13.吐露
翌日。
俺も音葉も、何食わぬ顔で登校したのだが。教室に入ると、楠見さんが怪訝そうに俺の方を見ていた。
さすがにフルフェイスのヘルメットを被った音葉には気付いていないみたいだったが、ゴーグルとバンダナで顔を隠しただけの俺には気付いたのかも知れない。小声でだが、声も聞かせてしまったし。
それが判っていたから、放課後になって彼女が俺に接近してきても、俺は慌てなかった。
「ちょっと、いいかしら」
楠見さんは、思いつめた様子で、俺を教室から連れ出した。
そのまま、屋上まで連れて行かれる。放課後ということもあって、屋上には誰も居なかった。
「あなた……なんでしょ?」
昨日のことをストレートに聞かれて。とぼけて見せようとしたが、彼女の視線を受けて、言葉を出せず。
「私のことを助けてくれたのは判ってる……でも……あれはやり過ぎよ……死人まで出ているのよ?」
昨日のことは朝からニュースになっているらしいのだが、俺はそんなものはどうでもよかったから、ろくに見てもいなかった。ただ、楠見さんを助けることが出来たという事実だけで、胸がいっぱいだった。
「榊君は……どうしてあの場所に居たの? 不良狩りでもやっているの?」
彼女は、俺が手馴れているとでも思ったのだろうか。それが常習的なことの様に。まぁ、彼我の人数差を考えれば、しかも彼女にはそれが不意打ちであることすら判っていないのだろうから、勘違いしても仕方がないのかも知れない。俺としては、別に彼女に感謝されたくてやった訳でも無いし、ただ彼女が無事でありさえすれば他はどうでもよかったから、そういう理由だということにしても良かったのだが。
「絵梨菜のことを助けに行ったのに決まっているでしょ!」
いつの間にか、音葉も屋上に来ていて、楠見さんに詰め寄った。
「……昨日は私の後をつけていたの?」
楠見さんは困惑気味に俺を見つめる。
「違うわよ。榊は、絵梨菜があの場所で襲われることを、事前に知っていたのよ」
音葉は憮然として楠見さんを睨む。
「そんな筈は無いわ! だって、昨日、私があの道を通ったのは……ただの思いつきだったのよ!?」
「それでも。私はそのことを彼から聞いて、事前に準備してあの場所で待っていたのよ」
音葉はもう一人が自分であることを明かす。楠見さんは愕然として音葉を見つめた。
「どうやって……? ひょっとして……未来が見えるの……?」
そう問われるが、俺はうまく説明出来ず。
代わりに、音葉が口を開いた。
「この人の口ぶりだと、未来が見えるというより、過去を追体験しているみたいだけどね」
「……どういうこと?」
「絵梨菜のことを、今度こそ助けたいんだ、って。彼はそう言ったのよ」
音葉の言葉を受けて。楠見さんは呆然と俺を見た。
「以前、私が事故に遭いそうになって、彼に助けられたときも……この人、今度はお前をちゃんと助けることが出来た、って。そう言って、泣いたのよ」
言いながら、音葉は涙を浮かべた。そして、それを拭って、俺の方を見た。
「あたしも、どういうことか教えて欲しい。あなたの身に何が起きているの?」
二人に詰め寄られて。俺は、仕方なく事情を話すことにしたのだった。
「俺は……この三年生の時間を、繰り返しているんだよ。始業式から、クリスマスイブまでの間を」
俺の言葉に、音葉は「やはりそういうことなのね」と呟いた。
「といっても、まだそれ程多くは無いんだけどね。……俺は、三回目なんだ」
「俺は、って……他にも誰かいるの?」
言い回しに気付いて、楠見さんに突っ込まれる。
俺は、彼女のことを話していいものかと悩む。だが、二人の真剣な目に、嘘を吐く気にもならなかった。
「はっきりそうだと聞いた訳じゃ無いんだが……神林さんは、多分俺よりも多く繰り返している」
意外な人物の名前に、二人が驚く。
楠見さんは暫く目を閉じて。そして、ため息を吐いた。
「神林さんも、色々と知っていて……それでも何ら行動するでもなく、傍観を決め込んでいたんだ」
楠見さんのその批難するような口調に、
「彼女を責めるのは止めてくれ!」
俺は我慢が出来ず、咄嗟にそう叫んでいた。
二人は驚いた様子で、怪訝そうに俺を見たのだが、俺の表情を見て、言葉に詰まった様子。
「俺は……繰り返しの一度目ですら……心が張り裂けそうになったよ……」
「……えっ?」
「三年生を冬まで過ごして……仲良くなった相手に……付き合うようになった恋人にすら……冷たくあしらわれることが……また一から関係を構築していくことが、どんな気持ちになるか……君らに判るか?」
俺の言葉に、二人が息を呑む。
「それでも……俺はまだ……クラスの二割は初めから仲がいい状態からのスタートだったから……顔見知りという括りも含めれば、半分くらいはそうだ……それに、他のクラスにも仲がいいやつはいたから……それを心の支えに、なんとか耐えることが出来たんだ。だけど、あいつは……誰一人知らない状態から……毎回全ての人間関係を構築していかなければいけないんだよ……」
「そんな……」
俺が、始業式から繰り返していると言ったことと、神林さんが三年になって転校して来たことを思い出して繋がったのだろう。それがどういうことか理解して想像出来た様子で、彼女らが動揺しているのが判った。音葉は呆然としていて。楠見さんは口元に手を当てて、難しい顔をしていた。
「俺にはそれが……理解できたから……彼女がどういう行動を取ろうとも……それを批難する気にはなれない。そして、何かをするということは……その場で終わる事象じゃ無いんだよ。俺は、何も考えずに……ただ君たちを助けたけれど……そのことで、他にどういう影響が出るのか、俺にも判らないんだ。俺らに危害を加えてくる赤の他人なんて、何人死んでも構わないけど……俺や神林さんが何かをすることで……近しい誰かを傷つけることになるかも知れないんだよ。だけど俺は……何もしないことで……三城谷や楠見さんが死んでしまうことには耐えられなかった……」
俺はみっともなくポロポロと涙を零してしまった。
二人は心配そうに俺を見つめていたが、それでも俺が泣き止むまでそのまま待っていてくれた。
そして。
楠見さんは、前回俺を慰めてくれたときの様な、優しい表情で俺を見つめた。
「他に……助けが必要な人はいるの?」




