……」

「ゲホッ…………大丈夫、ですよ。私には、幸運の女神が付いていますから」

「ファウストさん、その指輪……」


 吐き出したそれを指に填めると、会話が出来る程度には回復した。ファウストの指にあるそれを、ルベカは観察して不思議がる。


「レディの。記録で見た、ロンダルディカの指輪に似ているわ」

「私がいた時代では、滅ぶ間際まで彼女が二つの指輪を所持していました。いよいよという際に、若い二人の子供に女神は指輪を託された。ですから彼女の指輪が盗まれるというのはおかしな事なのです」

「…………貴方のことだから何をしていても驚かないけれど。今の話を鵜呑みにすると、貴方は随分と遠い未来から来たようね」

「どう思って頂いても構いませんよ。これを奪われてはまたややこしいことになるので、奪われぬよう呑み込んだのですが……喉に詰まってしまったようで。いけませんな、子供の身体は小さくて、使い勝手が悪い」


 真実と嘘を交互に語る。一方の突拍子もない話が真実だが、それを語ることにより嘘の方が真実味を増す。これ以上の追求は恐らくない。あったとしても一つだけ。


「……信じて良いのよね、貴方を」

「私があの方から指輪を奪ったとお思いですか? ではお貸ししましょう。彼女の指にあったそれと、かつて貴女の指にあったそれ。此方は何方に見えますか?」


 指輪の内側には、ロンダルディカの名が刻まれている。確認を終えた後、少女はゆっくり頷いた。


「これは……ベルカンヌの指輪だわ。彼女の物には女王の名が入っている」

「信じて頂けて何よりですよ」

「……また飲むの? 本当に大丈夫?」

「溶かして良いなら飲みやすいのですが、これは形を崩すわけにはいきません。“メフィス”」


 悪魔を喚び戻し、指輪の管理をさせようと声を掛けるが返答がない。悪魔の使い魔達にも声を掛けるが反応がない。空間が歪んでいる……ようには思えないが。魔術の類いを妨害する設備は整っているようだ。


「えっと……もしかして、まずい感じ?」

「陛下、一つ頼まれて頂けますか?」

「……何?」

「窓を開けて頂きたいのです」

「解ったわ。貴方はそのまま起き上がらないで」


 此方のお願いに素直に従った少女は窓際へ行く。ぐぅううと言葉を発しながら力を込めて意気込むも、終ぞ窓は開かない。


「鍵が壊れているみたい。重くて全然動かないわ」

「外の景色は?」

「夜になったからかしら……でも灯り一つ見えないなんて不気味だわ。星の灯りも、街の灯りも見えないの」

「感謝します。では陛下もう一つ……部屋の扉も試して頂きたい」

「……解ったわ、やってみる。こっちは楽勝よ、だって私が鍵を掛けたのだもの」


 勝利宣言で胸を張り、ルベカは鼻歌交じりに扉へ向かう。数秒後、窓の時と全く同じ反応をした。


「どういうこと!? 私達眠ってしまったの? これってあいつの悪夢の世界!?」

「残念ながら些かそれより厄介なことになっています。其方の時計を見て下さい。彼らが部屋を去ってから、眠ったように静かです」

「じ、冗談がお上手ねファウストさんは。まさか時間が止まっているとでも言いたいの?」

「錬金術は工程を踏み進める作業です。魔術によってその経過速度を加速させ時間を短縮し、瞬時に奇跡を引き起こす。此処の主がしていることは、私とは逆の作業です。天敵とも言えるでしょう」


 時間を止められては、作業は何も進まない。徹底的に錬金術を封じるためのやり方だ。


「……止まっているってことは、敵も此方に手出しは出来ない?」

「そう願うしかありませんが、事件にもこの手口が絡んでいるのなら……行動できると見るべきです」

「……となると。夢魔の仕業だけじゃない。現実の犯人一味も、本格的にいよいよ普通の人間ではないようね」

「ええ。道化以外の悪魔が関わっています」

「そこまで解っているのなら、何か手はあるのよね……?」

「“錬金”術師ですから、貯金くらいはありますよ。魔力のね」


 呑み込むことをやめて、指輪を再び指へと戻す。指輪の魔力が尽きる前に、屋敷の謎を解くか元凶を叩く。時間が止まっている以上、成長薬も意味が無い。子供の姿のまま乗り切らなければならない。


(気持ちが悪いな。何手先まで読んでいる?)


 犯人が指輪を奪った目的は、ファウストの知る未来より先にロンダルディアを滅ぼすことだ。未来の改変は此方の目的でもあるが、変えたいのはグレートヒェンの死の未来。大きく未来を変えられたなら、自分はおろか彼女が存在しない未来がやって来る。

 仕立屋姉弟の誘拐に、明確な目的があるのなら……夢魔とその血族は、邪魔な私が生まれる未来を潰したい。私がやって来なければ、墓場警察もボニー=レッドも生まれず……ロンダルディアを守る者はいなくなる。奴らにとって、さぞかし仕事がしやすくなろう。


「“鴉の首を切り落とし、腐敗せよ黒化(ニグレド)”」

「お、おおお!! 凄いわファウストさん! ドアノブが腐ってもげて開いたわ!!」

「陛下、お静かに。こんなことで一々褒めないで下さい。私は子供ではありませんので」


 原因は屋敷の内にある。窓を破壊し外に出るよりは、屋敷内の散策が堅実だ。彼方もそれは承知済み、罠が張り巡らされていると考え慎重に進む必要がある。錬金術師ははしゃぐ少女を窘めた。


「……陛下。敵はまず私を亡き者にしようと考えます。私がいなければ貴女なんて唯の小娘ですからね」

「解っているわ。私がファウストさんを守れば良いのね?」

「違います。敵は貴女への警戒が薄い。貴女に何の力も無いことを知って、奴らは貴女を舐めている。その油断と隙が重要です。解決の鍵は貴女にあります」


 重要なのは事件の解決、そして彼女が賭けに勝つこと。私は最優先事項ではない。


「陛下。貴女の判断で、“あれ”を使って下さい。切り札は決して無くさぬように」


 少女はドレスの上から足へと触れて、切り札の確認をして頷いた。





「はぁ……」

「つれないな。感動の再会じゃないかファイデ」

「俺は“ミラ”だ。二度とその名を口にするな変態」


 命令による役目でも、この男を慕う演技をすることになるとは。最悪だ。


「なかなかの演技だったよ。さすがは道化の使い魔。素顔にも見事な仮面を貼り付けられる。もう少しサービスで助手を続けてほしいものだが」

「断る。お前とは一秒だってろくな思い出がない」

「そうかい? 診察したときの君は実に可憐だったのに。また後日、別の名で注文に行った時の笑顔も愛らしかった」

「残念だったな、そんな可愛い俺を殺したのはお前だよ。精々自分を呪えば良いさ」


 使い魔ミラは最悪の内にいた。


(カイネスの奴……何を考えているんだ? こんな奴に僕を貸し与えるなんて)


 主のことは慕っているが、自分を殺した相手を前にして平静を装うのは辛い。


「使い魔というのは悪くない。腐らぬ死体。切断を気をつければ、何をしても壊れない。ぞくぞくするね。どうだい、もう一晩私と共に過ごすのは?」


 調子が狂う。今の男は、あの夜出会った男と雰囲気が違う。主であるカイネスと、似た愛嬌を感じると思わず絆されそうになる。


「今、その器に入っているのは君の霊だ。魔力に変換した僅かな魂も混入しているが……大元は霊。君の霊はあの日の感覚を覚えている。そこに僅かな魂、これが重要だ」

「…………」

「霊は肉体に依存する。本来転生すれば、霊は引き継がれない。肉体が滅べば霊も滅ぶものだから……灰まで砕けば消えて無くなる」


 使い魔の肉体が滅びないから、使い魔の霊も滅ばない。その事実を連呼する男はとても上機嫌。


「彼が魂を失った今……君の感覚は全て、彼に通じる。魂を在るべき場所に戻そうと、働く時の力が感覚を鋭敏にするのだ。面白いだろう?」

「下らない。馬鹿みたいだ。お前の目的は俺では無く、“あの男”だったんだ」

「そんなことはない。君という人生を経て、彼が生まれた。私は彼を余すところなく知りたい。当然君の全てを暴きたい」

「はっ、どうだか。お前は俺がさっさと消えて、あいつになって欲しいんだ。俺の魂をカイネスから奪う計画なんて……カイネスを裏切るつもりか?」

「不穏分子には強固な監視が必要だろう? もっと近くに来ると良い」

「ふん……」


 ミラは医者から距離を取り、部屋の反対壁にもたれ掛かった。滅ばない肉体が邪魔だ。今度は死んでも逃れられない。


(…………何だこの、不快な気持ちは)


 自分を恋い慕い愛する余り殺害したはずの男が、見ていたのは他の人。自分は結局何のために殺されたのか解らない。自分の人生は何だったのか。

 酷く虚しくなる。結局、ファイデ=ミュラーを見ていた人間はどこにもいない。誰もが他の誰かを重ね見て接しただけだった。


(カイネス、お前は。お前だけは……違うよな?)


 さっさと仕事を終わらせて、彼の傍へと帰りたい。彼が魂を逃さない限り、錬金術師も生まれない。この男は悔しい思いをするだろう。それ、いいな。最高の復讐になる。


「思い人と踊れなくて残念だったな、“先生”?」

「私のために着てくれたんだ。当然これから踊るとも」


Actual Ego Loves

サブタイはsolve et coagulaのアナグラム。


現実犯の曲も最近作りました。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm37199554

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