エピローグ
本編最終章(31章)後のエピローグになります。実質的な最終回です。
ルカの指先がページを辿ってはめくっていく。
石の壁で囲まれた、ルカだけの世界。初夏の光に温まった石畳。そこにしゃがみ込んだルカは、夢中で本を読む。
「陛下」
呼ばれた気がして、ルカはゆっくりと顔を上げた。
「まさか本当にここにいるとは……」
書庫の入口付近にひっそりと立っているのは、隊長だった。石畳に直に座っているルカを面食らった顔で見つめている。
「ごめん」
ルカが苦笑しながら謝り、そして中へ入るよう促す。隊長の後ろから、別の一人が隠れるようについてきていることに、ルカはようやく気づいた。
「誰だ?」
隊長が「ほら、前に出ろ」とその人の両肩を持ってぐっと押し出す。若い男性だった。その表情は明らかに強ばっている。
「北部隊に新入りが入りました。地下道の開通調査に同行させるので、その前に挨拶をと」
新入りが直立不動の姿勢を取り、震える声で自分の名を言った。
「そうか」
ルカは立ち上がって本の山を縫って歩き、新入りのすぐそばまで行った。彼の肩がびくりと大きく跳ねるのにも構わず、ルカは微笑みかけた。
「調査団はこの国の要だ。どうかよろしく頼む」
ルカの労いの言葉に「はっ」と勢いよく答え、新入りは頭を垂れた。その姿を、隊長が微笑ましげに眺めている。
「こいつは調査団の古参家系の出です。なんでも御先祖が調査団発足に携わった一人だったとか」
「長らくヴァレンのために尽くしてくれているのだな。改めて礼を言う。ありがとう」
ルカの言葉に、新入りはますます深くお辞儀を返した。
「陛下」
頭を下げたままの新入りが、意を決したように話し出す。
「陛下が無類の本好きと伺い、思い出したことがございます」
言いながら、彼の手が上着の隠しへと伸びた。
「我が家に代々伝わっている品がございまして」
取り出されたのは、折りたたまれた真っ白な布だった。真新しい黒手袋に包まれた彼の指先が、その布を丁寧に広げていく。
「——書庫の床に座る王へ返却すべし、と」
跪いた彼から差し出されたものを見て、ルカは息をのんだ。
小さく細い銀片。薄汚れて黒ずんでいる。
ルカは一瞬、長い長い時の向こうにいる友人が、左の口元をぐっと引き上げながらこちらを見ているような気がした。名前を囁く。二百年前からの返事はもちろんない。だが、ルカはそっと微笑んだ。
いのちもまた、繫がっていた。
了




