第3話
2031年 3月 青森県
雪解けの進む青森で、B社の工場から「最初の箱」が出荷された。
1ヶ月の遅れ――その原因となった数々のトラブルは、すべて「最低限の安定性」を確保するための生みの苦しみだった。
完成したDDR4メモリ。
その性能は、かつてのB社を知る者が見れば絶句するほど低い。高負荷のゲームは論外。
しかし、動画閲覧とネットサーフィンするという普段使い程度なら可能。
それでも依然として発熱と安定性に難を抱え、高負荷用途では性能低下が顕著だった。
だが、それこそが「24社連合」の出した最適解だった。
「販売価格、大手他社の平均希望小売価格の380%で確定です」
報告を聞いた古川は、無表情に頷いた。
世界的な供給停止により、他社の希望小売価格など今や空論に過ぎない。
アメリカは背に腹は代えられないとして中国製メモリを一般使用用途にのみ門戸を開けている。
しかし、転売市場では定価の6倍、8倍という狂った数字が踊り、欧州や日本のデジタルライフは窒息寸前にある。
この状況下での「4倍弱の価格」は、強欲な搾取ではない。
飢えた群衆の前に差し出された、唯一の「食べられるパン」なのだ。
「一般ユーザーには割安とさえ思われるだろう。皮肉なものだな」
古川は工場のラインを見つめる。
性能を切り捨て、価格を吊り上げ、それでも世界が縋り付いてくる。
かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の幻影ではなく、もっと泥臭く、もっと非情な「支配」が、青森の地から静かに、そして暴力的に始まろうとしていた。
B社青森工場の稼働開始は、デジタル死の淵にあった日米欧に、劇薬のような活力を注入した。
「――輸出配分は、国内4割、海外6割。これで行きます」
B社の回答は、あまりに短く、あまりに傲慢だった。
国内のPCメーカーやユーザーからは、「なぜ日本企業なのに海外を優先するのか」という悲鳴に近い怒号が上がった。しかし、B社は冷淡に突き放す。
「人口比で見れば、国内4割は十分すぎる優遇措置です。弊社の方針に異議があるなら、他社から調達されることをお勧めします」
在庫を持っている他社など、どこにも存在しない。それは「嫌ならデジタルを捨てろ」という宣告に等しかった。
霞が関――経済産業省の会議室では、官僚たちが苦虫を噛み潰したような顔でモニターを見つめていた。
多額の税制優遇措置を講じ、支援してきた自負がある。だが、今や彼らにできるのは、彼らの不興を買わないよう、言葉を選んで「嘆願」することだけだった。
「……次期の増産時には、どうか、ほんの数パーセントでも国内向けを検討いただけないだろうか」
経済大国・日本の司令塔だったはずの省庁が、一民間企業の顔色を伺う。
この日から青森工場は改善コストダウンという無間地獄に突入する。
上層部は「性能向上はしなくていい。とにかくコストを下げることを最優先せよ。」と厳命してきた。
かつて、市場が求めている要件を読まずに、自社の理念『耐久性と価格が高いメモリ』を一方的に市場へ押し付けた結果が崩壊につながったと一般的に分析されている。
ならば今、市場に求められているものを突き詰めるのは当然だ。
それが第一に供給数の向上、第二が価格低減、そして第三当たりに来るのが性能向上だ。
供給数を上げると言っても今の需要を満たすには今の工場1棟では物理的、数学的に不可能。
工場を新たに建てるしか手はない。
B社もそのために城島ファンドへ留保金を積み上げて運用益を期待している。
その間にできることは第二のコスト削減だ。
まだ産声を上げて4か月、生産ラインは不完全極まりない。
これを徐々に均して歩留まりを上げていく。
青森工場の「小箱」は、箱詰めされた瞬間にすべて売約済みとなった。
供給ルートの選定に、迷いはなかった。
生産分の75%は、死に体のPCメーカーやBTO企業へ直接送り込む。彼らにとって、このメモリはもはや電子部品ではなく、倒産を回避するための「延命装置」そのものだ。
残りの25%――個人自作市場向けは、各国の最大手家電量販店、ただ「一社」のみに託された。
「専用のECサイトなど不要だ。通販業者などもっての外だ。」
上層部は淡々と言い捨てた。
サイトのサーバー維持費も、アカウント管理の手間も、24社連合にとっては「削るべき贅肉」に過ぎない。
契約条件は、B社側の完全なる勝利だった。
輸送費は相手持ち。複雑極まる税関手続きも、現地企業が代行する。
「独占禁止法」という古いルールを盾に異を唱える者がいれば、利権を握った現地の量販店が、死に物狂いで政府を説得(ロビー活動)してくれる。
2031年 9月 島根県 松江市
松江の城島ファンド本部に届くニュースは、祝祭の鐘の音に似ていた。
アジア系大手メモリーメーカーたちが、一般向けDDRメモリ事業の縮小を次々と発表した。彼らが選んだのは、AI向けの超高付加価値チップ・HBMへのさらなる集中。表向きは「次世代への投資」だが、実態は一般向け市場の低利益構造を避け、より高付加価値市場へ集中した形だ。
一般供給はB社が支え、他社はお荷物をB社に渡してさらに利益を増す。誰もが「ウィン・ウィン」だと信じ込み、日米欧の株価指数は垂直に立ち上がる。
「……愚かな。上がっているうちにすべて吸い尽くせ」
城島ファンドの資金がインデックス買いを通じて市場の熱狂をさらに加速させた。
同日 新潟
巨大な倉庫に、そのメモリー巨頭たちの工場ラインから剥がされたばかりの露光装置やエッチング装置が運び込まれていた。
「向こうはHBM用の資金欲しさに、最後は歩み寄って来ましたよ」
担当者は、運び込まれる装置を見つめて笑った。
当初、相手が提示した強気な価格を、B社は「今は新規に工場を建てる予定がない」という武器で一蹴した。数度の協議を経て、彼らが手にしたのは、市場価格を大きく下回る「将来の第2工場」の種子たちだ。
今、装置を動かす必要はない。
他社がHBMに全力を注ぎ、一般向けメモリの作り方を忘れた頃に、新潟に眠るこの装置たちが目を覚ます。
世界が「B社なしではPC一台起動できない」という事態に近づいていることに気づいた時こそ、城島ファンドが次のカードを切る「正念場」となる。
同日 島根県 松江市
金融部門の熱狂に満ちたディーリングルームとは壁を隔てたスーパー事業部。
そこにはビデオ会議が行われ、向島部長の表情は相変わらず凪いでいた。
「次のターゲットはボストン、そしてニューヨークです。NEXAの皆様には、現地の詳細な地価と物件の調査をお願いしたい」
その言葉に、NEXA上層部は息を呑んだ。小売業の常識では、カリフォルニアを拠点に隣接する州へとじわじわ広げるのが定石だ。物流網の維持、いわゆる「配送の壁」があるからだ。
だが、城島ファンドが描く地図に、そんな壁は存在しなかった。
「……向島さん。飛び地での展開は、コストが跳ね上がりますよ。自社の配送センターも、広域のネットワークも、東海岸にはまだ何もない」
「必要ありません。地元の配送業者、地元の卸業者をそのまま使います。我々が提供するのは『利益率0.87%に耐えうる規律』だけですから」
向島が淡々と説くそのスキームの正体に、役員たちは背筋が凍る思いがした。
現場を動かすのはアメリカ人。運ぶのも、納品するのも、納税するのもアメリカのシステム。
だが、その血液の流れを一滴単位でコントロールする「脳」だけが、島根にある。
この異変に気づき、規制をかけようとしても、すでにカリフォルニアだけでなくニューヨークやマサチューセッツの数百万人の市民は、NEXAの安価な供給なしでは生きていけなくなっているだろう。
「我々が作るのはスーパーのチェーン店ではない。アメリカの資本を借りた抗えない『生存のインフラ』です」
役員たちは、自分たちが単なる物件調査員に成り下がったことを悟った。
そして同時に、この「飛び地」という名の奇襲が完了したとき、アメリカという巨大な国家が、内側から「マニュアル」によって深く食い込まれていく未来を、ありありと予感していた。
「よし、アメリカの方はうまくいきそうだな。」
向島が一息つく。
時刻は22時。
向島はパソコンであるグループをクリックして通話を開始する。
「GRIDのみなさん、パリとフランクフルトの出店準備の途中報告書を読みましたよ。
いくつか確認したいことがありまして・・・」
アメリカのカリフォルニア州で好調な実績を上げた。
仮説が一部現実となったのだ。
おそらく目敏い者は模倣するだろう。
ならばその者たちが手を付ける前に頂けるものは頂く。
GRIDはNEXAの欧州版だ。
組織構造もNEXAと同じだが、違う点は多国籍な社員が多いこと。
フランス人とドイツ人が多いが、イタリア人もスペイン人も居る。
「欧州委員会が動く前に、既成事実を積み上げろ」
向島の指令は簡潔だった。
欧州はルールの国だ。そして、利害に応じて規制が大きく変化する市場。
だが、もしその「規制変更」が、自国の農家の首を絞め、自国の労働者の胃袋を空にするとしたら?
GRIDの狙いはそこにあった。
現地のサプライヤーを自社の経済圏に取り込み、依存させる。そして現地の市民たちを安価な生活必需品なしでは生きていけないレベルまで浸透させる。
「官僚がペンを動かすより先に、市民に反対の叫びを上げさせる地合いを作れ。我々が矢面に立つ必要はない。フランス人が、フランス政府を黙らせる構図を作るんだ」
厳しい規制を逆手に取り、内側から現地の利権と癒着する。
誇り高き欧州の民が、数ユーロの節約と引き換えに、日本の島根から発信される「規律」という名の鎖に、自ら首を通そうとしていた。
「パリでは2店舗、フランクフルトでは1店舗確保。
進捗が遅い気がするのですが?」
「パリやフランクフルトは人気地ですので、予算内の不良債権で小型スーパー化できそうな物件が見つからなくて・・・
いっそ、新築にしては?」
「いえ、不良債権であることが絶対条件です。」
「コストを押さえたいのは分かりますが、アメリカでビジネスモデルを確立したのなら新築してでも物件確保で機会損失を抑えるべきではないでしょうか?
先ほどの欧州政府に規制される前に営業するなら、これも一つの手では?」
向島は考える・・・フリをする。
不良債権の小型スーパーは絶対に譲らないし、その理由をGRIDの上層部にも漏らさないと決めているからだ。
(新築・・・コストがかかる上に、それこそ外来の資本がインフラを奪いに来たと勘付かれる取っ掛かりになりかねない。
そして不良債権を再建させた救世主としての背景も失う。
それ以上に、一番は・・・首輪が無くなる。
もしファンドの規則を破ることが常習化した店舗には債権を利用して再び不良債権化させてやる。
ファンドには利益はないが、見せしめにはなるだろう。
せっかく救済案を提示したのに傲慢さでそれにつながる伝手を失い、請求書に追われる経営者・・・
この状況を成立させるにはどうしても不良債権であることが必要なんだ。)
会議が始まってから、わずか15分。
向島は、欧州の食卓を支配するための戦略的な舵取りを終えた。
「――各3都市、計6つの候補を月曜までに。以上です」
画面の中のGRIDメンバーが息を呑む間もなく、接続は切れた。
以前のB社やC社なら、この規模の投資に決断を下すためには、何重もの委員会と数ヶ月の時間を浪費していただろう。だが、ここには「合議」という名の責任転嫁は存在しない。
「……ふぅ」
モニターが消え、暗闇が戻ったオフィスで、向島は大きく背伸びをした。時計は22時半過ぎを指している。
「さて、帰るとするか。明日は午後の4時間だけ出勤すればいい日だ」
カバンを掴み、誰もいない廊下を歩く。
深夜までの激務と、極端なまでの短時間勤務の組み合わせ。この「独自の労働規律」がなければ、彼ほどの頭脳はとっくに外資へ流出していたか、自ら看板を掲げていただろう。
「あとの時間は、宍道湖で釣りでも楽しむか……」
世界経済の首を絞める冷徹な執行官。そんな顔を脱ぎ捨て、一人の「松江市民」に戻る。
翌朝、パリやフランクフルトの銀行員たちが、島根から届いた15分の決定事項に震え上がることも知らず、向島は静まり返った松江の街へと溶け込んでいった。
2031年 10月 島根県 松江市
出勤した向島は、湯気の立つコーヒーを一口含み、GRIDから届いた膨大な調査データをスクロールする。
モニターに映し出されたのは、欧州の華やかな観光地の裏側に潜む「貧困」の地図だ。
家賃高騰に喘ぐ若者。
複数の家族が押し込められた、カビ臭いシェアハウス。
その住人たちが、唯一の贅沢として立ち寄る「潰れかけの小型スーパー」。
向島の指が、二つの都市で止まった。
『フランスはリヨン、ドイツはミュンヘン。ここの候補地たちを購入してください。』
淀みのないタイピング。
日本の朝日が差し込むデスクで送信されたその一行が、深夜の欧州へと放たれた。
普通の金融機関なら、リヨンとミュンヘンの「購買力」を疑い、数ヶ月の市場調査を重ねただろう。だが、向島は「購買力」など見ていない。彼が見ているのは、そこに住む人間たちの「絶望の深さ」だ。
生活に余裕を失った地域ほど、安定供給の価値は大きくなる。
「新築など、やはり必要なかった」
宍道湖の対岸を見つめながら、向島は呟く。
不良債権を買い叩き、絶望をインフラで塗り替える。
島根から放たれた「ウイルス」が、欧州の古都の毛細血管へと、静かに、そして確実に注入された。
同日 フランス ナント
GRIDのオフィスは、潮風の香りと共に届いた一通のメッセージで、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「パリとフランクフルトの物件を押さえたばかりだぞ。それなのに今度はリヨンとミュンヘンだって? 向島は何を考えてるんだ」
モニターを見つめるフランス人社員が肩をすくめる。
「方針転換だろ。スタートアップじゃよくあることさ」
「……スタートアップ、ねえ」
別の社員が、銀行の残高確認画面を閉じて皮肉げに笑った。
「どこのスタートアップが、一介の調査員にこんな『口止め料』みたいな給料を振り込むんだよ。結局、俺たちは誰に雇われてるんだ?」
「いいか、深く考えるな。俺たちがやるべきは、リヨンの不良債権物件を今日中に買い叩くことだ。……それだけの価値が、俺たちの口座には既に振り込まれてる」
疑問は、札束の重みで押し潰される。
こうして欧州の「手足」たちは、正体不明の「脳」に従い、再び古都の闇へと潜っていった。
同日 フランス リヨン
リヨンの旧市街を見下ろす、地方銀行の応接室。
漂うコーヒーの香りと裏腹に、室内の空気は凍りついていた。
GRIDの物件調達課長は、タブレットに表示された「焦げ付き債権」のリストを指先で弾いた。
「最初は元本割れの額を提示しましたが……まあ、今日中にサインをいただけるなら、条件を変えましょう。元本に、この1.2%の利子を上乗せした額で、4件すべてを買い取ります」
それまで慇懃無礼な態度を崩さなかった部長と担当者の顔色が、劇的に変わった。
担当者が震える手で内線電話を手にし、数分後。息を切らして部屋に飛び込んできたのは、その支店の役員だった。
彼らにとって、これら4件の小型スーパーは、もはや腐りかけた負債でしかなかった。それが今、この新興の謎の組織の手によって、帳簿上の「輝かしい成功」へと書き換えられようとしている。
課長は無表情のまま、フランス大手銀行の小切手帳を取り出した。
さらさらと、並外れた桁の数字が書き込まれていく。
「――勝ったな」
課長は心の中で確信した。
役員がにこやかに握手を求めてきた瞬間、この4つの店舗と、そこで働く従業員の未来、そして近隣住民の胃袋は、城島の所有物となった。
彼らは救世主が現れたと喜んでいる。
だが、その小切手と引き換えに彼らが差し出したのは、リヨンという街の毛細血管そのものだということに、まだ誰も気づいていない。
同日 岐阜県
岐阜県の工業団地。大栄化学社の古びた本社ビルには、今日も数社の自動車部品メーカー系列からの、乾いた雑巾をさらに絞るようなコストカット要求が届いていた。
東証スタンダードからその名を消した「大栄化学」。
表面上は、富山の『田中投資株式会社』による支援を受けた、崖っぷちの再建劇。メインバンクも「元役員が残っているなら、商習慣は変わらないだろう」と、安堵の表情で融資を継続していた。
現場の知恵やサプライヤーの慣習、さらには過去の不良の復活などに備えて現役役員は残しておくとメインバンクには説明している。
上場廃止したが、24社連合にとって優先順位はそこまで高くないので、まだ銀行の融資は残っている。
上場廃止した企業は合計16社。
もし、その全社が上場廃止した瞬間に銀行融資まで全額返済したとなると裏で何者かが人を引いていると疑われる恐れがある。
岐阜の工業団地、その一角に漂う空気は、かつてのような活気を失っていた。
東証からその名が消え、田中投資なる正体不明の企業に買収されてから、E化学は静かに、しかし決定的に「変質」していた。
工場の裏手、以前は資材置き場だった場所に、無機質な灰色のビルが忽然と姿を現した。
「なあ部長、あの新しい建屋。あんな立派なもん建てて、何を始めるつもりなんです?」
昼休憩の喫煙所。若い作業員の問いに、製造部部長の田波は、紫煙の向こうで未完成のビルを見上げた。
「……あれは全部、『人事部』になるそうだ」
「はあ!? 人事部?」
作業員が呆れたように声を上げる。
「営業部が客先から切られて暇してるってのに? 生産技術の連中だって、新しいラインの予算も出なくて腐ってるんですよ。なのに、なんで人事なんかに一棟丸ごと使うんですか」
田波は答えられなかった。
通常、再建を託された企業が真っ先に手をつけるのは、売上を作る「営業」か、品質を支える「技術」だ。だが、新経営陣はそれらには目もくれなかった。営業部は事実上の休止状態、生産技術の改善提案もすべて却下された。
ただ、新しい人事部だけが、肥大化を続けている。
「何考えてんですかね、上の連中は。クビを切るための面談室でも作るんですかね」
「……いや、リストラはしないらしい。一人もな」
E化学の本社最上階にある役員室。そこには、上場企業としての体裁を保つための重厚な調度が揃っている。しかし、田中投資から派遣された2名の役員が合流して以降、この部屋の景色は「機能性」を唯一の正解とする空間へと変貌した。
やって来た役員たちが持ち込んだのは、新品のデスクセットではなく、使い古された折り畳みテーブルとパイプ椅子だった。
「これで十分ですよ。余計な固定資産を増やす必要はありませんから」
田中投資の役員が淡々と告げると、E化学の旧役員たちも深く頷いた。
かつては「上場企業としての見栄」に縛られていた彼らも、今は24社連合の一員として、1円単位のコスト削減が世界を制する武器になることを、骨の髄まで共有している。新しい家具の購入費用を抑えれば、その分を別の戦略的投資に回せる。それは彼らにとって、至極当然の「共通言語」だった。
役員室の隅、歴史を感じさせる木目調の重厚なデスク。
そこには、今や社内回線にアクセスするための「アダプター」としての役割だけが残されている。
彼らは有線接続が必要なときだけその高級デスクの横へパイプ椅子を引き寄せ、無造作にLANケーブルを差し込む。彼らにとって、この部屋の豪華な内装は「過去の遺物」であり、今やただのインフラの拠点に過ぎない。
パイプ椅子の硬い座り心地も、狭い長机も、目的を達成するためのプロセスに過ぎない。
「コスト抑制」という一点において、派遣された側も迎え入れる側も、一寸の迷いもなく同じ方向を向いていた。
一棟丸ごとの人事部建屋という「巨大な投資」を行う一方で、自分の座る椅子には1円もかけない。
その徹底した二極化こそが、24社連合が共有する、恐ろしくも合理的な勝利の方程式だった。




