5,人狼(後編)
※R15Gの表現があります。
家に背を向けて弟のいる場所に戻っている間、ずっと後ろ髪引かれていたが足を止めず、振り返らずに走った。
目線の先に食料の入った籠が見え、スピードを緩めて籠に近付いた。だが、籠の側にいるはずの弟の姿がない。
「は…何で…」
辺りを見渡しても人気は無く、名前を呼んでも反応は無い。
不安な気持ちに押し潰されそうになっていると、遠くから声が聞こえた。あの子の声だ。
何かあるのではと警戒をしながら声がする方に向かって行くと、長髪のヒトに銃を突き付けられている弟がいた。
目の前の出来事に動揺をしてしまい物音を立ててしまうと、二人は直ぐにこっちに気が付いた。
「に、兄さん…」
「貴様‼︎その子を離せ‼︎」
長髪の男は突き付けた銃を離さずに、弟を背後から拘束して俺と向き合い、体を舐め回すように見てきた。
銃口はピッタリと弟の頭に付けられており、迂闊に動き出すことが出来ない。
「そういえば子供は二人だったな。血塗れだが怪我は無さそうだな…全部返り血か」
長髪の男は耳に付いている何かに向かってブツブツ呟いたかと思うと、弟に向けていた銃を俺に向けてきた。耳に付いているのは通信機器か何かだろうか。
「部下が世話になったようだな!家に配置してた殆どがやられちまったようだ!」
楽しそうに笑い出した後、長髪の男が銃の引き鉄を引き、広い森に銃声が響いた。
「兄さん‼︎」
撃たれた銃弾は俺の頬を掠め、血が垂れ出ている。
「一歩も動かないとは…やはり度胸があるようだな!」
「戯れ言は要らない。弟を離せ」
「まあ、落ち着け…取引をしよう」
何を言っているんだと不審に思っていると、長髪の男は弟の首を絞め出した。
力強く握られているのか、弟はかなり苦しんでいる。
「何をしているんだ‼︎やめろ‼︎」
「本当は子供二人とも研究所の奴らに渡す予定だったが、お前は戦闘能力に長けてるようだからな。お前が俺の下に着いて援護でもしてくれるなら二人とも命は助けてやる」
「そ、そんな…無理だ…」
突然の勧誘に躊躇っているが、その間も弟は苦しんでいる。
迷っている時間は無い。弟を守る事が出来るのは俺だけなんだ。
俺は意を決して答えた。
「わ、分かった…協力する」
絞り出した震える声で答えると、長髪の男は弟を掴んだ手を離した。
弟は地面に手をついて咳き込んでいる。
「いい子だな!銃を置いてこっちに来い」
俺はポケットに仕舞っていた銃を地面に置き、長髪の男に近付いた。
不安な気持ちで吐き気に襲われながら俯いて向かっていると、突然叫び声が聞こえた。
驚いて顔を上げると弟が長髪の男の顔を引っ掻き、奴の顔半面が血塗れになっていた。
「兄さん‼︎逃げよう‼︎」
弟は立ち尽くしている俺の手を取り、走り出した。
・・・
普段森から出ることはないのだが、とにかく助けを求めようとアニマ族の街を目指すことにした。家とは反対側に向かえば森を出られるだろうとひたすらに走った。
「止まって!」
手を引かれ物陰に隠れると、武装したヒトが目の前を横切った。
弟は常に能力を使ってヒトを避けて誘導してくれている。
「おい、そんなに能力使ったら体が保たないぞ」
「だって…僕を助けてくれたから兄さんも危険な目に合ってる…だから守らせてよ」
俺が守るべき弟は逆に俺を守ってくれようとしている。予想外の言葉に驚いたが、俺は汗をかいて呼吸が少し荒くなっている弟を抱きしめた。
弟は突然の事に体を強張らせていたが、力が抜けて鼻を啜る音が聞こえた。
「いい…もう能力を使うな…」
「だって…僕にはこれしかないんだよ」
どういうことだと問いかけると、弟は俺を押し除け手を握った。弟の目元は涙が血を拭った跡を通って赤くなっていた。
「僕、運動も勉強も駄目だし…すぐ風邪引くし」
弟は能力持ちで生まれたものの、体が弱く免疫力が低い。雨に濡れた翌日は必ずと言っていいほど高熱を出す。また何事にも興味を示して本を読んだりするのだが、次の日には興味を示していたことすら忘れている事がある。しかし、家族に関する思い出は忘れないらしい。
両親はそんな弟を思って、ノートを用意したり重要なことはメモを書いていたりしたが、本人はかなり気にしていたようだ。
「そんな事ない…能力が無くてもお前は大切な弟だ…家族だよ」
俺は弟の手を握り返した。
弟は涙をボロボロと流していたが、涙を拭い立ち上がった。
「兄さん…ありがっ、と…」
どこからともなく銃声が響いたかと思うと、顔に血が飛んできた。
それは弟の吐血したものだった。
俺に倒れ込んできた弟は脇腹から血を流している。
「え…お、おい…」
弟の口からはヒューヒューと空気が通る音のみが聞こえる。
理解が出来ずにいると、聞き覚えのある声が聞こえた。長髪の男だ。
「はっ、逃げれる訳ねぇだろ」
「あ…、え?何で…何で…」
目の前の出来事に頭が追いつかない。
これは弟か?何で動かない…。
放心状態になっていると、長髪の男は俺の髪を掴んで持ち上げた。
乱暴に掴まれて痛がっていると、長髪の男は不気味な笑顔を見せた。
「さっきの話は有効だぜ?弟を助けたいなら協力しろ。このままだと死ぬぜ?」
長髪の男に言われハッとして改めて弟を見ると、呼吸はしているもののかなりの出血をしている。何度呼びかけても返事がない。
「さあ、どうする!悩んでる時間は無いぞ‼︎」
「き、協力!協力する‼︎…だから、この子を助けてくれ‼︎」
撃った張本人に助けを求めるなんておかしな話だが、そんなことを考える余裕など無かった。長髪の男は髪を掴んだ手を離すと、耳に付いている通信機器に何かを喋った。
すると草を掻き分けて白衣を着たヒト達が出てきた。
長髪の男が俺たちに指を指すと白衣のヒトが弟を掴み、咄嗟にその腕を掴んだ。
「弟に何するんだ‼︎」
「そいつらは弟を治療する奴らだよ」
長髪の男の言葉に掴んだ手を緩めると、白衣のヒトは気を失っている弟を奪い取るように俺から引き離し、手際良く応急処置をした。取り急ぎ止血をしたようだ。
最悪の事態は間逃れたようで安堵していると、白衣のヒトは弟を何処かに連れて行こうとした。
「何処に連れて行くんだ…」
弟を抱えている白衣のヒトに腕を伸ばすと、長髪の男に顔を掴まれ地面に押し付けられた。弟が連れて行かれていることに焦り顔を掴んでいる腕を退かそうと抵抗をしていると腹を膝で押さえ付けられた。
「が、ぁ…返せ…連れて行かないでくれ…」
「安心しな、お前も弟と同じ処に行くからよ」
長髪の男は抵抗も虚しく押さえ付けられている俺を見て楽しそうにしている。
「精々役に立つよう働いてくれよ」
プツン…
再び俺の中の何かが切れる音がした。




