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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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†過去の祈り†

「世界平和——、そんなもん絵空事の戯れ言さ。

どこに行ったって、どこまで行ったって……そんなもんありゃしなかった」



教会内部で粛々と行われる儀式めいた下賜(かし)

整然と居並ぶ新人シスター達を前に、戒導長となったエリシャは言葉を紡いでいく。

少しの皺を刻みこんだ顔に若干の疲れを見せつつ、それでも想いだけは変わらずに力強く在り続ける。



「だからこそこの教会の庇護下だけでも平和にしてやりたい。

そんなささやかな願いを一緒に叶えて欲しい。

あんた達に渡したその銃は片手で扱えるほど軽い。

だけど、一度放てば後戻り出来ないぐらいには重い物だ。


……だから私が赦す」



――罪を裁き、罰を与えることを。



「私だけが許す」



――悪を捻じ伏せ、弱きを助くことを。



銃士教会戒導長、エリシャ・デル・フローレンスの名に於いて。



「――汝らに、殺しの許可を与えよう……」



絶対安全圏を掲げた庇護を広め始めて早二巡目の季節に入る。


厳正なる審査の下で選定された此度のシスター達。

ステンドグラスから差し込む日の光を受け、順に傅いていく様は騎士団の様相を呈し、厳かさで云えば既に上回っている。

港町ベイを中心に広がる銃士教会の絶対安全圏は今や南方主要都市国家ヌフソをも上回る勢いを見せ、街道や海上警備は勿論のこと魔物出現時に於ける殲滅さえ難なく熟してみせた。だが……。



それを黙って見ているほどヌフソの王は寡黙ではなかった。



ヌフソ首都、水上都市ヴェルレイユの煌びやかさ極まる頂で、

魔女でありながら王となった者が、


苛立ち滲ませ魔を呟く。



「エイスワル・ティルナート――」



――領域転移呪文。

地下工房でその規模を瞬時に感じ取ったラクリマは顔面蒼白となりながら階上へと走るが……。

そこにある筈の教会は既に()()()()()

跡地となった丘でひとりラクリマは皆の無事を祈る事しかできなかった。



転移に際した衝撃や魔力酔いに幾人かはふらつくも、

警戒を怠ったり動揺するようなシスターは新人含め誰もいない。

覚悟など――、銃を賜るそれ以前に済んでいる。


教会ごと転移していたことも幸いしていた。


教会防衛戦を想定した演習がそのまま滞りなく実戦へと移っていく。

周囲警戒、狙撃配置を済ませ、状況確認を急ぐ。



「誰の仕業か知らんが……派手なことしてくれんじゃん?」



窓枠に寄りかかって外を覗き込むエリシャ。

そこは湖の畔――周囲に海も無く、元居たアルヴの丘とは似ても似つかない。

教会ごと、大陸からして別の場所へと飛ばされたらしい。


その時、二階の狙撃位置に就くシスター・イレーナから鋭い声が飛ぶ。



「正門前に人影ッ!警戒!」



長銃ロルドゥアの照準を眉間に据え置き、エリシャの声を待つイレーナ。



「イレーナ、どんな奴だ?」



「黄金の重鎧を着た男、武装は装飾長剣一本。

……鎧に着られてるような若造です、撃ちますか?」



大規模転移までして急いた割には……。

そう思ってしまうような歩み寄りにエリシャは警戒そのままに正面扉を開けるよう指示する。



「何もんだ?さっきみてえな魔力の嫌な気配は感じないが……まあ取り敢えず話でも聞いてみるか」



湖の畔を教会へと歩く若い男。

その威風堂々とした胸中には着慣れない鎧で隠したい想いが渦巻いていた。


新任騎士メイトラール・クラ・メリリアンス、南方都市国家ヌフソ所属の領有騎士。


南国地方の一部を治める彼にはとある悩みがあった。

ヌフソに海の幸を届ける港町ベイ。そこに新たな自治、絶対安全圏を掲げる銃士教会が台頭し始めていたのだ。


技を修めたわけでも無く知略にも長けていない自分が何故突然に領地を得ることになったのか、その答えがこの新自治にある。


銃士教会、黒布を纏う女達。

自らをシスターだと名乗る彼女たちによって魔物の被害は勿論のこと悪漢や犯罪までも減少していき、今や発生率は無いに等しい。

彼女たちの得物、()()()()を新任騎士に任せて放り投げた——これが不相応な地位を賜った自分の現状なのだ。


ヌフソの王、魔女アヌエトの指示によって新自治の脅威度調査を命じられたメイトラールは戒導長エリシャとの面会を希望。

彼女たちの本拠地へと赴こうとしていた直後――。

魔女アヌエトの多大なる計らい……(もとい)、早急な事態収束の念押しによって目前へと教会が現れる事になった。



荘厳とした教会、その門を潜り抜け、開け放たれた扉の先——整然と居並ぶ黒布の六人と後方に待機する幾人ものシスターが出迎える。

帯剣を許されていたことで不足の事態にも対処できると安心していたメイトラールは、その射貫くような視線に晒されて考えを改める。

剣など——閃く間も無く制圧できると、そう豪語しているに等しい。


やがて最奥より現れたのは笑顔湛えた金髪の長。



「エリシャ・フローレンスだ。戒導長なんて大層な名で呼ばれてる、そちらは?」



教会内の荘厳さと漂う緊張感を一撫でで変じさせながら、戒導長エリシャが席につく。

その振る舞いは微動だにしない他のシスターとは違って落ち着きながらも警戒を緩めている。



計略の一部――。

そう断じるだけの根拠が何も持たない騎士にはあった。

帯剣を譲歩した器の広さには条件提示の優先権が、

緩めた威圧と軽快さには後の交渉を有利に進めるだけの隙を生む緩急が、

それぞれ見事な策となってメイトラールを籠絡していく筈だったであろう。


——だが、私は魔女アヌエトを失望させはしない。



「我が名はメイトラール・メリリアンス、港町ベイを始めとする南方の幾つかを領有する身。

此度、貴殿らの独善的な自治にヌフソの王——魔女アヌエトが脅威を感じている。

故に我らの自治への統合と貴殿らの武装解除の話し合いを進めたい」



やや踏み込んだ物申しであることは否めないが、これこそが魔女の意向。

絶対に譲れない条件提示だった。


次いで出る筈の拒否に身構えるメイトラール、だが……。



「自治……?え、ここって元々どっかの国のものなの?」



傍に仕えたイレーヌの耳打ちを受けたエリシャは、どこかぎこちない笑顔を浮かべてメイトラールに向き合う。


――何も知らずに進めてた、などと……。


まさかそうではないだろうな……と思うメイトラールを肯定していくかのような仕草に逆に汗が止まらなくなる。

それは可能性としては存在するだけの想定で、無意味な妄想の類いと言い切っても良い筈のものだった。

()()()()()()()()の領地が在るという事。

それを失念していた――、だから大胆にも教会の庇護をあれほど広げることが出来ていたのだ。


居並ぶシスターの一人が呟く。



「……だから言ったんですよ。

勝手にこんなことしていいんですか?誰かしらの許可とか取らずに本当に大丈夫なんですよね?って……」



それを皮切りに溜息や呆れの笑いが教会に木霊していく。

一気に和やかになる中、だってだってと言い訳を重ねるエリシャと咎められても知らぬ存ぜぬのイレーヌを始めとするシスター達。

やがて落ち着いたエリシャがメイトラール以上のぎこちなさで話を進め出す。



「いやぁ何にも知らなくて本当に申し訳ない。

アヌエトって魔女がヌフソの王っていうのは知ってるんだが……、ベイがその領地だなんて思いもしなかった……。

国とかそういうのに詳しくなくって本当に申し訳ないねぇ……。

自治の統合は勿論やってくれ、その方が混乱も少ないだろうし。

武装解除も進めていくよ、ただ……そっちの方には条件があるんだ」



気まずさで小さくなったエリシャがおずおずと切り出す。



「あんたらが、私たちを守ってくれるんだよね?」



「当然です。そのための国と騎士団ですから」



自信を持って答えるメイトラール。

技が無くとも、それが突然であろうとも、騎士の位を授かるほどには鍛錬を積んできた。

警邏を務める団員も魔物には遅れを取らないだろう。


交渉は上手くいく、そう信じきっていた。

簡単な任務だったと、早々に胸を撫で下ろしかけたメイトラールは……。


ここに和やかさなど在ったのだろうかと、変じた空気に冷や汗すら乾いていく。



「……あたしらが教会を建てて暫く。村が街になりかけていた頃」



伏し目がちに話し出したエリシャ。

その緊迫感を表すように部屋の至る所から乾いた破裂音が小さな音を立てる。



「碌な事考えてないどうしようもない奴らが来た。

次に何が起こるか、わざわざ言わなくても何するか分かるような奴らが……。


あの時、あんたらは何処に居た?」



失望の瞳を見つめ返して固まるメイトラールは答える義務を持ちながら、答える権利が無い。



「皆に銃を与えて、魔物へと対処を始めた頃。一歩及ばず殺されていった人が居た。

抗う術を持ちながらそれでも間に合わない無力感に皆が包まれてる時……。


あの時、あんたらは何処に居た?」



出かけた言葉を喉で押し潰す。

言い返すことなど、許されているはずが無い。



「あんた、守るって言ったね?

聞かせて欲しいんだけどさ――」



失望と苛立ちと憤りと、その全てが目に見えるような圧迫感がエリシャから放たれる。



「――あたしらの事いつ守る気なんだい?」



メイトラールの呼吸が止まりかける。

過去、一度たりとも感じたことが無かった気配に身を晒しているからだ。

それは濃厚で重苦しい殺気を宿した、こちらを射抜く鋭い眼光。

悲哀、哀愁、愁訴、そのどれもが暗く輝く涙湛えるエリシャの瞳。



「馬鹿な悪もんに襲われてか……。

運悪く魔物に襲われてか……。

それで助けを呼んで……、それであんたらはいつ来る気なんだい?

三日後か?十日後か?

それとも……


死体になった犠牲者が骨を晒した後か……?」



突きつけられた現実、音を出して崩れた理想の騎士像。

言葉の軽さで期待を踏みにじってしまった事への後悔。


メイトラールの胸中に、撃ち抜かれたかのような穴が空く。



「ヌフソの王に言っとけ。今度出来もしねえことを振りかざしたら……


——ぶち殺しに行くってな。


ここはあたしらが完璧に守る。分かったら帰りな、騎士様。

精々、あんたらがあたしらの脅威にならないよう……此処で祈っててやるよ」



移りゆく景色、窓から差す光の角度。

それらが意味するのは領域転移呪文の再発動だった。

消えていく魔力の残滓に怒りは既に無く、八つ当たりとして教会内に置き去りにされたメイトラールの気まずさにエリシャは再び殺気を解いていく。



――「安心しな、船は出してやるからさ」。



「かっこいぃ~……何回聞いても飽きないなぁ」



人の捌けた酒場の一角。



「私はこの話をする度に胃が痛むんだがね?」



エミリーとメイトラールは()()()()()()()()()の話を聞くべく夜も更けようかという頃まで話し込んでいた。


メイトラールの黄金の鎧は所々くすんで痛み、しかし歴戦の証となる威風をも確かに刻み込んでいる。

昔を懐かしむ席には酒も付きもの。エリシャとの数々の交流は若造だった騎士に酒を似合わせる程の経験を積ませていた。


酒場の入り口を背を反らして見つめるエミリー。

件の漁師はまだ来そうになかった。



「どうですかエミリー?私だって胃が痛む話をしたんです、

次は貴女にお願いしても罪にはならないでしょう?」



「え~~!」



「急を要する事態ではありますが、漁師の方を追って海に出ては入れ違いになります。

それに事が始まれば息つく間もないかもしれない。だからお願いしますよ。

私も貴女の()()()、大好きなんです」



最後にもう一度入り口を覗き込み、やがて観念したエミリーは咳払いしてやや話しづらそうにエリシャとの出逢いの一幕を語り始める。

気味悪がって人も寄りつかなくなったこの力を、人として褒めてくれたあの日の事を……。



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