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1で進めてください

1で進めてください

ありがとうございます。


では、第二章の締めくくりとして、主人公二人自身が「町の記憶」と向き合う回にします。


ただし約束どおり、


* お互いには見せない。

* 告白のような空気にはしない。

* 「少し気になる」以上には進めない。


その代わり、読者だけが二人の内面を知る構成にしてみます。



第二十九話「まだ書いていない一日」


展示が始まって二週間。


投稿は百枚近くになっていた。


町のあちこちから集まった言葉は、一枚ずつ違う景色を持っている。


それでも、不思議と一冊の本を読んでいるようなまとまりがあった。



閉館後。


展示を見回っていた館長が言う。


「そろそろ。」


直人と紗季を見る。


「二人も書いてみたらどうかな。」


「町の一日。」



直人は少し笑う。


「まだ決まっていません。」


紗季も頷く。


「私もです。」


館長は急かさない。


「決まらなければ、それでもいい。」


「思い出す時間も、この企画の一部だから。」



その日の帰り。


二人は商店街まで一緒に歩く。


夕暮れは早くなり、店々には暖色の灯りがともり始めていた。


「書けそうですか。」


直人が尋ねる。


紗季は少し考える。


「まだ。」


「思い出はあるんです。」


「でも。」


「一日を選ぶのが難しいですね。」


直人も同じだった。


「僕もです。」


それ以上は話さなかった。


選ぶことは、捨てることでもある。


二人とも、まだその決心がつかなかった。



数日後。


直人は休日の午後、一人で図書館へ来ていた。


利用者として。


窓際の席へ座る。


本を読むためではない。


白紙を前にして考えるためだった。


町の一日。


どの日を書くべきか。



思い浮かぶのは、


子どもの頃の縁側。


洗濯物を畳む母。


宿題。


風鈴。


遠くから聞こえる選挙カー。


どれも特別ではない。


だからこそ、今も残っている。


直人は静かにペンを走らせる。



一方、紗季は写真館の二階にいた。


営業を終えた店内。


アルバムを片付けながら、ふと窓を開ける。


秋の風が入ってくる。


思い出したのは、幼い頃の閉店後だった。


父がシャッターを半分だけ下ろす音。


母がお茶を淹れる音。


現像機の静かな動作音。


そして、自分は床に座って絵本を読んでいた。


誰も急がない時間。


その空気だけが、今も胸に残っている。


紗季も、一枚だけ紙を書く。



翌週。


図書館へ二枚の封筒が届いた。


一枚は直人。


一枚は紗季。


どちらも名前だけ書かれ、封は閉じられている。


館長は二人を見る。


「読む?」


二人は同時に首を横へ振った。


「まだ。」


「まだです。」


また声が重なった。


館長は笑う。


「じゃあ。」


「預かっておこう。」



封筒は、他の投稿とは別の引き出しへしまわれた。


展示もしない。


誰にも見せない。


いつか読む日が来るのか。


来ないのか。


それはまだ分からない。



その帰り道。


図書館を出たところで、紗季がふと立ち止まる。


「浅井さん。」


「はい。」


「今日は。」


少し迷ってから言う。


「書けて、よかったですね。」


直人は静かに頷く。


「はい。」


「水野さんも。」


「はい。」


短い会話だった。


何を書いたかは聞かない。


聞いてしまえば、この時間は少し違うものになる気がした。



二人は別々の道を歩き出す。


直人は思う。


水野さんは、どんな一日を選んだんだろう。


答えを知りたい、というほどではない。


ただ、少しだけ気になった。


同じ頃。


紗季も思う。


浅井さんが選んだ一日は、きっと浅井さんらしいんだろう。


理由はない。


でも、そんな気がした。


それだけだった。


秋の風は、町の上を静かに吹き抜けていく。



この回について


私は今回、意図的に二人の文章を読ませませんでした。


もしここで互いに読んでしまうと、関係性が一段進みすぎます。


むしろ「書いた」という事実だけを共有し、「何を書いたか」はまだ互いの内側に残しておく方が、この作品には合っています。


そして最後に入れた「少し気になった」という一文も、恋愛感情ではなく、「この人が見ている世界を少し知りたい」という、ごく控えめな関心として描きました。


これで第二章はきれいに閉じられると思います。第三章では、この「封じられた二つの町の一日」を背景に持ちながら、再び町の人々へ視線を広げていく構成にしたいと考えています。

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