第十一話 肩書 ①
とある日の夜。
ゼノビア町の大衆居酒屋にて。
「「「「カンパーイ!!!」」」」
威勢のいい掛け声と共に、四つのジョッキが勢いよくぶつかり合う。
今夜はゲスオと大学時代の同期生たちによる、ささやかな同窓会が開かれていた。
「いや〜、みんな久しぶりでゲス」
「五年ぶりくらいか?」
友人のエースケが、懐かしそうに三人の顔を見回す。
「もうそんなに経つのかよ!?」
「時が経つのは早いなあ」
驚くビーサクの隣で、シーノスケがしみじみと呟いた。
「皆すっかりオジサンになっちゃって」
「そう言うビーサクが一番オジサンでゲス」
ビーサクの言葉をゲスオがすかさず茶化し、久しぶりに集まった一同は楽しそうに笑い合う。
「でもお前、そのお腹はヤバいぞ」
エースケがビーサクのたるんだ腹を見ながら指摘する。
「お前らだって似たようなもんだろ!」
「オイラもコレステロール値がヤバいでゲス」
言い返すビーサクに続いて、ゲスオも自分の健康事情を打ち明ける。
「俺さ、白髪もヤバいんだよね」
今度はシーノスケが、自分の髪を触りながら苦笑する。
「俺なんか生え際も終わってるわ」
最後にエースケが自分の生え際を晒すと、三人の視線が一斉にその額へと集まった。
「「「…………ワハハハハ!!!」」」
くだらない話でひとしきり盛り上がったところで、ビーサクがふと話題を変える。
「そういやお前ら、今何してんの?」
話題はいつしか、同窓会ではお決まりの仕事の話へと移っていく。
「オイラは今、教会で働いているでゲス」
ゲスオが自分の仕事を明かすと、三人は揃って驚いたような反応を見せる。
「ゲスオが教会!?」
真っ先に声を上げたのはシーノスケだった。
「全然似合わないな」
「大丈夫なのかよ」
エースケとビーサクも続けて茶化し、三人はゲスオをからかうように笑い出す。
「みんな酷いでゲス!」
「いや、悪かったって」
「ごめんごめん」
「あんまり怒んなよ」
三人は笑いながらゲスオに謝る。
散々笑われたゲスオは、不満そうに頬を膨らませながら聞き返した。
「それで、皆はどうなんでゲス?」
「俺は相変わらず工場勤務だよ」
エースケがそう答えると、シーノスケが感心したように声を上げる。
「凄いねエースケ。ずっと同じ会社で働いてるなんて」
「オイラなんか転職してばっかりでゲス」
「給料ってどうなの? 今、製造業って給料いいんだろ?」
ビーサクが興味津々といった様子で、エースケに尋ねる。
「まあ上がったよ」
「良かったじゃん」
「…………そんでこれから役職がついて、もっと昇給するっぽいんだ」
どこかよそよそしい様子で、エースケが自分の昇進について明かす。
「凄いなあ。ビーサクはどうなの?」
シーノスケが話を振ると、ビーサクは少し間を置いてから口を開く。
「…………実は俺も役職がついちゃってよ! 給料上がったんだよね!」
「やるじゃん! シーノスケは?」
今度はエースケがシーノスケに話を振る。
「…………俺もまあ、一応だけど管理職って感じかなぁ」
「シーノスケもやるなあ!」
「いやぁ、それほどでも〜」
ビーサクに褒められ、照れくさそうに笑うシーノスケ。
こうして三人は互いの出世を喜び合い、大いに盛り上がっていた。
「………………」
そんな三人を前に、ゲスオだけが言葉を失う。
五年ぶりに会った同期たちは、いつの間にか役職がつき、給料も上がり、それぞれの道を着実に歩んでいた。
「み、みんな偉くなっちゃって、凄いでゲス……」
ゲスオが複雑な表情を浮かべながら呟くと、エースケが励ますように声をかける。
「何言ってんだよ。お前だって頑張ってるじゃん」
「そうだぜ、ゲスオ」
「みんなで頑張ろうぜ!」
ビーサクとシーノスケも続けてゲスオを励ます。
「ゲ、ゲスゥ」
引きつった笑みを浮かべるゲスオ。
もちろん、友人たちの出世はめでたい。
めでたいのだが――。
今の自分と比べてしまうと、どうしても心の底から喜ぶことができなかった。
そんなゲスオの複雑な心境など知る由もなく、久しぶりの同窓会は和やかな雰囲気のまま幕を閉じたのであった。
★★★
翌朝。
朝食を終えた一同が食堂でくつろいでいると、突然ゲスオが勢いよく立ち上がった。
「ゼルさん! オイラも役職が欲しいでゲス!!!」
「なんだようるせえなぁ」
突然の大声に、ゼルは機嫌が悪そうに顔をしかめる。
「ゲスオさん、急にどうしちゃったんですか?」
「同窓会で再会した友達が、みんな出世してたらしいっす」
困惑するソフィに、事情を説明するユニコ。
「そうでゲス! みんな出世して立派になっていたでゲス! それに比べてオイラは……!!」
昨夜の同窓会を思い出し、ゲスオが悔しそうに拳を握り締める。
「なあゲスオ、お前は役職なんて無くても十分立派だぞ」
「えっ、本当でゲス?」
思いがけない言葉に、ゲスオは照れくさそうに頬を緩める。
「――って、そんな心がこもっていない言葉には騙されないでゲス!!」
「チッ……」
誤魔化せなかったゼルが、面倒くさそうに舌打ちをする。
「でも実際、精一杯働いているだけで立派だと思いますよ?」
「労働の尊さに役職や肩書きなんて関係ないっす。働いている人間はみんな偉いっす」
ソフィとユニコはゲスオを励ますが、本人は納得がいかない様子で抗議する。
「そんな綺麗事が言えるのは若い内だけでゲス! 世の中の大半の大人は、あってもなくても変わらない様な仕事を嫌々やらされているだけでゲス!!」
「いや、そんな事は無いと思いますケド……」
「とてつもない偏見っす」
二人から冷静に否定されるも、ゲスオの勢いは止まらない。
「社会的地位の高い人が『仕事に優劣は無い』とか言うほど、オイラの自尊心は崩壊していくでゲス〜!!」
ついに感情が爆発し、ゲスオはその場で泣き出してしまう。
「オイラみたいに他人に誇れるものが無い人間は、役職や肩書きが必要なんでゲス〜!!」
泣き叫び続けるゲスオを前に、ソフィとユニコは困り果てて顔を見合わせる。
「……わかった」
「ゲスゥ?」
それまで黙っていたゼルが、面倒くさそうに口を開く。
「おいゲスオ。仕方ないから役職者にしてやるよ」
「えっ、いいんでゲス!?」
思いがけないゼルの言葉に、ゲスオは顔を上げる。
「本当だ。だからもう泣き叫ぶんじゃないぞ」
「ゼルさん、ありがとうでゲス!」
先ほどまで泣いていたのが嘘のように、ゲスオの顔が一瞬で明るくなる。
「ゼルさん、本部の許可無く勝手に決めちゃっていいんですか……?」
「まあいいんじゃねえの?」
あまりにも適当な返事に、ソフィは冷たい視線をゼルへ向ける。
「やったぁ! 念願の役職でゲス〜!!」
「うおお!! ゲスオさんから役職者のオーラがあふれ出ているっす〜!!」
「いや気の所為ですよ」
興奮するユニコにソフィが冷静に指摘するも、すっかりやる気になったゲスオの耳には届いていない。
「これからは〝役職者〟として、死ぬ気で働くでゲス〜!!」
――こうして、出世が約束されたゲスオは、仕事の鬼となるのであった。




