29.救出
玲奈は、俺のことが余程腹に据えかねたのだろう。
俺が、音葉や絵梨菜と険悪な状況だったからだろうか。俺が玲奈に話したことを、音葉と絵梨菜に話しているらしい。
音葉は小馬鹿にした様な薄ら笑いで俺を見て。絵梨菜も、軽蔑した様子で俺を睨んでいた。
俺は好きだった三人からそんな扱いを受けて。切なくはあったが、もう俺のことで彼女らを苦悩させることは無いのだと、切なさと同じくらい安堵もしていた。後は、三人をどうにかして救うだけだ、と。
千佳は、何があったのか聞きたそうにしていたが。俺が何も言わないからか、何も追求はして来なかった。
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暫くそんな状況が続いて。その間、俺はどうすればいいか、ずっと考えていたのだが、いい案など何も思い浮かばなかった。
千佳とは、どうにか普通に接することも出来てはいたのだが、俺の様子が変なのか、時折「どうかしたの?」と聴かれていた。それでも、この時間軸ではまだ付き合いが短いから、誤魔化せてはいると思う。
***
音葉には近付くことも憚られる状況だったのだが。今日だけは、そんなことは言っていられない。
今日は、音葉が事故に遭う日だった。
あれからずっと、音葉たちは俺を注視していて。結局俺は、音葉の知らぬところで助ける手立てを何も思いつかなかったのだ。
放課後になって。俺は、音葉に近付いた。
千佳には昼休みのうちに、放課後は音葉らに話をしないといけない件があると伝えてあったから、千佳は不安げに見守っていた。
音葉は、絵梨菜と玲奈の三人で話をしていて。俺が近付いて来たことに気付いて、変なものを見る様な目で俺を見つめた。
「何か用?」
その表情には、今は嫌悪しか無く。二年の頃は、音葉とは険悪だったとずっと思っていたのだが、それは鈍感なだけだったんだなと再認識した。
「ああ。実は──」
「音葉に危険が迫ってるとか言うんじゃ無いでしょうね」
絵梨菜に遮られる。やはり、玲奈からそういう話を聞いているのだろう。
「……その通りなんだ」
本当なら。他に適当な理由をでっちあげて、留まらせることが出来ればいいんだろう。だけど、今の俺にはそんな余裕は無かった。
「──最っ低!」
これまで、絵梨菜からそんな冷酷な目を向けられたことは無かったけど。そんなことで怯んでいる訳にはいかない。
だけど、音葉は腕時計を見て。
「あんたの与太話に付き合っている暇は無いの。今日は用事があるから帰らせてもらうわ」
音葉は鞄を掴んで。絵梨菜と玲奈に手を振って教室から慌しく出て行った。
俺は慌てて後を追おうとして。
「あなた、いい加減にしなさい」
玲奈に腕を掴まれ、足を止められてしまう。
俺は玲奈を睨んで。乱暴に振り払った。
「時間が無いんだ。構わないでくれ」
俺も慌てて教室から出た。
既に音葉の姿は無く。
「待ちなさいよ!」
背後から絵梨菜と玲奈が追いかけてくるのを無視して、一階まで駆け下りた。急がなければ間に合わなくなってしまう。
校門に向かっている音葉を見つけて。俺は廊下の窓から飛び出した。
「三城谷!」
校門に辿り着く前に、どうにか追いつくことが出来たのだが。
音葉は俺を無視して。いや、寧ろ俺が近くにいるせいで、足早に校門に向かっている様子で。
時間的に見て、どうしてかあの場所に、あの時刻に辿り着いてしまうだろう。そういう運命なのか。
俺が何を言っても、音葉は聞く耳を持たず。どんどん校門に近付いて。
埒も明かず。校門付近で、俺は右手で音葉の左腕を掴んで強引に引き止めて、振り向かせた。
「何すんのよ!?」
音葉はそれを強引に引き離そうと腕を引いて、後ろ向きに校門側へ進んだ。俺は引っ張られて音葉の目の前に迫った。
その時点で。音葉越しに、黒いワゴン車が見えた。音葉は俺の方を見ていたから、車に気付いていない。
この位置でもまだ危ないかもしれないと、俺は右手を引いて。左手で音葉を抱き抱える様にして、校舎側に追いやった。
くるりと、俺と音葉の位置が入れ替る。
慌てたせいもあって、俺はバランスを崩してしまって。俺の体がワゴン車の進路上に背中から倒れ込んむ形になった。
衝突の直前には音葉もそれに気付いた様子で、慌てて俺に掴まれている方の腕を引いて、空いてる手で俺を掴もうとした。
だけど、既に体勢は崩れていて。俺を引っ張ろうとすれば、逆に音葉がこちらに倒れ込んでしまいそうだったから、俺は右手を離した。
俺という重石を失って、反動で音葉が一歩後退する。
次の瞬間。
横向きに衝撃が走って、数メートル吹っ飛ばされた。
勢いに抵抗できず、転がって。仰向けの状態で止まった。
不思議と痛みは無かった。おそらく痛覚が麻痺してしまっているのだろう。
意識はあったが、体を動かすことが出来ず。首だけ、校門の方を向いていたから、その後の状況は見ることが出来て。呆然と目に映る物を認識していた。
音葉は俺の方を見ながら頭を抱えて愕然としていて。
絵梨菜と玲奈が駆け寄って来て。
周囲の会話も耳に入って来た。
音葉が俺を突き飛ばした様に見えた、なんて話声も聞こえて。俺はそれを否定したかったのだが、何も言葉を発することは出来なかった。
玲奈が慌てた様子でどこかに電話を掛けているのが見えて。
そして、千佳が駆け寄ってくるのが見えた辺りで、俺は意識を失った。




