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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
63/63

†銃士教会†


バンッ――――



罪人の倒れる様というのは何故こうも醜いのだろうか。



バンバンッ――――



血の一滴まで罪で穢れ果てているのだから、

倒れるならせめて潔く、静粛であるべきだ。



バンッ――バンバンバンバンッ――――



撃ち抜いて、倒れ伏すまでの数秒間だけが心地良い。

引き金を引いて、炸裂を受け止める瞬間が永遠に続けばいい。

リロードの煩わしさは必要悪だ。

これが無ければ指が千切れるまでトリガーを引き続けている事だろう。

だって……。


罪人を撃ち抜いて殺すことって、楽しくて愉しくて止められないから。



「終わりました~。後片付けは?任せてもいい?」



硝煙の香りを纏いながら船倉から出てくる修道女。

被るベールの端から溢れる金髪、澄んだ青い瞳に白磁の肌。

黒を基調とした厚手の礼服に、首から下げた重なる正四角形の意匠が音を鳴らす。



「は……はい……、こちらに……お任せを……」



それを引き攣った顔で出迎えた船長は、

頭を下げることすら忘れ、騒然となる漁港の皆と同様にただ呆然と立ち尽くす。



――銃士教会庇護下、港町ベイ。

南の要である南方諸島連合国家ヌフソに連なる漁業盛んな貿易の町。


鳴り響く銃声は住民にとって聞き慣れた物ではあったが、

その後の光景に慣れる者は一部の住民と傭兵崩れや冒険者の心得がある者達だけだった。


船倉に横たわる八名の死に様に、船長は震えることすら出来ずに佇む。


即死――。

眉間に開いた赤黒い穴と壁に飛び散る濃厚な肉片を見て、それは疑いようが無い。


少々曲がった腰を労りながら声をかけてきたのは、死体を荷台に運ぶ老婆だった。



「あんた見ない顔だね。輸送業、最近始めた口だろ?」



乗せた台座から垂れた腕を()()()()()整える様子からして明らかにこの状況に慣れている。



「え、ええ。つい最近始めたばかりで……」



「嗚呼やっぱり。

狙われたねぇ……ひっひっひっ」



銃士教会庇護下――、その意味は絶対安全圏とも言い換えられる。


整備された街道でも魔物の被害が少なくないこの時代に於いて、何にも代えがたい魅力的な言葉。

魅入られしは民草だけではなかった。

庇護下に巣くおうと悪しき者達もまた目をギラつかせる。



「乗せる奴には気を配ることだねぇ。

じゃないと……今度はお前さんが()()なるよ?」



匂い立つような血の染みから目を逸らし、代わりに見つめたのは去って行く女の後ろ姿だった。

血の芳香を上塗りする火薬の匂いは依然としてこの場を支配しており、八人殺した――その割に軽い足取りは菓子店へと消えていく。



「覚えときな新米船長さん。

あの方は銃士教会の修道女、エリミエッタ・ヴァレルナ。

畏れ多いならシスター・エミリーとでも呼んでおやり」



聞きなじみのないシスターという単語。

老婆が言うには銃士教会員の敬称らしい。



「首から下げてた二枚の正四角形が見えただろう?あれがシスターの証さ。


彼女たちにはありとあらゆる罪に、ありとあらゆる罰を与えることが許可されてる。


ここいらで何か悪さをしてみな?あの方々がすっ飛んできて頭をズドンっと一発さ。

罪の程度にもよるだろうけどねぇ……ひっひっひ」



老婆の言葉を受けて、悪事に覚えがなくとも汗が滴るようだった。


カラン――と、不意に菓子店から出てきたエミリーに視線を切ろうにも間に合わず。

懐から何かを取り出す動きに先ほどの惨劇が重なり、船長は目を閉じ全神経が額へと集まっていく。



「はい、どうぞ」



小脇に抱えた紙袋から菓子を取り出し差し向ける。

慈善の行いに、たったそれだけの事に目眩を起こすほどだった。



「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」



微笑む表情に安堵し、差し出された菓子を受け取ろうと手を伸ばすと――。



「貴方も()()であったのなら、まずは貴方を撃ち殺してましたからね」



――続けざまに出た言葉に汗も止まる。

伸ばしたまま止まる手に菓子を握らされ、遠くで鳴る鐘の音にシスターは足早に去って行った。



「ひっひっひ……怖かったかい?怖かっただろうさ。

もしも間違われていたら?なんて考えちゃ怖くて仕方ないだろうねぇ。

でも安心するといい、あの娘は特別なんだ。


あの娘には聞こえるんだよ。

撃ち殺してもいい奴を指差して叫ぶ……神様の号令がねぇ……」



死体を運ぶ荷台の音は潮騒に混じるようで混ざらず――。

息が漏れるように掠れた老婆の笑い声は、遠くで鳴る鐘の音に掻き消され――。

菓子を握って立ち尽くす船長は、再び戻った漁港の賑やかさに徐々に落ち着きを取り戻していった。



銃士教会、アルヴの丘の転移門前――。

鐘の音が響き終わり、波光落ち着く転移門から現れる戒導長デトナ・プルヴィス。

閉じた瞳でありながら側仕えを必要とせず、傅いて出迎える幾人かのシスターにそれぞれの名を呼んで挨拶を交わすほど。



「あら?珍しいですねエミリー。わざわざお出迎えなんて……」



「たまたま通りがかったから」



「そうですか。


……六、いえ八人でしょうか。

火薬の香り、そしてこの濃度……また殺めたのですね」



沈むような顔、その一歩手前で留めたデトナは謝辞をかかさない。



「辛い役目を人一倍背負わせてしまっています。

ですがその分、庇護下の平和は保たれる……。

心労痛み入ります、今夜はゆっくりお休みくださいね」



「別に疲れてはいないんだけどぉ……」



「はぁ……()()()()()殺人というのも考え物ですね……。

罪人と云えど人は人。その疲労に無感であろうと殺人の慟哭は心を蝕む物です。

フリでもいいから少しだけ落ち込んだりしてみてはどうです?」



「必要ないよ。愉しいし」



「まあっ!なんて娘なんでしょう!」



視えないはずのエミリーの笑みが見えているかのように、

デトナはわざとらしく口元を抑えてみせた。



「それなら銃の整備ぐらいはきちんとするのですよ?

整備に来るのが遅いってラクリマ様がカンカンに怒っておいでですから……」



はいはいとデトナを適当にあしらいつつ教会の地下、お抱えの錬金術師の元へと向かう。

地下への階段前に着くと階下まで続く蝋燭に火が灯り足下を照らした。



「ふぅ……」



エミリーの愚痴未満の溜息に蝋燭の火が揺れる。


デトナを毛嫌いしているわけではない。

戒律も教えも前より透き通った、解釈違いが起こることも少なくなった。

諍いの多かった前とは違って平和が浸透した。

次代を継ぐにあたってデトナより優れた人物などいないと本当にそう思う。


罪人を撃ち殺すことは本当に愉しいけど、争いを求めている訳ではない。

()()()は争いなんて求めちゃいなかった。


それなら何が欲しいのだろうかと、そう思いながら最奥の扉を開け放つ。



「出せ」



開口一番、粗野で乱暴な物言いにエミリーはおずおずと銃を差し出す。

凡そ服とは呼べない帯を巻いただけの身体から、ささくれて赤切れした指先が伸びて銃をひったくる。



「摩耗、汚れ、ガタつき、お前……これをなんだと思ってる?」



静かに身体を暴れさせながら、エミリーにぐいっと顔を近づけて目を見開く。



「リク姉近いって……それに胸見えてるから……」



身体に巻いた帯が解れ胸をはだけさせて気にも留めない女。

――ラクリマ・リク・ラクリマータ。

銃士教会お抱えの整備士であり真角背負いし錬金術()



「胸がなんだこっちを見ろ。

これをっ、お前はっ、何だと思ってるんだ?」



割れ物を扱うかの如くエミリーの銃を抱え、銃口を外して突きつける。



「何って……人殺しの道具でしょ?」



「ほぉりぃしっと……」



「それどういう意味だっけ?」



「地獄に落ちろこのクソ野郎って意味だッ!」



ガンガンガンと地下室の石壁に頭をぶつけて気持ちを整理するラクリマ。

その目は未だ何かを訴えたがっていたが、作業机の上に銃を安置し固定すると直ぐ様職人としての顔立ちになっていく。


職人、否――。それこそは創造に取り憑かれた機械仕掛けの怪物も同然だった。


人には振動が在る。

それは身体の機微に左右され、鼓動や呼吸によって絶え間なく在り続けるもの。

だが、目前で作業に没頭する錬金術師にはそれが無かった。

それは無音の最中に行われる儀式めいた絶技、迷いも無駄も無く行われる真なる精密動作。

こびり付いた汚れを拭う時も、

部品の調整に極細の工具を用いる際も、

雑な扱いを受けた銃を憂うために口を開けて吐いた溜息でさえも、


――音が無い。


真角を背負う者にだけ与えられた特異な力なのか、

はたまた当たり前の様に魔法で理を捻じ曲げているのか。

自身の最高傑作である銃に対しての弛まぬ愛情と、

少しの不備も許さぬ妥協の無さが、

衣服に頓着の無い彼女を怪物と、延いては錬金術師然とさせているのであろう。



無音の整備が終わるまで壁により掛かって待つこと半刻。

息を吐く音が作業の終わりを告げていた。



「完璧に整備済みだ。

発射誤差修正……。角度が付くとかどんだけ雑に扱いやがったんだ?

トリガーの引っかかりが無くて初めは違和感があるかもしれんが、

どうせまた引っかかりが出来るまで来ねえんだろうから構わんな?


ちなみに聞くが、……命中率は?」



銃とは、狙いを付ければ誰でも的に当てられるわけでは無い。

本人の照準の癖、効き目の左右、支える腕力、度重なる訓練……。

それらの修正や鍛錬によって弾丸はやっと的に当たるようになる。


銃を扱うだけでこれである。

ここに銃そのものにも問題があっては当たるものも当たらない。


エミリーの銃、【ラクリマータ】。

作者である錬金術師自身の名を冠する最高傑作。

光沢を無くす艶消しによって取り出す際に相手の目をすり抜け、

シリンダーには九発装填の為に小型の弾丸が詰め込まれる。


約定を固定化させる各種認証刻印以外はあくまでも標準、回転式拳銃としては装填数が三発ほど多いだけ。

それでもラクリマはこの銃に最高傑作として自身の名を付けた。


完璧な整備の元であるのなら、完全に機能するのだから。


だからこそ整備不良による不調は許せず看過できない。

だからこそ問うて、そして落胆せずにはいられないのだ。


何故なら……。

ニヤけ顔で応える銃士教会のシスター、エリミエッタ・ヴァレルナの放つ弾丸は……。



「百発百中、だけど?」



――決して外れないのだから。



「はぁ~、ったく……支え甲斐がない奴だよお前はさ」



受け取った最高傑作を無造作にコート内のホルスターに仕舞い込み地下室を後にする。


日も暮れてシスターや侍女、子供や老人などが教会の食堂に集まる中、

代わり映えの無い夕餉の魚シチューとパンをささっと取り分けると、

エミリーは教会二階の窓際、漁港と街を見下ろせる場所でひとりの食を楽しむ。


街と教会を繋ぐアルヴの丘から街を縁取るように点在する街灯に火が灯る。

その光景を見ながらエミリーは優しく微笑む。


街灯の連なり、優しい明かりの縁取りが街に齎す安心や安堵は、

教会がこの地に興った際に初めに行ったことだった。

普遍魔力の吸引と刻印魔法による定時点火の概要は周辺地域の常識となり、

果ては南方主要国家ヌフソの王、魔女アヌエトでさえ採用する節制と簡易管理の極みであった。


海上航路の灯りの先で煌びやかな水の飛沫がヌフソの首都、水の都ヴェルレイユを彩っている。


その時、エミリーはもう微笑んではいなかった。


銃士教会庇護下、港町ベイ。

そこに付け加えなければならない言葉があるとすれば、南方諸島連合国家ヌフソ所属――の頭文字。

解決済みではあるものの、領有を巡っての諍いや争いは一度や二度では済まなかった。


――利益を求める魔女アヌエト。

――安全を与える銃士教会の庇護。


板挟みになった住民が迷わず選んだのは庇護であった。


前提としてアヌエトによる圧政など存在しない。

寧ろその影響下だからこそ、ヌフソを中心とした南方諸島連合で

辺境に位置している港町であるにもかかわらず爪弾きにされずに済んでいたのだ。


それでも住民は教会を選んだ。


命のやりとり頻繁なこの地で、身を挺して自分たちを守ってくれたのだから。


だが魔女というのは気紛れなもの。

港町ベイの齎す水産資源の利益に衰えが無くとも、その所属の話となった途端に手駒を差し向けてきた。


――領有騎士メイトラール・クラ・メリリアンス。


当時と比べて皺の増えた顔に優しい笑みを湛えて、

曇りのひとつも無い華美な鎧に街灯の光を返しながら、

階上のエミリーに向けて手を振っている。


窓枠からぴょんっと飛び出したエミリーを難なく受け止めて、

挨拶代わりの改めての抱擁には親心のような熱が籠もっていた。



「やあエミリー!元気にしていたかい?」



「はい。おじ様も相変わらずの様で安心しました、腰は大丈夫ですか?」



「そう思うなら自分で着地してくれると有り難いんだがね?」



軽口交わして笑い合うエミリーの様子は先ほどヌフソへと向けた冷ややかな顔とは全く違っていた。

領有騎士の名の通り、メイトラールはヌフソ所属の騎士でありその領地は港町ベイ。

王である魔女アヌエト直轄とも云える騎士にエミリーは敵対的感情を覗かせないまま此度の要件を聞き入れる。



「諸島連合を繋ぐ海上航路で妙な物が発見されてね。

漁師の皆にも影響するかもしれないから通達に来たんだよ。


有り体に言えば水棲魔物の死体なのだが……その死因がどうにもおかしい」



ヌフソからの正式な証拠文章を読み上げるメイトラール。

死因調査の名目を読み上げたとき、確かにそれは一見有り得ないものである筈だった。



「ギトワーク22体、カイプネルサ81体、……海上にて()()()となって発見――」



アルヴの丘、教会の外に佇むエミリーは抑えきれない不穏を感じて、

海を、航路を、ヌフソまで続く灯りの道を見つめるのだった。



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