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27.やり直し

 音葉は自分の席に座って、俯いていた。俺の席は音葉より後方だったので表情は見えないが、落ち込んでいるのだろう。

 尚康は未だに信じられない様子で音葉の様子を窺ってた。

 そこへ。

 絵梨菜が那須さんと速水さんを連れて教室に入って来て。皆に挨拶しようとして、音葉の様子に気付いて固まった。

 暫く音葉を見ていて。そして、表情を引き締めて、真っ直ぐ俺のところまで来た。

 那須さんと速水さんは何があったのか判らず、絵梨菜の後ろについて来ていた。

 「榊君、あなた、──音葉に何をしたの?」

 いきなり問い詰められる。何も見聞きせずとも、俺のせいだと判るらしい。

 「ちょっ、楠見さん、いきなりどうしたんだい?」

 尚康が慌てて間に入る。尚康はずっと俺と同じクラスだったから、絵梨菜と同じクラスになったことは無かったのに、何故か絵梨菜のことを知っているみたいだ。

 「あなたは黙っていて。音葉があんな風に落ち込むなんて、原因は榊君以外に考えられないから」

 絵梨菜は音葉が俺に気があることを知っていたから、確信を持って告げる。

 「えっと、それってやっぱり……?」

 尚康も察したらしい。ただ、それを堂々と口にすることは憚られたみたいだ。

 「ええ。──榊君、音葉に何を言ったの?」

 絵梨菜に睨みつけられる。この頃には、絵梨菜は俺に対しては半ば興味を失っていたみたいだから、容赦しないみたいだな。……俺が千佳と付き合い始めたら嫉妬してくれたらしいが。

 「……俺は、三城谷の期待には答えられない、と言っただけだ」

 俺の返事に、絵梨菜は唖然としていた。

 そして、

 「どう……して、なの?」

 そう、問われる。絵梨菜はなんだかそわそわしていた。ひょっとして期待させたか、などと考えるのは自惚れが過ぎるな。

 「他に好きな人がいるんだ」

 目の前で『他に』と宣言したせいか、絵梨菜が少し落胆した様に見える。

 「……それって、誰、なの?」

 「もうすぐ、判ると思うよ」

 絵梨菜との質疑の間に、クラスの連中はほぼ登校して来ていた。

 絵梨菜はクラスの中の誰かかと思って見回すが、俺が無反応だったからか、

 「それって、まさか、担任?」

 そう、勘違いしたらしい。

 思わず噴き出してしまった。

 「……違うよ。いや、別にあの人じゃ対象外だとか言わないけどね。すごくいい人だし」

 他の時間軸での担任とのやりとりを思い出して、思わずそんなことを口走った。

 絵梨菜は訝しげに目を眇めて、それ以上何も言わなかった。


 始業式が終わって、教室に戻った後。俺は、千佳のことが待ち遠しくて、そわそわしていた。

 音葉は未だに落ち込んでいる様子で。絵梨菜は俺の事を睨んでいた。

 やがて。

 担任が千佳を連れて教室に入って来た。

 俺は期待を込めて、千佳を見ていたのだが。何故か、千佳は所在無げに周囲を見回していて、特に俺の方を見ようとはしなかった。

 ……嫌な予感がする。

 担任に促され、千佳が自己紹介をして。改めてクラスを見回している中で、俺と目が合った。

 千佳は、ちょっと驚いた様子で目を見開いて。ちょっと困った様にはにかんだ。

 ……まさか、そんな。

 俺は、千佳の反応に絶望した。千佳は、俺のことを覚えていないらしい。いや、この場合は『知らない』と表現すべきか。

 千佳は、俺を過去に送り出してくれたのに。千佳自身は戻れなかったのか。

 どうしてそんな事態になったのか。

 ……俺の、せいなのだろう。あのとき、俺を助けようとして、代わりにトラックに撥ねられてしまったから。俺を送り出すだけで力尽きてしまったのだろう。さもなくば、別の時間軸に逸れてしまったか。

 この時間軸の千佳は、あんな出来事など知らない。それは彼女にとって、幸いではないのか。俺は、もう千佳にあんな思いをさせてはならない。そもそもの発端が、死んでしまった俺を救おうとして、あんなことになったのだ。俺が死んだりしなければ、彼女は幸せでいられるのだ。

 そう思うと、気が楽になった。

 もちろん、千佳以外の皆も救うつもりだ。そうしなければ、俺の精神は耐えられないだろう。ただ、そのことで俺と親しくならないように気を付ける必要がある。具体的にどうやれば、なんて何も思いつかなかったが。


 担任が教室から出て行った後。俺は他のクラスメイトらを掻き分けて、千佳の元に迫った。

 千佳は俺の姿を見て、ちょっと照れた様に後ずさった。クラスメイトらは何事かと見守っていた。

 「神林さん。君は俺のことを覚えてはいないみたいだけど。俺は、ずっと君のことを想っていたよ。神林さん、俺と付き合って欲しい」

 唐突にそんなことを言ったものだから、周囲では騒ぎ始めたのだが。

 「そ、そんな……うわああああぁん……」

 音葉の泣き声に喧噪はかき消された。

 「どうして、ずっと遠方に住んでいた神林さんのことを榊君が知っているのかな?」

 絵梨菜に問い詰められる。千佳が自己紹介でそんなことを言っていたから、絵梨菜は俺の言動を疑っているみたいだ。

 「……俺の方で色々あったんだよ」

 詳しく説明する訳にもいかず、バッサリ切り捨てる。

 「神林さん。俺じゃ、駄目、かな?」

 再度千佳に迫ると、千佳は顔を真っ赤に染めて。

 「は、はい……私でよければ」

 どうにかOKして貰えた。

 その後は、一時限目の授業が始まるまで大騒ぎになってしまった。

 その間ずっと、絵梨菜は音葉を慰めていて。

 玲奈は我関せずといった様子で、騒ぎにも参加せずにいた。そもそも玲奈はクラスの誰にも関心を持っていなかったから当然か。


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