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18.修羅場?

 あの時は、土原さんはこれから修羅場だ、なんて言っていたけど。その意味は俺にも多分判ってはいたけれど。

 結局、土原さんも含めて皆、俺のことを気遣ってくれて。四人とも仲良くしてくれていた。

 大晦日にはまた集まって。そのまま初詣までずっと一緒にいてくれた。


 ***

 

 冬休みが終わって、三学期の初日。

 教室ではクラスメイトたちが新年の挨拶を交わしている中。

 「おはよっ」

 「ああ、おはよう」

 神林さんと軽やかに朝の挨拶を交わしたのだが。

 彼女の変貌ぶりに、クラスメイトたちは目を丸くしていた。

 「なんか、随分雰囲気が変わったな……」

 俺の目の前でも、尚康と多田が驚いた様子で彼女を見ていた。

 そこへ。

 「どうしたの?」

 楠見さんが寄って来て。

 「いや、神林さんの様子が変だなって……って、楠見さん?」

 尚康が楠見さんを見て、目を丸くした。

 彼女の印象も随分違って見えたのだ。

 「絵梨菜、なんか髪型とか弄っちゃって、どうしたの?」

 速水さんも寄ってきて。

 「そうそう。髪型だけじゃなくて、グロス? それ」

 那須さんも、楠見さんに近付いて。彼女の唇を指差した。

 「やあね。ただのリップよ」

 そう微笑む楠見さんは、やはり印象が随分違っていて。髪型とリップだけでなく、眉とか色々細かいところまで何か違っていた。元々美人だとは思っていたのだ。これまで彼女はそういうことには割りと無頓着だったのだが、今は、より綺麗に見えた。

 そんな彼女に、他の男子も集まりだして、俺はその集団から弾き出されてしまった。

 「急に男どもが目の色変えたわね」

 いつの間にか俺の傍に音葉が来ていて、苦笑しながらその様子を見ていた。

 男子たちは楠見さんに、

 「何かあったの?」

 などと質問していて。彼女は、

 「ええ、ちょっとね」

 意味深な返事をしていた。

 女子たちはその様子を見て、

 「男かな?」

 などと想像を逞しくしているみたいだった。


 その日の夜。

 土原さんは、電話で俺の両親の在宅を確認した後、例のでかい車で家の前に乗り付けた。

 彼女の訪問は電話を受けたときに両親には告げていたから、両親は驚きながらも彼女を出迎えたのだが、車を見て更に驚いたみたいだった。

 土原さんは久瀬さんを連れて来ていて。彼女が土原さんの秘書だと紹介されたときは訳も判らない様子で諤々とただ頷いていた。

 彼女らを居間に通して。

 両親は何事かと緊張した様子で、頻繁に生唾を飲んでいた。

 土原さんは、チラッと俺を見て、笑みを浮かべた。そして両親に向き直る。

 「お父様、お母様。智哉君を私にください」

 唐突のことに、俺も両親も固まったのだが、久瀬さんが微妙そうな笑みを浮かべて目を逸らしたので、すぐに何かの仕込みだと気付いた。

 土原さんを睨むと、彼女はこっそり舌を出した。

 「ああ、失礼しました。そういう意味では無くて──私としては、そういう意味でも構わないのですが、まだ智哉君の同意が得られていませんので。今日お話しに伺ったのは、智哉君の進路について、の話です」

 進路、と聞いて。親父はようやく息が出来たみたいで、深くため息を吐いた。

 「それは、どういったお話しですの?」

 普通の話になったことに安堵した様子で、お袋が続きを促す。

 「智哉君には、将来的には私の元で働いて欲しいのです。そのために、必要な教育は私の方でお世話させていただきたく、こうして参った次第で」

 「はぁ……」

 進路の話とはいえ、その唐突な内容にお袋は何も言えず。

 「智哉に、あなたが求めるような能力があると?」

 一応、話の流れを理解した様子で、親父が尋ねた。

 「能力については、ある程度は教育でどうにかなります。私が求めているのは、資質の問題です。私にとり、彼の資質は貴重なものなんですよ」

 彼女が何のことを指して言っているのか、俺にもなんとなく判った。それは、悲しい事情だった。だけど、それでも俺のことをそれと認めてくれたことが嬉しかった。

 「俺なんかでよければ」

 両親より先に、俺が返事をしてしまっていた。

 親父はチラッとお袋を見て。

 「……まぁ、智哉がいいって言うのなら、私どもには異存はありませんが」

 そう返事をした。

 「それで、具体的にはどうするんですか?」

 お袋の問いに、土原さんは久瀬さんに目配せして。久瀬さんは頷いて、資料らしき物をお袋に渡した。

 「……想衛学園?」

 「ええ。少し距離がありますが、ここからですと双方ともJRの沿線付近であるため、通学に支障は無いと思います。もし不便であれば、寮もありますし、必要なら近隣に住まいを提供することもできますが」

 そんなことを言われて、お袋はプルプルと首を振った。

 「想衛学園には、特殊人材育成科という学科がありまして。そこは、私どもの様な家で働く人材を育成するところで、入学には特殊な条件がありますが、私が後見人となればそれも問題ありません。もし、その学科が智哉君に合わなければ、普通科もありますのでそちらへの転科も可能です。その辺りも含めて、全面的に私に任せていただいて構いません。学費も、こちらで全て用意させていただきます」

 「そんなことをしていただいては……」

 「いえ。こんなことで歓心を買おうとするのは浅ましいことかとは存じますが、智哉君のことをそれだけ本気で求めているのだと思ってください」

 土原さんに頭を下げられて。

 親父もお袋も、何も反論というか意見を言えず。

 「智哉のこと……よろしく願いします」

 二人とも頭を下げたのだった。


 翌日の昼休み。

 教室では、相変わらず楠見さんの周囲に男子が群がっていて。彼女の傍で、速水さんと那須さんが居辛そうにしていた。

 「男より勉強、って頑張ってたのに、どうしたのよ?」

 いい加減、男子どもが鬱陶しくなった様子で、速水さんが彼女をせっつく。

 「絵梨菜、何があったのか教えてよ」

 那須さんもそれに同調した。

 楠見さんは彼女らを見て。そして、周囲の男子どもを見て。

 「ちょっと、変わろうと思っただけよ」

 ため息交じりに漏らした。

 「だから、どうして?」

 速水さんは尚も食いついて離さない。那須さんも、興味津々な様子で見ていた。

 教室では他の連中も、聞き耳を立てているみたいだった。

 楠見さんは困った様な顔で、俺の方を見て。そして、微笑んだ。

 「以前の私では……榊君に振り向いて貰えなさそうだったから」

 彼女は、イブのことをまだ根に持っているみたいだった。別に、彼女では駄目だなんて、俺は言って無いのだが。

 教室が一瞬、シーンと静まり返って。そして、ざわっと喧騒に包まれた。

 皆の注目が俺に集まる。

 堂々とそんなことを言われて。俺はどんな顔をすればいいのか判らなかった。

 速水さんも那須さんも、続きを聞きたそうにしていたのだが、何て言えばいいのか判らない様子であたふたしていて。

 周囲の男子どもも、事情を聞きたそうに俺と楠見さんを見比べていたのだが、突然の成り行きに混乱しているのか、やはり切り出せない様子だった。

 徐に楠見さんが立ち上がって。そして、神林さんを見て、音葉を見た。

 「いつまでも、音葉と神林さんの後塵を拝しているつもりは無いから」

 唐突な宣戦布告に、俺は噴出すのを堪えるのが精一杯だった。

 クラスメイトたちは、楠見さんが何を言っているのか、直ぐには理解出来ないみたいだったのだが。

 「これって……修羅場?」

 状況を察した誰かがぽつりと呟いた。

 その一言で、他の連中にも理解が広がった様子で、教室は一層の喧騒に包まれたのだった。

 音葉も神林さんも立ち上がって、楠見さんを堂々と見返して。クラスメイトたちの注目を集めたのだが。

 そんな中、土原さんがしれっと俺の席の前まで歩いてきた。

 俺も注目されている状況だったから、土原さんも当然の様に注目を集めて。何事かと興味を惹いたらしく、また教室が静かになった。

 土原さんは不遜な笑みを浮かべて、周囲を挑発でもするかのように、髪を掻き上げた。

 「智哉、担任に昨夜の話をしに行くわよ」

 昨日、彼女が俺の親に話した進路の変更について、今度は担任に報告する必要があったのだ。

 これまでクラスメイトの誰とも浅くしか接してこなかった土原さんが、この状況下で俺と親しげに話をしていることに、喧騒はいや増すばかり。

 そしてその事態に、楠見さんと神林さんと音葉も俺の傍に集まった。

 「昨夜って……どういうこと?」

 彼女らを代表してか、楠見さんがそれを問う。

 土原さんはニヤリと笑った。

 「昨夜、智哉のご両親に、智哉のことは私に任せて欲しいとお願いしに行ったのよ。そして、智哉もご両親も快諾してくれたの」

 また誤解されそうな言い回しを。

 案の定、三人は訝しげに俺を見た。

 「進路の話を、だよ」

 要らぬ騒動になる前に口を挟む。

 俺のネタばらしに、土原さんはつまらなそうに鼻を鳴らした。


 突然の進路変更に担任も慌てたのだが、土原さんが全て任せてくれて構わないと宣言して。うちの中学から想衛学園への進学実績も無かったのだが、土原さんが懇切丁寧に説明して、納得させたのだった。

 土原さん自身も、進路を変更するらしく。冬休み前までは、公立の進学校を受験する予定にしていたらしいのだが、聖創学園と聞いて担任は俺の進路変更以上に驚いていた。聖創学園とは更に特殊な学校らしく、こちらへの進学実績も無かったのだ。公立中学から入る様な高校では無いらしく、土原さんから彼女の家のことを説明されて、ようやく納得して貰えたのだった。


 放課後になって。

 俺は想衛学園のことなど色々と教えてもらうために、例の車で彼女の家に向かった。中学に通うために使っている仮の家ではなく、少し離れた場所にある本宅に。

 年末に行ったあの洋館ほどではなかったが、ここも豪勢な造りで。やはり慣れないな、と自嘲してしまった。

 書斎の様な部屋で、久瀬さんに付き従われる土原さんを見て。やはりそういう立場の人なんだなと、改めて思う。

 「どうしたの?」

 「いや……やはり俺には場違いだな、と」

 俺の言葉に、土原さんは口を尖らせた。

 「私が良いって、あなたに傍に居て欲しいって言ってることが、まだ信じられないの?」

 「いや、そういう訳じゃ無いんだけど……」

 思わず口篭る。

 土原さんはじっと俺を見つめて、続きを待っていた。

 「土原さんが……俺のことを……信用してくれているのは嬉しいんだけどさ」

 土原さんが言っていた、彼女が求める俺の資質。それは、そういうことなのだろう。

 土原さんは、俺が何を言わんとしているのか理解した様子で。

 「喜んで貰えるようなことじゃ……無いのよ」

 彼女は俯いて。搾り出すように声を漏らした。

 「土原さん……」

 「私は……あんなことがあったのに……あなたたちからちゃんと話も聞いたのに……自分でも信じてる風に言っていたのに……その上で、それがやっぱり信じ切れなくて、ずっと疑っていたのよ? 結局、自分の判断すら信じられなくなって……久瀬にも話をして……あなたたちに裏が無いか、冬休み中調べさせて……それでどうにか、あなたたちのことを信じて良いんだって、自分に言い聞かせたのよ。──軽蔑したでしょ?」

 やはり、そういう話で。

 「軽蔑なんてしないよ。それは必要なことだったんだろう?」

 笑顔で言う俺を、土原さんは呆然として見た。久瀬さんも驚いている様子。

 「土原さんは……俺なんかが想像もつかない様な……責任とか、色んなものを背負っているんだろう? だから、そういったことには、どれだけ神経を使っても、使い過ぎるなんてことは無いだろうから。その上で、俺のことを信用して貰えたのなら。俺は、それを素直に喜んでいいんだと思っているよ」

 あの時。土原さんは、自分の命が狙われたことを指して、『家の中のゴタゴタ』と言っていた。つまりそれは、彼女の親族、それも恐らくかなり身近な人物から命を狙われたのだろう。身内すら信用できない状況の彼女が、俺のことを信用してくれているのだ。俺はそれを純粋に嬉しく思った。

 「あなた……初めから判っていたの……?」

 「いや、何か判っていたとかじゃなくてさ」

 俺は肩を竦めた。

 「そんなの想定内だって話だよ。そして、俺なんかが親しくさせて貰ってて……もし誰かが勘違いしてさ、俺を人質にでもとって、土原さんに迷惑を掛けるような事態になっても……ちゃんと俺のことは切り捨ててくれよ?」

 俺の言葉に、土原さんは立ち上がって。身を乗り出して、俺に掴みかかった。

 「どうしてそんなことを言うのよ!?」

 悲しげに顔を顰める彼女に俺は。嬉しくもあり、だけど懸念は払拭しておかなければいけないとも思い直した。

 「そう……約束してくれなかったら……俺は、土原さんの傍には居られないから」

 彼女が俺のことを特別視してくれることで、彼女の負担にはなりたくは無かった。

 俺が何を言っているのか、ようやく理解した様子で。土原さんは、力なく手を離して。

 「判った……約束、するわ……」

 項垂れて、ボソリと返事をした。

 久瀬さんは悲しげに俺たちを見ていたが、土原さんに声を掛けるべきか迷っているみたいだった。

 「もちろんさ、俺の身に何かがあったとしても、みすみすくたばるつもりなんて無いからさ。そのための特殊人材育成科なんだろう?」

 さっき説明された学校のカリキュラムには、護身術などの特殊な科目が結構あって。要人に仕える人材について、少しは理解していた。

 土原さんは目元を手で拭って。俺の言葉に気を取り直した様子で、俺を見た。

 「そうよ。そして、あなたがそういう覚悟を持っていると判ったら……学校だけじゃ勿体無いわね。久瀬、智哉には休日はここで訓練を受けて貰うことにするから。色々手配して頂戴」

 すっかり普段どおりの口調の土原さんに、

 「はい、お嬢様」

 久瀬さんも嬉しそうに返事をした。

 俺は土原さんの不穏当な言葉に、やっちまったかなと今更ながら焦ったのだった。


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