16.絮説
神林さんは未だに孤立していて、誰とも親しくしていなかった。
まるで、クラスメイトの全てを拒絶するかのようで。俺は前回最後に彼女が言った言葉を思い出す。
『どうやっても……私に関わろうとする人が……最後には死んでしまうの……』
つまり彼女は、『誰とも関わらなければ誰も死なない』と思っているのだろう。
今の状況を鑑みて。今回の候補は俺かな、と苦笑してしまった。俺以外、誰も彼女に関わろうとしていないのだから。
終業式が終わって。
俺は、早々に帰宅しようとする神林さんの前に立ち塞がった。
彼女は俺を見て。悲しげに目を逸らすと、振り返って教室の反対側から出ようとした。だが、そちら側は音葉が塞いでいた。
彼女は追い詰められた小動物の様に、辺りを見回して。楠見さんと土原さんまで自分の様子を窺っていることにも気付いて、諦めたようにがっくりと肩を落として俯いた。
「聞きたいことがあるんだ」
五人で連れ立って、屋上まで上がって。寒空の下、神林さんを囲むように俺たちは座った。
神林さんはずっと思いつめたような顔で俯いていた。
「神林さん……俺、教えて欲しいんだ。神林さんが知っていることを……この、俺たちが時間を繰り返す理由と、神林さんに付きまとう死について」
神林さんは、俺を見て。そして、他の三人を見回した。彼女らは、そのことを知っていると、頷いて見せた。
「多分、私が最初に死を拒絶したことが発端なのだとは思うけど……どうして、なんて理由とか理屈は、私にも判らないの……」
彼女は空を見上げて。悲しげに記憶を辿る。
「クリスマスイブに……私に近しい人が死ぬのは、最初からだった……それ以降、相手は違えど……毎回、誰かが死んでしまって……だから私は……今回は誰とも接しないようにして来た。孤独は辛かったけれど……私のせいで誰かが死ぬのはもう見たくなかったのよ」
その目に涙を溜めて。そして、俺の方を見て、涙が零れた。
「だからもう、私に近付かないで……」
俯いて、歯を食いしばって耐える彼女を見て。俺は、残酷だと思ったけど、話を続けた。
「もう手遅れかもね」
俺の言葉に、彼女は呆然として、俺を見た。
「神林さんは、君に関心がある人とか近しい人が死ぬって言ってたけどさ。その基準が判らないから断言は出来ないけど、君の周りに居る男子の中で、現時点で神林さんに一番関心を持っていて、関係が近いのは俺だと自覚しているからさ」
死の対象を指しているのに、まるで他人事だな、と自分でも思ってしまった。
神林さんは俺の言葉に、まるで何かに絶望したような顔をしていた。
「今更対象の変更は出来ないでしょうね。だから、事態を理解して、どうにかするしか無いのよ」
土原さんが冷たく言い放つ。神林さんに、どうにかしろと発破を掛けているのか。
「嫌……」
神林さんが力なく呟く。
「もう……嫌なの……智哉が死ぬところは二度と見たくないの!!」
神林さんは両手で顔を覆って。へたり込んでそのまま号泣してしまった。
「あなた……榊君と付き合ったことがあったの?」
神林さんが少し落ち着いたところを見計らって、楠見さんがそこを問う。
神林さんは、黙って頷いて。そして、事の発端を語り始めた。
「時間を繰り返す前……一番最初の年。私は、榊君と付き合っていたの。クリスマスイブに、デートの待ち合わせをして。そのとき、私を庇って、榊君が車に撥ねられてしまった……榊君は私の手を握って……そのまま息を引き取ったのよ。私は……その事実が受け入れられなくて……何もかもが嫌だと、元に戻してと強く願ったの……そうしたら……始業式の日まで時間が巻き戻ったのよ」
やはり。理屈とかは判らないが、それ自体が彼女の願いだったのだ。
「二回目が始まって……私は、クラスメイトたちとの距離感を見失っていて……全然馴染めなくなってしまっていたの。そして……私と付き合って、私と待ち合わせをしたせいでまた榊君が死んでしまうんじゃないかと思ったら……もう榊君に声を掛けることすら出来なくなっていたわ。それでも孤独に耐えかねて……どうにか他の人と仲良くなって……でも、そうしたら……今度はその仲良くなった相手が死んでしまって……それを繰り返していたのよ」
俺が、ループする記憶を保持する以前の話か。俺にとっての最初の周で、俺が音葉と付き合い始めたときから見せていた、彼女の切なそうな表情は、そういう理由だったのだ。そして、それ以前は俺に対して接触を避けているように見えたのも。
「俺……随分と無神経なことを言っていたんだな……」
音葉のことで、そういった切なさは十分に理解出来ていた。いや、神林さんの場合は、俺よりもっと心を痛めただろう。自分が付き合っていた筈の男が、目の前で他の女といちゃいちゃしていて。見せ付けるかのように、友達になろうなんて言われたのだ。彼女はどんな気持ちでそれを受け入れたのだろうか。俺は、神林さんにものすごく申し訳ない気持ちになった。
神林さんは、力なく首を振った。
彼女が俺を許そうと思うその気持ちも、俺には理解出来てしまって。どうしようもなく切ない気持ちになって。堪えきれず、涙が溢れてしまった。
「泣いてる場合じゃないでしょ」
音葉が俺の背中を叩く。
「そうよ。今はあなたの命が掛かっているんだから」
土原さんが音葉の言葉を継いだ。
「そして、あなたが死ななければ、時間のループは抜けられると思うから頑張りましょう」
「えっ……?」
唐突な話に、全員が土原さんを見た。
「神林さんの話を聞いて思ったんだけど。事の発端が、榊君の死で。そして、死ぬのが榊君でなくてもループしてしまう。しかも、榊君の死自体を、他の人に押し付けられてしまう状況。ならば、解決するためには、最初の事象を克服するしか無いと思うのよ」
思う、と言われても。だけど、それを否定する材料も思いつきも無く。
「榊君のことは、私たちが死なせないから」
自信満々に、右拳で豊かな胸を叩いた。
「無理よ……その日になると、どうしてか知らないけど……会えないと断っても……私に近付こうとして、死んでしまうの……逆に、私の方から迎えに行くからと家で待って貰って……その家が火事になったこともあったのよ……」
神林さんは力なく項垂れた。
だが、土原さんはまだ自身ありげで。
「これは推測に過ぎないんだけど……本来なら、榊君の事故は、三城谷さんの事故のように、容易に回避できるものだったんじゃないかしら? 私のときみたいな、悪意の第三者が仕組んだことなら話は別だけど、そうじゃないんでしょう? それとも、神林さんに男が近付くことを許さない第三者がいるとでも?」
そう言われると、死の必然性は見えて来ない。
「そして、神林さんに近付く男が死んでしまうのは……神林さん自身が持っている業なんじゃないかな。榊君が死ぬという事象を受け入れられなくて、その事象を他の男に押し付けてしまうという業。相手が榊君ではないせいで、それを回避することも出来なくなってしまうんだと思う」
最早理屈にもなってはいないと思うのだが、それでも、どこが間違っているとか誰も指摘できなくて。俺たちは、ただ土原さんの意見を聞いていた。
「だからさ。何ら根拠がある訳でも無いのだけれど。神林さんの話では、死ぬのは常に一人だけみたいだから。私たちがずっと榊君と一緒に居て、絶対に一人にしないようにすれば。どうかな?」
結局。誰も土原さんの提案内容を否定できず、押し切られたのだった。
サブタイ考えるのも大変です……




