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羊の国からさくら祭り

 若草が土を彩り、命芽生える春。


 少しづつ風が温かさを増し、萌えいずる若芽に心弾む。


 春四月。


 ・・・さくらの季節だ。


 ******


 うらうらでぽかぽかな陽気が続くと、気分も高揚する。


 春です! 春ですよおおおっ! 


 去年初の羊族のお花見は好評で、さくらが終わった後もみんなでせっせと、お山に登りました。


 木材や植木や花の苗、持って、ね。良い運動だった。


 爺婆の意見だけでなく、側近の牡羊さんや、娘羊さんの意見も取り入れて、花卉の世話をしたんですよ。来年はもっと綺麗に咲くように、と。


 で、相談の結果、もう少し植樹をしよう。・・・ということになりました。


 山桜だけでは寂しいので、一年かけて花木を中心に各種植樹をしました。


 植樹に先駆けて、歩道も完備いたしました。


 山道あるからって初め却下された遊歩道の整備は、ノルディさまにお願いして、側近さんにお話をさせてもらいました。お仕事に口出すのはいけない事ですけど、これだけは譲れなかった。


 「花見山の管理人さんが、花見客の足跡って結構花や木に負担になるんだって言ってました! 踏みしめられて硬くなると樹精が弱くなって、やがて枯れちゃうんです」


 見事な桜が枯れちゃ悲しいのでそこは必死。


 尾瀬が原が、木道を設置しているのだって、植物に負担にならないように工夫した結果だったはず。


 うろ覚えの知識だったけど、ノルディさまと側近の羊さんたちは動いてくれた。


 それがうれしい。


 「今ある種類の木の他に、花の美しい種類の花木と、香りの良い花木も植えましょうね」


 ノルディさまが側近羊さんと、いろんな木の種類をそらんじはじめた。いろいろあるんだなー。


 「桜が終わっても、次々花が咲くと良いですねぇ、そしたら、ずうっとお花見が出来ますねえ」


 花の名前を教えてくださいね。こっちにしかないお花もあるでしょうから。


 「ええ。楽しみですね」


 「・・・で・・・出来れば、その・・・(手を繋いで歩きたいなあ・・・なんてね、)え、え、と。き・・・きっとたくさん人が訪れてくれます! 花見山なんて年間何万人も訪れるんで!」


 桜満開の花の下、好きな人と手を繋いで歩くのが夢だったんだ。


 甘酸っぱい「恋人」を通り越して、いつのまにか「旦那様」になっちゃったノルディさまは、繁忙のひとだから。


 お花見なんてイベント、警備や管理なんかできっと忙しいだろう。


 でも。夢はかなえるためにあるんだと思う。今じゃなくても、いつか叶えたい。


 「・・・ええ。わかりました。芽衣」


 そっと抱き寄せられて、ふと笑う麗獣。


 いろんな人(獣)が、いろんな花を見上げて笑いあう姿を想像した。


 それはとても美しくて、楽しい風景画だ。


 そしてそれは叶う。絶対だ。そうなるために、この一年頑張ったのだから。


 「あ! 峠の茶店のお団子の準備をしなくちゃ・・・!」


 開花前の今が仕事時。お団子こねなきゃ、あんこ作らなきゃ。やることは沢山ある。


 「ふふふ。花より団子ですか? もっと身近に愛でるべき相手がいるでしょうに」


 つつつ、と背中を指先がなぞり上げた。みゃっ! と、身を縮めたら。


 「「「「そーじゃ、そーじゃー! 実がなる木を忘れちゃいかんぞー! 嫁、嫁、忘れずに果実酒を作るんじゃぞー!」」」」

 砂糖は少なめになー!

 酒は強ければ強いほど良しじゃー!


 ・・・・・・背後から、そんな声が上がった。


 「・・・・・・(じじい)・・・・・・」


 「ノルディさま?」


 旦那様は少し眉を寄せた後、わたしのつむじにキスを落とした。


 「・・・・・・いいえ。何でもありません。では、芽衣、満開のその日に一緒にお山へ行きましょうね」


 「らぶらぶじゃー」


 爺一匹、体に腕を回してくねくねしている。・・・なんだろう、この居たたまれなさ。


 「「「「「らぶらぶううううう」」」」」


 残りの爺が、くねくねしながら、唇を突き出した。・・・なんだろう、この湧き上がる殺意。


 しかし・・・。


 「果実酒、ですか。今年も作ってくれますか、芽衣?」


 目の前の麗人が小首を傾げて尋ねてきたので、それにうなずいた。


 「今年も仕込みます」


 ここ数年、梅やあんずやブルーベリーで果実酒を作っているのですが、一番人気は香り草のお酒でしたよ? 草に負けたんですが、なにか。・・・まんま酒臭い青汁じゃないか、あれ。


 なんかちっさいプライドをびしびし傷つけられた覚えが。


 ・・・ま、牡羊さんには不評でしたが、良いできばえだったので、娘羊さんに広めてみました。こちらの世界では娘十八で成人なのです。


 寒い時は温かいお湯で割って、温かくなったら氷を入れたり、ゼリー作ってみたり。


 そしたら、樽の中のお酒があっという間になくなりました。


 グラスに注ぐと綺麗な色だったし、香りも高い。夏場のばて気味な体に冷えた梅酒は最高だそうですよ。


 ワタシは去年未成年だったから氷と水が大半の、うっすい梅酒だったけど。ちぇー。


 だけどゼリーなら作る段階で加熱するから、アルコールが飛んで未成年でもオッケー。中に残る甘い実は立派なおやつさ。


 強いお酒を飲みなれている殿方には不評でも、甘い物や甘い香りを好む女性には受け入れてもらえました。・・・青汁の次にね!


 「ええと、ノルディさま。実は残ってる果実酒、峠のお茶屋で提供しようかなー、と、思っておりまして。残ってる分、利用してもいいですか?」


 ええ。女の子には最高の花見酒だと思うのです。

 今年はワタシも成人の仲間入りですものね!

 思い切って打ちあけたら、ノルディさまも、側近の牡羊さんたちも、目を見開いてわたしを見た。


 「・・・わたしの奥方が作った物ですからね。あなたのいいように使っていいのですよ?」


 「残り少なくなってたから・・・。でも、ありがとうございます、早速仕込みますね!」



 *********



 ここ数年、芽衣が作ってくれたお酒は、酒というには甘すぎて男には不評だったが、娘羊には好評だった。


 口当たりの良い酒は、男に勧めるより女性の方が好むのだろう。


 実際、去年の花見の後の、婚姻成立と、ちいさきものの出生率の上昇は、芽衣の作った花見酒のおかげとも言える。


 満開の桜の下で飲む酒は、人の心の垣根を払うのだろう。


 娘の好む色香り、味。勢いに乗って告白し、ゴールインした恋人たちが沢山いた。


 そして昨年のくりすますぱーてぃの騒ぎだ。


 今年こそ決めたいヤツ(達)がいる。


 彼らの望みもまた。


 ・・・峠の茶店に酒席を設ける事だった。


 ふふふ、と白銀のノルディは口角を上げた。まさか、芽衣のほうから話を持ちかけてくれるなんて。


 ・・・まあ、「くりすます」からこっち、新婚生活で仕事に集中できなかったから、罪滅ぼしと参りましょう。


 まさに。


 飛んで火にいる夏の虫。


 羊の皮を被った狼が、舌なめずりをした。


 *********


 羊族の長の名の下に、企画設営したお花見。


 満開の桜の下で、酒を酌み交わす楽しさを覚えれば人(獣?)も集まります。去年よりも沢山の人出でにぎわっています。


 峠の茶屋も盛況。


 芽衣と娘達で作った「お花見団子」が飛ぶように売れていきます。びっくりです。


 去年作った数より多く作っているのに、もぅ売り切れ間近です。


 すごいですね、芽衣。


 すごいですね、お花見。


 「お団子と一緒に、温かいお茶や果実酒はいかがですかー」


 茶店に入れない人用に、籠に抱えて売り歩く芽衣は、桜色のメイド服を着ていました。白いエプロンが靡きます。


 「これは梅の実で作ったお酒です。こっちはあんずで、こっちはブルーベリーです。香草酒もありますよ?」

 「香草酒をひとつ!」

 「こっちもだ!」

 (・・・やっぱ、草なのか・・・by芽衣)


 おそろいのメイド服を着た娘羊たちを、牡羊たちが目で追っています。何かあったら割って入る気満々のようなので、安心しました。


 売り子さんに手を触れないで下さいと書いて貼っておきましょうか。見れるだけ眼福だと思いなさい。・・・しかもあの姿・・・爺どもめ。


 「羊の国の特産品のコーナーでは、珍しい商品を取り扱っております。恋人にいかがですか? お祭り価格でいつもより、お求め安くなっておりまーす」


 ぴょこぴょこ歩くマルタに、颯爽と歩くメリー。みなメイド服に身を包み、笑顔を振りまいている。


 そんな彼女たちを熱いまなざしで追いかける、牡羊達。彼らが己のすべてをかけて求めた相手だ。逃がしはしないでしょう、当然だが。


 彼女たちを守るように見守っているので、不埒者はいないようですね。安心しましたが、目を離す気はありません。芽衣を守るのは、ワタシですからね!


 ・・・峠の茶屋は大きく二つに分けてある。


 半分が食事と休憩所で、半分が特産品を売る商業棚だ。


 団子や花見酒だけではなく、果物を搾ったばかりのジュースや、リリアナ、マルタが手がけた温かいスープもある。やはり温かい食べ物は嬉しいらしく、とぶように売れている。


 絨毯やセーター、小物類が陳列した棚をノルディは誇らしく思う。みんな、良く働いてくれた。


 ・・・その棚の奥で、カップルが真っ赤になりながらナイトウェアのカタログを見ていた。芽衣が、直に買うのは恥ずかしいだろうから、と見本をひっそり置いておき、そばに連絡先を置いておいたのだ。


 ・・・そして、さらに奥では、小冊子を手に持った娘が二人。


 らんらんとした眼差しで、食い入るようにわたしを見た。


 


 ・・・見ない、振りをした。




 *******




 お酒にほんのり頬を染める娘羊の気を引こうと、涙ぐましい努力をする牡羊たちを見ながら芽衣を抱きしめた。


 お花見大作戦←芽衣命名は盛況のままだ。


 山桜が散っても、一年かけて植樹した花木が、これから、次々花開くだろう。


 さて植樹や輸送や、茶屋の整備で疲れただろう牡羊たちへ、激励を込めて、休日のプレゼントをしなければ。


 わたしですか? 

 ・・・率先して芽衣と一緒に休暇をとりましたから、次は彼らの番なのです。だって新婚ですから!


 各々、一週間単位で順繰りにまわせば、不公平もなくなるでしょうし。可愛い新妻を愛でるには、時間はいくらあっても足りないはずだからね。


 ふふふ。


 ああ。一言だけ、彼らに言っておかなければ、ね。


 「休暇宣言は牡羊のみの重要事項で、奥方達には内緒である」と、ね。


 なんせ。


 ・・・芽衣は「それ」を(たった今から一週間休暇ですよ、宣言)を聴いた瞬間、逃げ出そうとしましたので、速攻、捕まえて寝室に繋ぎとめました。ええワタシの楔で。


 一週間ぶっちぎりで鳴かせ続けました。初夜を思い出してしまいましたよ。良い汗かきました!


 側近たちも、思い通じたのか、精悍な良い笑顔でしたね。一人だけ涙目でしたけど。


 その一人を除いて熾烈なじゃんけん大会が勃発しました。誰が始めに休暇をもぎ取るのでしょうか。


 娘羊達も「それなり」に、休日を堪能できると良いですねえ。



 ********



 後日。


 芽衣が寝込んだら、リリアナが熱出して、マルタが引きこもってた頃、メリーが艶々していました。


 おおむね、一週間の休暇は、有効なご褒美だと思われます。






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