14.抗う道行(3)
土原さんが事故に遭う当日の昼休み。
最終打ち合わせのため、音葉は弁当を持って、俺の前に立った。
「真樹、智香子、ごめん。今日はちょっと用事があるから、お昼外れるね」
楠見さんも、いつも一緒に昼食を食べている二人に断りを入れて、音葉に倣う。
俺は彼女らに頷いて、弁当を持って席を立った。
一瞬遅れて、教室がざわつく。
それを無視して、俺たちは一緒に教室を出た。
寒空の中、わざわざ屋上に出てくるやつは俺たち以外におらず、内緒話には持って来いの場所になっていた。
「最終確認をするわね」
真っ先にサンドイッチの弁当を食べ終えた音葉がノートを開く。中には地図のコピーが貼り付けてあった。
前回の出来事は、既に彼女らに説明済みだ。時間をずらしても、土原さんの到着時刻に合わせて事故が起きたことと、事故を回避した後にまた事故が起きていることから、彼女らもそれは仕組まれた犯行であると断定していた。
「該当の事故は、当初の予定通りなら十六時五十分頃、拡張工事中の山菱デパート西側、で合ってる?」
俺は、唐揚げを飲み込みながら頷く。
音葉は自分で言った内容を、ノートに書き込む。復習のつもりらしい。
「そして……土原さんが学校から現場まで歩いて到着するのに二十分くらい?」
「ああ。前回、俺が後をつけたときは、それくらいだった」
「ふむ。それだと……逆算して、土原さんが学校を出るのは十六時半頃ね。相手が土原さんの動向を確認していると想定して……少なくともその時間より前から待機しているかな? ……土原さんがもっと早く出る可能性は無いの?」
「いや、待ち合わせの時間に合わせて学校を出るつもりらしいから、大きく外れることは無いと思う」
前回、俺が引き止めたときは、確かそんな話をしていた。
「そっか……。罠を張っていた訳だから、それも把握しているか、それ自体が罠の一部なんでしょうね。それじゃ、あたしは……早退して十六時より前には現地入りするわね。本当なら、もっと早く入って色々調べてみたいけど、向こうに見つかる訳にはいかないし。いい具合に証拠を押さえられる場所を探して見るわ」
音葉はそのこともノートに書き込む。
「気をつけてくれよ……本当なら俺が行きたいところなんだから」
どんな相手が潜んでいるかも判らないのだ。
「しょうがないでしょ? あんたには土原さんを事故そのものから救うという重要任務があるんだから」
そう。狙って引き起こされる事故でもあるし、犯行の証拠を押さえないといけないから、事故自体は普通に起こさせる必要があるのだ。だから、事故そのものから土原さんの命を守る役が必要になる。そっちの役を二人に任せる訳にもいかなかった。
「それって……人が操作するんじゃなくて、機械を遠隔操作して犯行に及ぶ可能性は無いのかな?」
楠見さんが懸念を口にする。俺も、考えない訳ではなかった。だけど、それは無いだろうと判断していた。
「それだと、よけいな物的証拠が残るだけで、結局それの回収とか必要になるだろうから……かえってリスクが高くなると思う。事前に調べた情報だと、今日はあの工事は午後から中断する予定なんだ。だから、人が操作しても見つかるリスクは少ないと思っているだろう。そのおかげで三城谷も潜入し易くなってるんだが、逆に、こちらが犯人から見つかるリスクは上がってしまう」
「大丈夫だって。まかせなさい」
音葉は左手で薄い胸を叩いて見せた。そして、
「危険なことはしないから、安心して」
愁いを帯びた、優しい笑みを俺に向けた。今回の音葉は、前々回に俺と付き合ったときよりも、優しい表情をする。
「もし、何か危険な状況になったら」
楠見さんが話を引き継ぐ。
「直ぐに私が通報するから、安心して」
楠見さんも、音葉と同じような表情で俺を見た。
楠見さんは地図を指差す。
「私は音葉と同時刻から、西側のバスターミナルの屋上から監視しているわね。父から望遠レンズも借りてきたから……人影が見えたら連絡するから、現場に入る前に通話状態にしておいてね」
彼女は携帯とヘッドセットを音葉に差し出した。
「母から借りてきたの。無料通話だから、遠慮なく使って頂戴」
音葉は携帯を持っておらず、連絡の為に用意してくれたのだった。
「判った。ありがとね」
音葉は受け取ると、スカートのポケットにしまった。
「色々すまない」
頭を下げる俺に、楠見さんは微笑んだ。
「気にしないでよ……私なんかのために、あんなことまでさせてしまったのだから。あなたのやりたいことに、とことん付き合わせて貰うわ。それより、そろそろお昼休みが終わってしまうわよ。早く食べてしまいましょう」
いつの間にか、楠見さんも弁当を食べ終わっていて。まだ弁当が残っていた俺は、急いで残りを掻き込んだのだった。
放課後。
音葉と楠見さんは早退していた。今頃は持ち場で待機しているだろう。
俺は、土原さんの動向を確認して。少し離れて、こっそり後を追う。楠見さんの携帯は、通話中でもメールが見れるらしいので、予定外のことがあったらメールで知らせることになっていた。
今のところ、ほぼ予定通り。土原さんは図書室で暫く時間を潰した後、十六時二十八分頃に学校を出て。徒歩で寄り道をすることなく、十六時五十一分頃には山菱デパート付近に辿り着いた。
土原さんは、予定通り西側を歩いている。少し離れたところで、俺は上を見た。今現在、工事は中断されているにも関わらず、ゆらゆらとクレーンが鉄骨を運んでいた。
鉄骨の全貌が見えたところで、──俺は走り出した。ほぼ同時に、鉄骨を吊るすワイヤーが爆ぜるのが見えた。
後は一切の躊躇も無く。俺は土原さんに向かって全力疾走して、土原さんの左側をすり抜けるような位置まで来たタイミングで、右手を土原さんの右脇に挿し込み、左手で土原さんの左腕を掴んで引っ張って。
「──きゃあ!」
悲鳴を上げる彼女に構うことなく。そのまま突き飛ばすように、土原さんを前方に運んだのだった。
勢い余って、二人して前に転ぶ。
「痛っ……何なのよ──」
転んだまま、彼女は文句を言いかけて。
ぐわんっ!
落ちてきた鉄骨が派手な音を立てた。その衝撃と振動で空気がビリビリ震えて。欠けた歩道の欠片やら砂埃やらが辺りに舞い上がる。
土原さんは、上体だけ起こして振り向いて。その惨状に言葉を無くしていた。
「大丈夫だった?」
俺は、呆然としている彼女に手を差し出した。
「あなたは……榊君?」
彼女は差し出された手を取り、起き上がって。相手がクラスメイトであることに驚いた様子。
「助けて……くれたの?」
彼女はまだ事態が飲み込めていない様子で、呆然としながらも今何が起きたのかを確認していた。




