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酒造り計画

 

「じゃあな、ムザリク。」

 

 食堂を出てすぐ、ルゾガルと別れた。どうやら、この後は行きつけの酒場をはしごするらしい。

 

 羨ましく思いつつ、ムザリクは王都の職人地区へ足を進める。昨日・今日と迷惑をかけてしまったので、少し気が重い。

 食堂が並ぶ大通りを抜け、入り組んだ石畳の道を進み、鍛冶ギルドの区画へと足を踏み入れる。

 

 鍛冶ギルドの区画には、鍛冶屋や工房が並び、金属を叩く音があちこちから聞こえる。その中の一角、親方・ゴラジムが経営する鍛冶工房に到着する。

 月と焔を象った紋の描かれた朱色の重い扉を押すと、炉の熱と金属の匂いが押し寄せ、職人たちの手の動きが目に飛び込む。熟練職人たちは各々の作業に没頭していたが、ムザリクの姿を見つけると、手を止め、視線を向けてきた。

 

「おう、ムザリクか。来たか。」

 

 ゴラジムの低く重厚な声が響いた。親方は目を細めた。その視線には心配が滲んでいる。

 一瞬、昨日の失態が脳裏をよぎり、頬が熱くなるが、気を取り直しムザリクは深く頭を下げた。

 

「昨日はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」

 

「うむ。それで、体調はどうだ?」

 

「おかげさまで問題はありません。」

 

「そうか。怪我もなく無事でなによりだ。まぁ、なんだ。今日は休め。まずは体を休めることだ。」

 

 ゴラジムは炉の炎を見つめながら、低く唸った。

 

「……ありがとうございます。ですが、迷惑をかけたことには変わりません。」

 

 ゴラジムは眉をひそめ、ムザリクの肩に手を置く。

 

「そう焦るな。仕事はこれからも山ほどある。今日はもう帰れ。」

 

 ムザリクはもう一度深く頭を下げ、踵を返した。

 

「いやあ、昨日は面白かったな。ムザリクの顔、真っ赤だったぞ」

 

「ドワーフの鍛冶屋が酒で倒れるなんて、早速鍛冶屋の武勇伝に名を刻んだな!」

 

「面白がるなよ、こっちは大変だったんだから。」

 

 同僚からの揶揄するような軽口に返しながら、ムザリクは工房を後にした。

 

 

 

 ムザリクが外に出ると、そのまま鉱山職人たちの住む住宅区へ向かった。いつもは工房近くの親方の家に転がりこんでいるが、今日は実家に戻ることにした。

 

 実家の扉を押し開けると、懐かしい木の匂いと静かな空気が迎えた。静かな様子を見るあたり、どうやらルゾガルはまだ飲みに出かけているらしい。

 玄関横の階段を上がると、自分の部屋に向かう廊下が続く。壁には石父ガルドムと過ごした日々の記録や、小さな金属の工具が棚に並ぶ。

 

 ムザリクたちの住むブカロンゴ王国は、ドワーフの軍事国家だ。彼らは長命で、男女ともに背が高く、筋肉質で剛力を誇る種族だ。

 

 前世で抱いていた“ひげもじゃの小人なドワーフ”の伝承とは、まるで違う。

 

 現世のドワーフは、「出生岩」と呼ばれる岩から生まれる。そのせいか血縁の概念は薄く、子は石父・石母と呼ばれる育ての親に託される。

 ムザリクとルゾガルも、同じ石父に育てられた石兄弟だ。

 

 同じ岩から生まれた者同士は「岩兄弟」と呼ばれ、互いに支え合う。岩兄弟は、ときとして仕事や生活の面倒をみることもある、血縁に近い結びつきだ。

 親方のゴラジムもその一人であり、若い頃から鍛冶職人として面倒を見てもらっている。

 

 

 

 ムザリクは、階段を上がり、自室へ入った。机に向かい、荷物を下ろすと、棚から一枚の羊皮紙を取り出す。

 

 ギルドの「研究開発制度」の申請書。

 ドワーフ社会では、熟練職人以上が新しい技術を研究するための制度がある。承認さえ通れば、研究区域の利用と必要な材料の支援を受けられる。

 ただし、申請には工房の親方とギルドマスターの承認が必要だ。ムザリクは羽ペンをインクに浸し、慎重に文字を書き込む。

 

――――――――――――

 研究課題名:酒造用蒸留器の設計・製作および運用研究

 

 1.発酵液から高アルコール飲料「コルン」を安全かつ効率的に抽出するための蒸留装置の設計・製作技術を確立する。

 2.鍛冶技術による精密な蒸留装置の加工・組立方法を検証し、材料や熱制御の最適化を行う。

 将来的にギルド内での精密鍛冶技術の向上や新装置開発の基盤として応用可能な情報を取得する。

――――――――――――

 

 最初に作る酒は、エールだ。もちろんホップ入り上等なものではなく、中世ヨーロッパ初期に造られていたような大麦と麦芽と水を発酵するだけのシンプルなエールだ。

 これだとシンプルすぎるので、飲料用には本来はハーブなどの香辛料を入れるのだが、今回は入れない。何が毒として認定されるかわからない以上、シンプルが一番だ。

 そして、そのエールを蒸留し、コルンにする。

 

 コルンにする理由は、簡単だ。蒸留器を作る名目で申請すれば、酒の材料を開発費として確保できるからだ。

 世知辛さは、前世でも今世でも変わらない。研究にはとにかく金がいる。材料や道具もそうだが、酒造りが一度で成功するとは限らない。前世の知識がそのまま通用する保証はないし、小麦一つとっても前世と同じとは限らない。

 

 となれば、まともに飲めるものを作るまでの初期費用は馬鹿にならない。昨日、熟練職人に昇格したとはいえ、個人の趣味にするには限界がある。

 その点、蒸留器というのは、少なくともドワーフの中では一般的なものではない上、利便性は高い。

 最悪まずい酒しかできなくとも、高濃度のアルコールを生成できるよう改良し、消毒用アルコールを生成する機器として結果を出せばいい。

 

 とはいえ、エールとコルンでは、本来、発酵の仕組みも原料も違う。原料の穀物も大麦だけでなく、小麦やライ麦を配合することで風味は変わるし、使う酵母でも味が変わる。

 ただ、今回は酒が毒として判定されないことが目的なので、美味さは後回しだ。それでも腐ったエールよりましなはずだ。

 

――そういや、白竜は俺に力を授けたといっていたが、あれはいったいなんだっだ。

 

 力という意味だと、俺がいままで自覚がなかったということは、おそらく魔法の類だろう。

 魔法は、自分が何を使えるかを認識しなければ発動しない。火の魔法を持っていても、それに気づかなければ火種ひとつ起こせない。

 人によっては、前世でいうステータスというものを確認をすることができるらしいが、俺はそもそもこれまで魔法を使えたことはないのでわからない。

 

 となると、魔法が使えるようにするには、教会の神父に鑑定を依頼してもらうしかない。だが、ドワーフの魔法使いはめったにでないので、誕生した年以外は年に1回の収穫祭で任意で依頼することになる。

 幸い次の鑑定は二か月後の秋だ。自分がどんな魔法が使えるようになったかは興味はあるが、今はできることをして気長に待つしかない。

 

 ムザリクは羽根ペンを握りなおした。

楽しい楽しい酒造りの計画パートです。

最初のお酒を何にするかをかなり迷いましたが、工程がシンプルなお酒ということで、エールとコルンにしました。


※注意※

なお、本編に出てくる酒の造り方は、必ずしも現実に即したものではございません。

また、日本では酒税法に基づき、酒類製造免許を持たない個人がお酒を自家醸造することは原則として「酒税法違反」であり、禁止されていますので、ご注意ください。

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