では進めましょう。
では進めましょう。
ありがとうございます。
では、この章の流れどおり、①町の声が増える段階へ進めます。
恋愛については約束どおり、「少し気になる」以上には踏み込みません。今回の主役はあくまで町の記憶です。
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第二十五話「集まり始めた声」
九月の終わり。
図書館の木箱には、少しずつ紙が増え始めていた。
一日に一枚。
多い日で二、三枚。
それほど多くはない。
けれど、一枚も入らなかった最初の日々を思えば、それだけで十分だった。
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閉館後。
直人は集まった紙を一枚ずつ読み、日付だけを鉛筆で記していく。
紗季も仕事帰りに立ち寄り、写真館に置いた箱の分を持ってきた。
「今日は四枚ありました。」
「図書館は三枚です。」
いつしか、それを報告し合うのが自然になっていた。
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館長は笑う。
「競争じゃないんだから。」
二人も少し笑う。
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その日の投稿の一枚。
「秋祭りの日、祖母が赤飯を炊いていた。
祭りより、その湯気を覚えています。」
もう一枚。
「高校生の頃、図書館の窓から初めて台風を見た。
本より外ばかり見ていました。」
さらに。
「商店街の時計屋さんが毎日夕方五時に店を閉める音。
その音で家へ帰っていました。」
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どれも短い。
誰かの人生を大きく変えた話ではない。
けれど、不思議と読み終えたあと、町の景色が少しずつ立ち上がってくる。
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紗季が言う。
「同じ町なのに。」
紙を並べながら続ける。
「みんな違うものを覚えているんですね。」
直人は頷いた。
「だから町って、一つじゃないのかもしれません。」
「一人に一つずつある。」
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館長はその言葉を聞いて、小さく微笑む。
「いい表現だね。」
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数日後。
木箱の横に、小さな変化があった。
投稿した人なのだろう。
一輪の野菊が、小さな瓶に生けられていた。
誰も置いたところを見ていない。
名札もない。
館長はそのまま受付の端へ飾った。
「これも投稿みたいなものですね。」
紗季がそう言うと、館長は頷いた。
「文章じゃなくても。」
「町を残そうとする気持ちならね。」
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その帰り道。
秋の空は高く、風は夏より軽かった。
二人は歩きながら、今日読んだ投稿の話をしていた。
「私は時計屋さんの話が好きでした。」
紗季が言う。
「音で時間を覚えているのが。」
直人は少し考える。
「僕は赤飯です。」
「湯気まで思い出せそうでした。」
紗季は笑う。
「食べ物なんですね。」
「そういうところがあります。」
直人も笑う。
その笑い方を見て、紗季はふと考える。
この人は、思っていたよりよく笑う。
それだけだった。
特別な感情ではない。
展示の頃には気づかなかった、小さな発見だった。
一方の直人も、歩きながら思う。
水野さんは、人の話を急いで結論にしない人なんだな。
そのことが、なぜか心地よかった。
それ以上のことは考えない。
考える必要もなかった。
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図書館へ戻ると、館長が投稿を整理していた。
「見てごらん。」
机の上には、投稿された紙が地域ごとに並べられている。
商店街。
川沿い。
小学校。
神社。
駅前。
「面白いですね。」
直人が呟く。
「みんな違う場所を書いているのに。」
館長は続きを引き取る。
「全部、同じ町なんだ。」
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その夜。
直人は帰宅してから、ふと自分なら何を書くか考えた。
まだ書けなかった。
紗季も写真館で店を閉めながら、同じことを考えていた。
やはり、まだ書けなかった。
町の記憶を集め始めた二人自身は、まだ自分の「町の一日」を言葉にできずにいた。
それもまた、ごく自然なことのように思えた。




