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こわいしめんどくさいので、逃亡した件  作者: 雨宮ルネ(吉田)


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「探したんだ」

 同僚たちの協力を得て、やっと探し当てたリリーの居場所。北部の国境の田舎町。リリーはそこで、小さな薬屋を営んでいた。

 震える手で開けた扉。その先に見つけた懐かしい、愛しい人。

 アーサーがリリーを探し始めて一年が経っていた。


 リリーの頬が引き攣っている。

「なんで今さら……」

「すまなかった。知らなかったでは済まされないのはわかっている。それでも、どうしても会いたかった」

 アーサーは、苦しそうにくしゃりと顔をゆがめた。


「おれはきみに何も言っていない。何も言わないまま、なかったことにはできない。せめて説明をさせてくれ。言い訳と思ってくれてもいい」 

 アーサーが泣きそうだ。

「おねがいだよ」

 アーサーはリリーの手を取ると、祈るように押し頂いた。


「あのお嬢さんと結婚するんじゃないの?」

 リリーが聞いた。

「バークレー公爵が、支度金目当てに結婚を決めたんだ。もちろん断った。ただおれはあの女にどこかで目を付けられたらしい。断っても断ってもしつこく付き纏ってくるんだ。だから戦地に行く前に、直接サイラス伯爵に断ったんだよ。きみのことは言わなかった。何をされるかわからなかったからね。でもおれが甘かった。ここまできみたち家族を追い詰めるとは思わなかったんだ。本当にすまない。でもね、あの女の鼻っ柱はへし折ったよ。今じゃ引きこもりになっているらしい」

 そこでアーサーは、ふふっと笑った。

 え? こわい。いったい何をしたんだろう。


「あんなヤツ、大っ嫌いだ」

 アーサーは吐き捨てるように言った。

 あんなヤツ。

 大っ嫌い。 

 どうしよう、すごくうれしい。こんなさもしい感情、人としてどうなんだ、と一瞬思ったが、それでもうれしいが上回った。


「それに、バークレー公爵とは絶縁してきた」

「え‼」

「もう公爵家とは何の関係もない。ただの医者、アーサー・バークレーだ。医局も辞めてきた。だから好きなところで開業できる。おれは医者で、きみは薬師。約束したよね。一緒に仕事をするって」

 たしかに約束した。でもいいのだろうか。また、誹謗中傷や悪質な嫌がらせをされるんじゃないだろうか。家族にまで被害が及んだら……。


 リリーの瞳が不安に揺れる。

「心配はいらないよ。サイラス伯爵なら事業に打撃を与えておいた。しばらくおれに構う余裕はないはずだよ」


 手紙の抜き取りを調べていたら、ほかにも作業員による手抜きや横領が発覚した。急激な事業の拡大で、現場に教育が行き届かなかったらしい。急場しのぎの荷下ろしの日雇いに、そこら辺のごろつきを雇ったことも仇となった。

 しかるべき部署に申し出たら、さっそく監査が入ることになり、サイラス伯爵の信用はがた落ちだ。

 バークレー公爵も、金が入らないのならと早々に手を切った。身勝手にもほどがある。それもあって、アーサーは晴れて自由を手に入れたというわけだ。


「だから、いっしょにいてほしい。リリー、愛してるから。いなくならないでおくれ」

 断る理由がなくなってしまった。あんなに心がちぎれる思いで、身を引いたというのに。

「リリー」

 アーサーの手が頬を撫でる。

「愛しているんだ」

 耳元でささやく。

 もうっ‼


「ばかぁ」

 涙がこぼれた。

「ばかばかばかあっ」

「うん。ごめんね。愛してる」

「ばーかー」

「うん。愛してるよ」

 なんかアーサーがバグっている。




 カランカラン。

「ありゃあ、お取込み中かい?」

 ベルさんの再来だった。リリーはあわてて手を離そうとしたのに、アーサーはぎっちりと握ったまま離さない。

「ちょっと離してよ」

「やだよ。離さない」

 なんだ、駄々っ子みたいに。

「じゃあ、我慢するかぁ。痛いんだけどなぁ」

 ベルさんが恨めしそうに、ちらちらとこちらを見てくる。

「診ます診ます。今度はどうしました?」

 手を掴まれたまま、リリーはあわてて言った。

「爪を剥がしちまってな」

 ベルさんが左手の親指を突き出した。

「うわあ、痛そう。ベルさん、今日厄日じゃないですか。今手当をしますから、あとは休んだ方がいいですよ」


「そういうことなら、わたしが手当てしましょう」

 ずいっとアーサーが前に出た。

「えーと、こちらの方は?」

 ベルさんの頭の上にはてなマークが浮かんでいる。

「ああ、わたしはリリーの夫です」

 え‼ と言ったのはリリーとベルさんが同時だった。何を勝手に! いきなりだ。ちょっと暴走気味だ。

「医者なんですよ。訳あって離れ離れになっていましたが、やっとリリ-と会えましたので、こちらで開業しようかと思いまして」

 ええ⁉ 完全に暴走だ。でもベルさんは、ぱあっと笑った。

「そりゃあ、助かる! 医者と薬師がいたら、りっぱな病院だ。ケガのし放題だ」

 いや、それはダメだ。

「リリーちゃん、よかったな! さっそくみんなに教えてくる!」

 と出て行こうとするのを、リリーは止めた。

「手当が先です!」


「ところで先生。ここじゃ、手狭じゃないかい?」

 ベルさんは、さっそく先生と呼んでいる。

「当面はここで始めますよ。先のことは追々考えることにします。ね、リリー」

「そ、そうですね」

「あ、でもベッドは大きい方がいいな。二人で寝ても余裕があるくらいの」

 なにを言い出すんだ、この人は!

「おう! それなら任せてくれよ。おれは木こりでな」

「おお! それはそれは」

「大工仕事もお手のものだ。でかくて頑丈なベッドを作るぜ。お祝いだ!」

「ありがとうございます!」


 真っ赤になってうつむいてしまったリリーを残して、ベルさんは手当てを終えて駆け出していった。

「じゃあ、みんなに知らせてくるぜぇ‼」


 それから。

 町のみんながお祝いにやってきたり、リリーの両親と兄がたずねてきたり、医局の医者仲間がたずねてきたり、しばらくの間落ち着かない日々が続いた。

 薬局の人たちに知らせるかは迷って、結局知らせなかった。いいだろう。向こうもいい思いはしないだろうし。医局から話は行くだろうし。


 紛争は、あれからしばらくして終息した。それなり死傷者が出た。戦場になった地はやっと復興に着手したところだ。家を失って逃げのびてきた人たちが、この町にもいる。

 争いなんて、いいことは一つもなかった。戦地に行かなかったリリ-までとばっちりを受けた。いっそじゃんけんで勝負すればいいのに。




 いつものように、パンと卵とミルクティーの朝食を食べ、床を掃いてモップをかける。二人でいっしょに。うれしはずかし。それから、アーサーがドアに「OPEN」の札を掛ける。


 掲げた看板は「ハワード診療所」。

 アーサーはバークレーの名を捨てた。今はハワードを名乗っている。だから「ハワード診療所」。

 晴れたさわやかな朝である。

「アーサー先生、リリーちゃん。おはよう。腰が痛いんだよ。診ておくれ」

 朝一番の患者さんは、ハンターさんの奥さんだ。

「奥さん、おはようございます」

 アーサーとリリーの声が出迎えた。


 忙しくてにぎやかで、でも幸せな一日が、今日も始まる。


   おしまい


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― 新着の感想 ―
普通に完全に問題を解決せず根回しもせず何とかなるやろで戦地行った男が悪いわ。本当にこの考えなしでいいんか、ヒロイン。考え直せ。
終始リリーが振り回されて人生も狂わされたよなぁ 今後も苦労しそう
リリーが追い詰められるさまが可哀想で胸がつまりました。 職場や家族や患者さん、自分以外に被害がいくなら身を引くしかないし絶望しますよね。 アーサーも可哀想、悪くはない。 でも貴族がらみのトラブル真っ只…
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