3日目 攻撃力630万、謎の召喚獣『戦略核ミサイル』を召喚しました
1
ドアを叩く音に目が覚める。昨夜ミリアと夜遅くまでお話していたので、ひょっとすると中々な時間なのかもしれない。
眠い目を擦り、ドアを開ける。
そこにいたのは衛兵隊長だった。
――何故衛兵隊長が此処に? まさか女の子を宿に連れ込んだのが不味かったんじゃ……
などと考えるが、彼の要件は「宮廷召喚士が、会いたいと言っている」との事だ。
そう言えば昨日、衛兵隊長に壊れた召喚リストの件を相談した事をすっかり忘れていた。
「君はここで待ってて」
と言うとミリアは泣きそうな顔をして、
「一人にしないで欲しい」
と言った。散々怖い目に遭ってきて不安なのだろう。
衛兵隊長に視線を送ると、
「良いだろう」
と答えてくれた。
そして、あまりにボロボロのミリアの衣服を整え、髪も整えた。さらに理容師さんのお勧めでメイクまでしてもらった。昨日300ルビーも稼いだ自分は気前が良い。
結果、ミリアは見違えた。既に昨日の段階でも十分すぎる程に可愛かったのだが、今日のミリアは、エルフ特有の気品に包まれている。
ドキドキした。
そんなこんなで、指定された時間ギリギリになってしまったので慌てて王宮へ向かう。
そして宮廷召喚士様と宮廷魔導士様に会った。これまでの経緯を話し、壊れた召喚リストを見せると、二人は目を見開き顔を見合わせる。
「信じられん……このような事が起きるとは。しかもこの攻撃力はなんだ……!?」
宮廷召喚士のお爺さんが、顎髭を指でなでながら掠れた声を漏らした。
「君は城の牢獄から逃げ出したトロールを倒したと言ったな?」
「はい」
「それは事実なのだろう。実際、城から逃げ出したはずのトロールは見つからず、野放しになっているなら必ず出るはずの被害が出ていない」
「ちょっとここで待っていなさい。私は陛下にこの事を報告してくる」
そらから、暫くしてだった。王の謁見が決まってしまったのだ。
謁見の間の大扉の前。緊張のために足が震える。ミリアに至っては明らかに顔をこわばらせていた。
王に謁見する事自体が緊張するのもあるが、つい先日、自分はラスクと共にこの謁見の間で王の激励を受け、魔王討伐に出発したのだ。
それが、クビになって戻って来ての謁見、なんとも気まずい。
そしてついに大扉が開く。
中へと進み、王の前に片膝を突いた。
王の一言目はあまりに意外な言葉だった。
「良くぞ無事に戻った。ラウルよ」
王はそう言ったのだ。
「いえ、私は……」
「事情は聞いておる。だが、どんな形であれ無事に戻って来たのは事実だろう?」
王は、そこで一度言葉を区切ると悲し気に笑った。そして虚空へと視線を移す。
「私はこれまで、『聖剣を取る資質を持った若者』と『その者と共に旅に出る決意を固めた若者達』を何人も送り出してきた。だが、誰一人戻って来た者はおらん。前途ある若者たちを死地に送り出し続けて来た私にとって、一度この謁見の間を出て、再び戻って来た若者の顔を初めて見れた事は、この上なく嬉しい事なのだ」
王の視線が此方へと戻される。
「だからまずは、生きて戻った事を誇れば良い。まして其方はこれまで召喚士の誰もが成せなかった偉業を成したのであろう?」
「偉業……なのですか?」
「我が宮廷召喚士のガルガンチュアがそう言っていたぞ。早速見せてはもらえぬか?」
言われるがままに召喚リストを開示すると、謁見の間にどよめきが走った。
「それにしてもこの『戦略核ミサイル』と言うのはどのような召喚獣なのだ?」
「申し訳ありません。私にも全く分からないのです」
「そうか……それにしてもこの攻撃力630万とは、数字が大きすぎて分からんな。いったいどれ程の威力があるのだ?」
「例えば、私が持つ神獣級精霊『朱雀』。この攻撃力は6000です。私がそれを一度放てば、この王都は一瞬にして火の海と化すでしょう。もちろんそんな事は致しませんが」
宮廷召喚士の言葉に再び謁見の間に畏怖を込めたようなどよめきが走る。
「これで聖剣が無くとも、魔王を滅ぼせると思うか?」
「伝説によれば、聖剣を熟練した勇者が手にした場合、その力は神獣級精霊に匹敵するとあります。ならば、その際の攻撃力は6000前後と考えるのが妥当かと」
宰相が言った。
「ヒトが神獣級精霊と同等の力を得る。まさに聖剣であるな……」
「はい、正しく」
「つまり、結論はこうだな? 攻撃力630万を誇るこの『戦略核ミサイル』と言う召喚獣は十二分に魔王を滅ぼせる可能性があると」
「はい」
「ならば試そうではないか」
「その、お金が……」
この話の流れを止めたくは無かったのだが、ここは口を挟むしかない。自分の声はあまりの申し訳なさに、小さく掠れていた。
「既にそれも我が宮廷召喚士より聞いておる。国費で負担しようではないか。命が代償となるよりは余程良い。まして魔王の放ったモンスターにより、この額を遥かに超える被害が年間で出ている。それが、実験も含めて2回で収まる可能性があるのなら安いものだ」
そう言って、声を上げて笑った王であったが、その表情が唐突に真剣なものになり此方に戻される。
「もし、この実験で魔王を倒すに値する事が分かったなら、私は其方をまた死地に送り出さねばならない」
「その時は受けてくれるか?」
「はい、喜んで!」
「うむ、ならばその時は、我が衛兵隊長ネイティアと宮廷魔導士のデリカ、同じく宮廷召喚士のガルガンチュアを共につけよう」
「そんな!? 恐れ多い……です」
「其方はヒトの希望だ。いや、世界の希望である。其方を魔王城に送り届けるために私は全力を尽くそう。必要なら兵も出す」
「勿体なきお言葉」
地に頭を擦り付けるようにして、頭を垂れる。
「では早速、実験を開始しようではないか。誰か宝物殿より、『戦略核ミサイル』召喚の代償、1200万ルビーを持て!」
2
震える手で杖を謁見の間の床に突き立てる。この実験のために1200万ルビーも貰ってしまったのだ。
そして何より、リスト入りして以来一番気になっていた召喚獣だ。それが今、ここに現れるのだ。
謁見の間に魔法陣が広がる。そして現れたのは昨日と同じく、緑色の妙な服を着た男だった。しかも今度は武器らしい武器を持っていない。
あまりに拍子抜けだった。
現れるなり姿勢を正し、おでこのあたりに手を持って行った男。
「既に、発射準備が整っております! 攻撃目標の指示を!」
「えっと魔王……」
思わずそう言ってしまった。
「魔王城でよろしいですか!?」
男の声の大きさに気圧されるようにして頷いてしまう。
「了解しました!」
男が再びおでこのあたりに手を持って行くと、何やら胸のあたりに付けてあった箱を口元に持って行く。
「攻撃目標は魔王城! 繰り返す! 攻撃目標は魔王城! 座標を入力次第発射!」
それだけを大声で言い残し消えてしまう男。
謁見の間に気まずい静寂が訪れる刹那、地を揺るがすような音が響き渡った。
「庭園が!」
謁見の間に一人の衛兵が走り込んで来て叫んだ。
その言葉に、王を含めた謁見の間の全員が、庭園を見下ろすテラスに殺到する。
庭園に巨大な魔法陣が広がっていた。見れば大地がスライドしようとしている。地響きの原因はそれだった。
スライドした地面の下に異常な大きさの縦穴が姿を現す。
「いったい何が……」
王が掠れた声を出した次の瞬間だった。凄まじいまでの轟音が響き渡り、王宮を振動させる。
縦穴から吹き上がった巨大な炎。それも上級火炎魔法の比では無い。
その炎の中から、巨大な何かが飛び出してくる。そしてそれが凄まじい煙と炎をまき散らし、轟音を轟かせながら上空へと昇って行く。
後に訪れたのは、異様な程の静寂だった。大地から魔法陣が消え、何事も無かったように庭園は元に戻っている。
空には、巨大な何かが残した雲のような白い帯が、風にゆっくりと流されていく。
それでも一同は驚愕に固まった顔を、『何か』が飛び去って行った虚空へと向けていた。
どれくらいの時間がたったであろうか。5分くらいは過ぎたのかもしれない。
静寂を打ち破ったのは、自分が発した悲鳴だった。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』……
ステータスが延々とこれを続けだしたのだ。見れば大量の経験値とお金が舞い込んでいる。
開示したステータスを覗き込み、他の一同も呆然となる。再び訪れた静寂の中、レベルが上がった事を知らせるアラートの音だけが、響き続けた。
どれくらいの時間がたっただろうか、衛兵が再び走り込んで来た。
だが、衛兵は口をもごもごと動かすばかりで、言葉を発しようとしない。
しびれを切らした宰相が、報告を促す。
「その、あり得ない事なのですが、牢獄に捕らえていたモンスターが一斉に消えました。その……急に苦しみだして」
「まさか……魔王が本当に……?」
宰相のその言葉を切っ掛けに、謁見の間に歓声が上がった。
「世界各地に調査隊を送れ! 状況を確認するのだ! それと魔王城の結界内がどうなっているのかも含めて調査せよ!」
王が声を張り上げた。
この数日後、世界各地からモンスターが消え、魔王城を囲む結界内は一面焦土と化し、城に至っては見る影も無い事が明らかになる。
そして世界は歓喜に打ち震えた。
かくして世界は平和になり、事の功労者たるラウルは英雄にされてしまう。連日パレードに参加させられるのだった。