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いったい、どうすればいいのだろう?
「……キア」
アイーシャは恨みがましい視線をキアリークに向けたのだが、彼は晴れやかな笑顔で「なに?」なんて聞いてきた。
「なに? じゃないわよ! 私は、人間だって言ったでしょう!」
「うん。それがどうかしたの?」
「どうかしたの? って、人間の私が、どうやって私の宮に帰るっていうの?」
「さあ? でも、ミールは、彼らのためならなんとかするだろう?」
「なんとかって――――」
アイーシャは、呆気にとられた。
あまりに無責任な言葉である。
「キア!」
「だって、ミールは僕と引き分けたんだよ? それに比べれば、自分の宮に帰るくらい朝飯前だと思うけどな?」
無茶苦茶を言わないでもらいたい!
アイーシャが、なんとかキアリークに負けないですんだのは、彼が本調子じゃなかったからだ。そしてなにより、他の神々の後押しがあったから。
「たった一度、運良くキアに負けなかったことくらいを、引き合いにしないでほしいわ!」
ムッとして文句を言えば、なぜかザラムたちが頭を抱えた。
「……タドミールさま。運だけでは、キアリークさまに勝つことはできません!」
「だから勝っていないでしょう? 私は負けなかっただけだわ」
アイーシャの言い分は正しいはずだ。
なのに、みんな頭を抱えて首を横に振る。
そんな中、キアリークだけが嬉しそうに笑った。
「そうだよね? ミールは、僕に負けなかった。でも、それだって人間としては十分すごいことで……きっと、ミールにはミールなりの言い分がいろいろとあるんだろうけど……でも、同じようなことが、またミールには起こるんじゃないかって僕は思うんだ」
「…………同じようなこと?」
アイーシャは首を傾げる。
「うんうん、そうだよ。きっと今度も運良くミールを助けるような要因が重なって、多少苦労しても『宮に帰れた』なんて結果になると思うのさ」
――――それは、なんとも他力本願な言葉だった。
そんなあやふやなものを根拠に、エングたちに「必ず帰る」と約束するなんて、できるはずもない。
渋るアイーシャに、キアリークはなおも笑いかけてきた。
「それに、もしも今回がダメだったなら、次に生まれ変わってきたときに帰ればいいんじゃないのかな? 次は人間じゃなく『神』に生まれれば簡単だよ」
「――――次?」
アイーシャは、ポカンと口を開けた。
「そうさ。今回ミールが生まれ変わったことで、ミールの魂は死んでも復活することがわかったからね。人間は、百年くらいで死んでしまうかもしれないけれど、ミールの魂は、きっとまた復活するよ。だから、今回辿り着けなかったら、次に帰ればいいのさ」
なんてことないように、キアリークはそう話す。
アイーシャは――――それもそうかも? と思った。
人間の魂は、転生する。
前回死んだときのタドミールは神だったので、自分が転生するなんて思ってもいなかったのだが、それでもこうして転生することができた。
ましてや、今回のアイーシャは間違いなく転生できる人間である。
神に転生するなんていう離れ業ができるとは思わないが、また人間に転生することくらいは確実なのではないだろうか?
(寿命が百年の人間でも、十回くらい転生すれば、私の宮まで辿り着けるかもしれないわよね?)
「……まあ、ミールのことだから、転生する必要なんてなくて、きっと二、三年もあれば自分の宮まで行けるんじゃないかな? と、僕は思うんだけどね」
「無理を言わないでよ。キアだって、私の招待なしに私の宮に入るには、百年以上かかるでしょう?」
今のタドミールの宮は、主不在の迷宮だ。登録された神仕以外は、その神仕の同行があってさえ近づけないようになっている。
それはタドミールの半神キアリークでさえ例外ではなく、それゆえアイーシャは他の神の力を借りて宮に戻るということが不可能なのだ。
(セキュリティに懲り過ぎちゃった私のせいよね? 自業自得ってこのことだわ)
昔の所業を思い出して反省していれば、「そんなミールだからこそ、なんだけどね」と、キアリークに苦笑される。
――――とにもかくにも、タドミールの宮への帰還には、目途がついたと言っていいのかもしれなかった。
「エング、あなたたちをまた待たせることになるかもしれないけれど、宮で私の帰還を待っていてくれる? あ、もちろん、時々顔を見せにきてくれるのは全然かまわない……っていうか、定期的にきてほしいけど!」
アイーシャの言葉にエングは「はい!」と大きな声で返事する。
「お帰りをお待ちしています。我が主」
これで、際限なく増えそうだったアイーシャの旅の仲間も最低限で収まりそうだ。
本当は神々も半分くらいに減らしたいのだが……そんなことを言い出したら最後、誰が外れるかで大ゲンカをはじめるのは目に見えていた。
(せめて、人的被害が出ない場所へ移動するまで、この話題は出さないでおいたほうがいいわよね?)
大陸中央に広がる大砂漠とか、はたまた北部に延々と続く不毛の大地とか、ともかくできるだけ被害の少なさそうな場所に行ってからこの話をしよう。
そう思って顔を上げると、目の前にはカフィがいて、子どもみたいなキラキラした目でアイーシャを見ていた。
「なんだか、すごい旅になりそうだよな?」
もちろん。このメンバーで平穏無事な旅などできるはずがない。
アイーシャは、ぐるりと周囲を見回した。
闇の神ザラムに、光の神マナラ。
火の神フレイムと水の神マーウィ。
大地の神ゼリムに風の神リャーフ。
そして、創造神キアリーク。
(――――どこをどう見ても、面倒なことになる未来しか見えないわ)
このメンバーを見て嬉しそうにしている人間のカフィは、ある意味一番大物なのかもしれない。
でも――――
「そうですよね。きっと世界の果てを壊して、新たな世界を創り出せそうです!」
アイーシャは、ワクワクしてそう言った。
「……世界の果てを壊して?」
カフィは、目を丸くする。
それでも、
「…………いいな! それ!」
そう言ってくれた。
「アハハ、やっぱりミールだ」
笑い出すのはキアリークで、
「どこまでもお供します!」
目をうるませて跪くのはザラムだ。
他の神々は、呆れたように肩を竦めて、でも楽しそうに笑ってくれた。
ああ、本当に前代未聞の楽しい旅になるに違いない!
どこまでも広がる世界に向かって、アイーシャは心を馳せたのだった。
なお、この後、そういえば『魔竜の逆鱗』を手に入れていたなぁと思い出したアイーシャが、カフィにそれをプレゼントし、キアリークとザラムが、旅立つ前に世界を壊してしまいそうな大騒動を起こすのだが…………まあ、今は語らないでおこう。
とにもかくにも、世界はまだ存在し、アイーシャたちの旅の向こうに広がり続けている。
『神はここにいて、すべて世はこともなし』
つまりは、そういうことだった。
一旦これで完結です。
物語的には、前編終了みたいな感じでしょうか?
カフィとの恋愛模様は後編になる予定(きっと!)
いつか後編も連載できるといいなと思っています。
おつき合いいただき、ありがとうございました!