時にはさらけ出す事も必要です
シーーン。
ざわついていたのが嘘みたいに静まりかえった。
「……どういう事だ」
眉間にがっつりシワを刻んで言うエルド。
気は確かなのか……?と表情に出ている。
「そのままです。今言った通りですよ」
「――なら、今ここにいる君は一体どう説明するつもりだ?」
探るようにジッと見つめるガイアの眼。
……この眼は苦手や。
嘘や誤魔化しがないか、見定められているようで……。
「お姉さんを疑う訳じゃないけど、とても信じがたいなぁ……。だって、死ぬ程の事故にあったと言う割には、お姉さんの体にある傷は大きくない。せいぜい擦り傷切り傷ぐらいだし」
「そうですね……もし、本当に燐さんが死んだというならば、なぜあなたはここで生きているんですか……?」
「なぜここにいるか……ですか、はは…」
アランの見解、フランの問いかけに私の何かが壊れる音がした。
「……っなぜここにいるか?――そんな事は私が知りたい!いつも通り仕事に出ただけやのにッッ、事故に巻き込まれた!大きな音がして振り向いたら衝撃を感じてその瞬間から体中、痛くて痛くて……っ、失くなりそうな意識でもわかったんは自分はもう助からんって事だけやった!!指一本すら動かせられんかった!っ……今やって、ほんまに私は生きてるんかもわからん……ッッ、ずーっと、夢でも見てるんやないかって……事故から今ここにいてる事全部。やのに、目が覚めたら見た事のない森の中……、どこに行けばいいのかもわからん……っ、帰りたいッッ……!!家族の元にッ!!私が何をしたんや?!普通に生きてたいだけやのにぃ……!!ふっ、、うぅぅ、」
「「「「「…………」」」」」
止まる事無く、ポロポロと溢れだす言葉と涙。
ずっと不安な気持ちを押さえつけ、無理やり理由をつけて前向きに考えてやってきた。
せやけど、限界だったみたいや……。
花頭も花従も誰も何も言わない。
広い部屋に響く私の啜り泣く声。
前を向かなければ、謝って話を続けなければ……そう思うのに、止まらない涙を少しでも見られたくなくて下を向き髪で隠す。
自分が惨めで仕方なくて嫌になる……!!
周りがどんな表情をしてるか見れなかった。「(早く、涙止まれ止まれっ、止まれ!!)」
止まらない涙に焦る燐。
不意にギュッと大きな体に抱き締められた。
「ッッ?!」
驚いて反射的に離れようとしたが、グッと力を籠められて更にきつく抱き締められた……。
だけどほんの少し視界に入ったのは、燃えるような赤色。
「――すまなかった。君が辛い思いをしたと知らなかったとはいえ、俺達の言葉が君を傷つけてしまった。…大切な人に会えないのは辛いよな、寂しいよな……。体もきっと凄く痛かったんだろう……。眼が覚めて突然見知らぬ土地に放り出され、慣れない環境に知らない大勢の人間、怖くて仕方なかっただろ?話してくれてありがとう。此処に危険はない。俺達が君を護る、心も体も。もう大丈夫だ。よく頑張ったな……」
その言葉を聞いて我慢するなんて、―――もう無理やった……。
「ッッ!!ひっく!ふ、ッう!ッッうああああああぁぁぁぁ……!!!!」
燐の体をギュッと抱き締め、あやすように頭を撫でるレアの体温に不覚にも……安心してしまった……。
高そうな服が皺になる事も気にせず、ギュッ!と目の前のレアの服を握りしめ、大きな声で泣き叫んだ。
……止まれって、あんなに思ってたのに、まだまだ涙は止まりそうにない。
ひたすら頭を優しく撫で続けるレアの手に、子供みたいにすがり付いた。
「ひっ、ふぅっ、……ふ、……」
……あれからどれくらいの時間が経ったのか。
徐々に小さくなっていく泣き声と比例して、重くなる瞼。
泣くという行為は思いの外、体力精神力を使うもので、徐々に霞みが掛かる思考の中で燐が思ったのは。
「(いきなり逆ギレしてその上、こんなに泣いて人様に大迷惑をかけてる……。大人ってゆーか、人間としてどうなんやろか?……せやけど、許されるんなら……、あともうちょっと、もうちょっとだけ……人の温もりが傍にあって欲しい……なぁ……)」
徐々に下がってくる瞼の重みに耐えきれず、完全に眼を閉じてしまった。
だから私は知らなかった。
その後の花頭達の会話を……。
ズルッッ!!
「おっと、……ん?ハハ……!!」
「どうした?レア」
突然力の抜けた燐を苦もなく抱えあげたロイは、覗きこんだ彼女を見てつい笑ってしまった。
今まで黙っていたエルドは、レアとその腕の中にいる燐を見て怪訝そうに尋ねる。
「いや、心配ない。泣き疲れて眠ってしまったようだ」
「まるで小さな子供みたいだな……」
ガイアは苦笑した。
「……フン。泣き喚いたかと思えば突然寝る。自由な女だ」
他人が聞けば冷たい物言いに感じるが、いつもの事でレアは気にしない。
それに、ただの"冷たい男"ではないと知っているから燐の頬を撫でながらサラリと、確信を突く。
「ハハッ!!そう言いつつも彼女が気になって仕方ないんだろ、エルド?」
「んなっ?!」
「「ツンデレ((なの)ですか)??」」
「ブハッッ!!」
「――っ、お前達!!」
にこやかに告げたレアの言葉に、追い討ちをかける双子。
額に青筋を浮かべ苛立つエルドに、堪らず吹き出したガイア。
顔を手で覆い隠しているつもりだろうが、肩が震えているのでバレバレだ。
「~~っ、いつまで笑っているんだ貴様はッッ!?」
「ククッ!!わ、悪い……!!」
「言葉と態度が違うだろ!!」
クスクス、ハハッッ。
エルドは後ろにいる花従達も笑っている事に気がついているが、それよりもガイアに笑われているのが気に入らないらしい……。
そんな周りを笑顔で見ていたレアは、燐を横抱きに抱え直し立ち上がった。
「よいしょっと。さて、お前達は彼女を見て"どう感じた"?」
さっきまで笑っていた花頭達はレアの言葉を聞き、抱き抱えられている燐に視線を移した。
「ん~そうだね、僕はわりと好印象かな?嘘をついてる感じはなかったからね♪」
アランはニコニコと笑顔で答えた。
「……そうですね。僕もアランと同じです。素直で素敵な女性だと思います」
フランもアランと同じように笑顔で答える。
「そうかそうか!エルドとガイアはどうだ?」
嬉しそうに頷くレアは残りの二人にも問いかけた。
「ふん。あれが作り話や嘘泣きなら大した役者だ!」
「と、言うことは双子と同じ意見って事だな?」
「……勝手にしろ」
そっぽを向くエルドに笑顔のレアは、その横にいるガイアに視線を向ける。
「俺は……、可もなく不可もなくってところだな。もう暫く様子を見てから判断しよう」
「?……どうしてですか?彼女に嘘を吐く事はできそうにないですし、【花巫女】の証である"香り"もこの場にいればわかるはず。なのに……」
何故?そんな表情で見るフランに、ガイアは苦笑いを禁じ得ない。
「何も彼女の全てがダメと言ってる訳じゃない。ただ一面だけを見たからといって、直ぐに判断するのは早いと思っただけの事だ」
「一面?」
「まあ……考えは人それぞれってことだよ」
ガイアは年下のフランに言い聞かせるように言った。
「フラン、ガイアにはガイアの感じとったものがある。それを否定することは誰にもできやしない。だからといって、フランの考えが悪いという事でもない」
「レアさん……、わかりました」
まだ納得は出来ていない様子だが、これ以上追及したところで結果は変わらないと判断し、フランは言葉を飲み込んだ。
「……そういうお前はどうなんだ、レア」
「ん?そうだなあ……」
腕の中にいる燐を暫し見つめていたレアはクスッと一つ笑うと、彼女の髪で遊びながら言った。
「……この場に現れた彼女を見た瞬間から、好きだと感じた。彼女の持つ瞳や雰囲気、そして人柄に惹かれている。欲しい、手に入れたい……。そんなところだな!!」
笑顔のレアは燐のおでこにかかる髪を手で避けて、そっとキスを落とし話を続ける。
「"異界から来たりし花巫女"は"花頭の妻となる存在"である。これは何百年も昔から続いてきた歴史の一つ。しかし、花巫女が現れるのは奇跡に近い確率だ……。今までの花頭の代でも花巫女が出現しなかった事もある。だが、彼女は俺達の前に現れた!奇跡であり、運命でもある。俺はそう感じている。ただ……彼女自身はそうじゃない。いつもと同じ日常を奪われ、痛い思いをし、気付けば知らない世界にいた。今も怖くて仕方ないだろう……。彼女が少しでも笑顔でいられるように、俺は力を尽くすつもりだ。……彼女が最終的に誰を選ぼうと……な」
力強い眼差しで、レアは花頭を見渡すと一同は真剣な表情をしていた。
「とりあえず彼女をキチンと寝かせてやらないとな!ルイ、行くぞ。お前達も今日は解散だ」
「はい、失礼します」
レアは燐を軽々と抱き抱え、花従のルイと共に部屋を後にした。