第47話:2人に報告
「どうぞ、その場所……使ってください」
ミーシャはそう言うと、レイピアを収めてトボトボと岩壁の前から退いた。しかし、数歩歩いたところで自分の足に引っかかり、「わわっ!?」と派手に石畳の上でよろけている。
「……あ、あはは。……なんでもないです、大丈夫ですぅ」
先ほどまでの神速の刺突を放っていた人物と同一人物とは思えないほど、その足取りは危なっかしい。
SRE-SREは呆気にとられながらも、『蝕鎌』を収めて彼女が譲った岩壁へと歩み寄った。
そこには、淡い銀光を放つ鉱石が、岩の奥深くに埋まっている。
SRE-SREは慎重にツルハシを振るい、ようやく目的のブツを掘り出した。掌に伝わる重み。これこそが、彼が求めていた最後のピースだ。
「……助かりました。これがどうしても必要だったんで」
「ふふ、そんなに必死になられたら、お譲りしないわけにはいきませんよね。……あ、申し遅れました。私は『ミーシャ』。見ての通りのレイピア使いです」
ミーシャは丁寧ながらも、どこか抜けたような柔らかい微笑みを浮かべた。
「俺はSRE-SREっていいます」
「SRE-SREさん、ですね。……でも、驚きました。それほどの実力者なら、どこかの大手ギルドが放っておかないはずですけど……見た記憶がないんですよね。どこのギルドの方ですか?」
「いえ、どこにも。基本は三人組のパーティーですけど、特定のギルドに属するつもりはありません」
SRE-SREがぶっきらぼうに答えると、ミーシャはまじまじと彼の装備を見つめ、驚いたように目を丸くした。
「え……? ギルドに入っていないんですか? あのレベルの技術を持った方が野良だなんて……。正直、ちょっとだけ興味が湧いちゃいました」
「……あなたこそ、ただのパシリには見えないけどな。それだけの腕があって、なんでこんな雑用みたいな採掘をさせられてるんだ?」
SRE-SREの問いに、ミーシャは「あはは……」と気まずそうに頬を掻いた。どうやら「自由に動きすぎて怒られた」というのは本当らしい。
「あっ、ちなみに私の所属なんですけど、『unlimited』ってとこに所属してます」
「……アンリミテッド?」
SRE-SREは、その単語を口の中で転がした。
どこかで聞いたことがある。
(アンリミテッド……。あぁ、確か……)
「……前回の『アビスジェネシス』の、優勝ギルド……だったか?」
「えへへ、正解です。……でも、あんまり言わないでくださいね?むやみにギルドの名前を出しちゃうと、またマスターに怒られちゃうんです」
ミーシャは人差し指を口元に当てて「内緒ですよ?」と茶目っ気たっぷりに笑った。
(……優勝ギルドのメンバーが、なんでこんなところで……)
驚きを隠せないSRE-SREを前に、ミーシャは自分のシステムウィンドウを操作して、彼に向かって指先を弾いた。
ピンッ、という軽やかな通知音と共に、SRE-SREの視界に半透明のウィンドウが躍り出る。
【プレイヤー:ミーシャ からフレンド登録の申請が届いています】
「……あ、迷惑でしたか?」
上目遣いに、申し訳なさそうに小首を傾げる彼女。
SRE-SREは一瞬だけ逡巡したが、無言で承認ボタンをタップした。
「別にかまいません。俺も、あなたの実力には興味ありますし」
「わぁ、ありがとうございます! ……えへへ、なんだか今日はいい日になりました」
彼女は荷物を抱え直すと、去り際に振り返り、ふわりとした微笑みを投げかけた。
「次は負けませんよ。……またどこかで、スレスレさん」
そう言い残すと、彼女はひょこひょこと頼りない足取りで去っていった。
一人残されたSRE-SREは、手の中の銀鉱石を見つめ、自分の知らない「最前線」の広さと、そこから繋がった奇妙な縁を改めて思い知らされていた。
*
第十一層、拠点都市『群青の遺都』。
煤けた看板を掲げた路地裏の鍛冶屋には、今も変わらず重厚な熱気と、火花を散らす鉄の音が満ちていた。
ミーシャと別れたSRE-SREは、はやる気持ちを抑えながら、再びその暖簾をくぐった。
SRE-SREは、手に入れたばかりの『晶洞の銀鉱石』や『無明獣の反響核』などの素材をを無造作にカウンターへと並べた。
店主は火床から顔を上げ、並べられた素材を職人の鋭い目で一つ一つ品定めしていく。
「……ふん。いい素材を揃えてきやがったな」
店主は素材を掴むと、それらを計量し、奥の火床の状態を確かめた。
「馴染ませるのに数日はかかる。完成するまで街で待ってな」
「わかった。……ついでに、こいつらのメンテナンスも頼む」
SRE-SREは愛用の『灰白の蝕鎌』と『錆びた鉄屑』を預け、代わりに店主から貸し出された予備の武器を一本受け取った。
「……よし。じゃあ、楽しみにしてる」
短くそう告げると、SRE-SREは熱気のこもった店を後にした。
背後から、リズミカルに響き始める槌の音。
一から組み上げられるその武器が、数日後にどのような姿となって自分の手に馴染むのか。SRE-SREは予備の武器の重心を確かめながら、静かな期待と共に群青の街へと歩き出した。
煤煙と熱気に満ちた鍛冶屋を後にし、SRE-SREは第十一層の拠点都市『群青の遺都』の中央広場へと足を向けた。
石造りの美しい街並みを通り抜ける風が、火床で火照った頬に心地よい。しかし、腰元で揺れる感覚だけはどうにも馴染めなかった。いつもの『灰白の蝕鎌』と『錆びた鉄屑』は現在、店主に預けてある。代わりに帯びているのは、借り物の無骨な鉄の長剣だ。
「重いし、重心が前すぎるな」
数歩歩くごとに、鞘が太ももに当たる。その些細な違和感を覚えながら、彼は待ち合わせ場所である広場のテラス席に辿り着いた。そこには、数日ぶりにログインしてきた見慣れた二人の姿があった。
「よぉ、スレスレ! 悪いな、待たせたか?」
豪快に手を振る浪manの隣で、L-NAが優雅にハーブティーのカップを置いて、ジロリとSRE-SREを上から下まで眺めた。
「ちょっと、あんた何よその格好。……というか、その腰にある安っぽいナマクラは何?」
「これか。今、新しい武器を一から打ってもらっててな。これはその間の代用品だ」
「新しい武器? 強化じゃなくて新調なの?」
浪manが身を乗り出す。SRE-SREは二人の向かいに腰を下ろすと、この数日間の出来事を順を追って話し始めた。
まず、武器新調のために地下水脈でモンスターと戦ったことや、第九層へ希少な銀鉱石を掘りに行ったこと。そこで、底知れない技量を持つレイピア使いのミーシャと出会い、採掘権を賭けて「一撃入れた方が勝ち」の極限の決闘をしたこと。
「……で、その子が実は前回の大会優勝ギルド『unlimited』のメンバーだったんだ」
「はぁっ!? アンリミテッドって、あの……?」
L-NAが驚きのあまり身を乗り出し、浪manは「マジかよ……」と絶句した。
「あぁ、それと第十一層を探索してたら、壊滅しかけてたらとあるギルドを助ける羽目になってな」
SRE-SREは、テッサが率いるギルド『限界歯車』との出会いについて説明した。彼らが実力不足で悩んでいたこと、そして自分が必要とする情報と引き換えに、彼らに「特訓」を施したことを。
「特訓……? あんたが他人に教えるなんて、明日は槍でも降るんじゃない?」
「そんな大層なもんじゃない。タンクが突進で一歩も下がらないように矯正したり、アタッカーが敵の予備動作を見切れるように小石を投げつけて回避の練習をさせたりしただけだ」
「石を投げつけるって……相変わらずスパルタだなぁ」
浪manが苦笑いする。SRE-SREは、その特訓の甲斐あって、彼らが格上の魔物を自分たちの連携だけで倒せるようになったこと、そしてその礼として貴重なデータを貰ったことを付け加えた。
「……っていうのが、俺がソロで動いてた間の出来事だ」
二人がそれぞれの驚きを消化しきれないでいると、SRE-SREの視界にシステムメッセージの着信通知がポップアップした。
「……あ。テッサからだ」
「テッサ? ……あぁ、さっき言ってたそのギルドのリーダーね」
L-NAが合点がいったように頷く。SRE-SREがメッセージを開くと、そこには切実さと期待が入り混じった文章が並んでいた。
『スレスレさん、お久しぶりです! もしよろしければ、明日開催される「アビス・ジェネシス」の予選一回戦に、俺たちがどこまでやれるようになったか、見に来ていただけませんか?』
「予選の試合、見に来ないかってさ」
SRE-SREが内容を共有すると、浪manがニヤリと笑って拳を打ち合わせた。
「いいじゃねぇか! スレスレがどんな風にそいつらを鍛え直したのか、俺も興味あるぜ。武器が完成するまで本格的な攻略は無理なんだろ? ちょうどいい暇つぶしだ」
「そうね。あんたの教え子がどこまで通用するのか、この目で確かめてあげようじゃない」
「そうだな。じゃあ、明日は三人で行くとしよう」
SRE-SREはテッサに「三人で見に行く」と返信を送った。




