表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を信じた最後の季節ー約束は空の向こうでー  作者: かみやまあおい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/22

最終話:君を信じた最後の季節

 校長の長い挨拶が終わると、いよいよ卒業式も終わりへと近づいてくる。

 体育館の窓から差し込む光が、どこか懐かしく見えた。

 この光の下で、俺たちは三年間を過ごしてきた。

 そして気づけば——今日が最後の日だ。

 

 思えば、この半年は特に濃かった。

 何もないまま終わると思っていた灰色の毎日に突然現れたあいつ。

 ほのかと出会い、共に笑い共に泣いて、そんな日が俺の毎日に色をつけてくれた。

 

 名前を呼ばれて返事をしたあと、拍手に包まれながら席を立った。

 見上げた天井の鉄骨が、少し滲んで見えた。 

 

 式が終わって教室に戻る。

 机の上に手を置くと、指先に刻まれた小さな傷跡の感触があった。

 三者面談のときにあの苛立ちのままにつけてしまった傷。

 その傷を見つめながら、胸の奥が静かに疼いた。

 もうこの机に座ることはない。

 そう思うと、不思議と時間がゆっくり流れた。

 

 教室を出ると俺は廊下を歩いた。

 最後に向かうのは、いつもの場所だ。

 この角を曲がれば——きっと、あの笑顔が待っている。

 

 角を曲がった瞬間、予感は現実になった。

 春の光の中で、ほのかが笑っていた。

 

「待った?」

 

「ちょっとだけね」

 

 俺の言葉に彼女は笑顔のまま返してくる。

 彼女と作り上げた半年間。

 それは俺を大きくさせ、新しい道へと導いてくれた。

 今の俺は誰にでも笑顔を見せる事ができるようになった。

 半年前の自分に教えてやりたい。

 早くその世話焼きで真っ直ぐな女の子と仲良くなれと。

 

 俺はゆっくりとほのかに近づくとその隣に座った。

 

「今日でこの学校ともお別れだね」

 

「そうだな」

 

 風が吹いて、彼女の髪がふわりと揺れた。

 春の匂いがした。

 

「ほのか、明日もうアメリカに行くんだろ?」

 

「うん……

 まだ入学には早いんだけどね

 でも向こうの生活に慣れろってお父さんがね」

 

 彼女は視線を足下に落とす。

 俺の心が震えていた。

 心だけじゃない。体全体が震えていた。

 

 アメリカに行ってしまえばしばらく会えない。

 やっと思いが重なって、これから楽しい思い出をたくさん作りたかったのに。

 彼女と行ってみたい場所もたくさんあったのに。

 やりたい事も沢山あったのに。

 

 気づけば俺は、彼女を抱きしめていた——。

 温かく甘い匂いがする。

 こんなにも彼女は柔らかかったのか。

 彼女の躊躇いがちな「拓人……」と呼ぶ声が聞こえる。

 彼女がそっと俺に腕を回してきた。

 春の優しい風が俺達を包み込む。

 俺達は今この時間だけを大切に感じていた。

 

 

 

 二人で手を繋いで校門を出る。

 これで俺達の高校生活は終了だ。

 ここからは俺達は新しい道に進む。

 彼女は海外へ、俺は医者への道を歩む。

 

 帰り道がいつもよりもくすんで見える。

 まだこの道を通り過ぎたくない。

 

「なあ、ほのか」

 

「なに?」

 

 彼女が笑って俺を見る。その笑顔に、胸がざわついた。

 

 言わなきゃいけない気がした。

 今言わなきゃ、きっともう二度とチャンスがない。

 

「お前が日本に帰ってきたらさ——」

 

 喉の奥がからっぽになる。

 心臓の音だけがうるさいほど響いてた。

 

「……俺と、結婚しよう」

 

 言ってしまった。

 頭の中で何度もシミュレーションした言葉が、現実の声になると、思っていたよりずっと子供っぽく聞こえた。

 

 ほのかは、瞬きをしたまま、動かない。

 やがて、かすかに笑った。けれどその笑顔は、困ったように少し震えていた。

 

「拓人……」

 

 小さく俺の名前を呼ぶ声が、どこか優しくて、どこか痛かった。

 

「……ごめん。まだ、そういうの考えられないや」

 

 その言葉が風みたいに通り抜けていく。

 俺はただ、何も返せなかった。

 

「ほら、私たち、まだ始まったばっかりでしょ?」

 

 そう言って、彼女は笑おうとした。

 でもその笑顔の奥に、どうしようもない距離があった。

 

 春の光が彼女の髪を透かして、俺の目を刺す。

 ああ、そうか。

 俺はまだ、子供のまんまだったんだ。

 

「でも」

 

 彼女は視線を再び俺に戻し笑顔で返す。

 

「そうなれたらいいよね」

 

 舞い散る桜の花びらが俺を祝福しているようだった。

 

 

 

 あんな高校最後の日から3年が経った。

 俺は大学で医者になるための勉強をしている。

 難しい内容も沢山あり、挫けてしまいそうな時もある。

 だけど家族が俺を支えてくれた。

 大学生になり一人暮らしから実家に戻ると、親父は人が変わったかのように俺と話すようになった。

 母親はあんな父は見た事がないと嬉しそうに言う。

 俺も家族と断ち切ったと思っていた繋がりを再び繋ぎ始めていた。

 

 授業が終わると俺は教室の外でベンチに座っていた。

 

「雨宮、お疲れ」

 

 クラスメイトが声をかけてくる。

 こうやって大学で一人じゃなくなったのも全部あいつのおかげ。

 今は海外で頑張っている彼女。

 次に帰ってくるのは年末年始で、その時にどこに行こうかとこの前話していた。

 

「おい雨宮、これ見てみろよ」

 

 クラスメイトが俺にスマホを見せた瞬間、世界が止まった。

 

 ——アメリカの大学に飛行機が墜落。教師生徒の半数以上が死亡。

 

 目を疑った。息ができなかった。

 画面の文字が歪んで見える。

 何度読み返しても、意味を拒絶したくなる。

 彼女が、そんな場所にいるはずがない。

 

 信じたくなかった。

 ただのニュースだ。きっと違う。別の大学だ。

 そう言い聞かせながら、俺は震える指でメッセージを打った。

 

 頼む。

 早く読んでくれ。

 平気だと返信してくれ。

 

 送信ボタンを押す音が、やけに遠い。

 既読はつかない。

 再送。もう一度。何度も。

 なのに、画面は沈黙を続ける。

 

「おい、雨宮……」

 

 誰かの声が聞こえた。

 遠い。全部、遠い。

 

 胸の奥で何かが弾けた。

 

「嘘だろ……」

 

 声が震える。

 

「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ!!!」

 

 スマホを握る手に力が入りすぎて、指先が痛い。

 そんなことどうでもよかった。

 世界が崩れていく。

 体が勝手に動いて、気づけば地面を拳で叩いていた。

 何度も、何度も。

 床に血が滲んだ。

 痛みも、涙も、止まらなかった。

 

「返せよ……」

 

 喉の奥から声が漏れた。

 

「俺の未来を、返せよ……!」

 

 彼女と過ごした時間。

 彼女と見た景色。

 彼女が笑った春の日。

 全部が、記憶の中で溶けていく。

 

 そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。

 通知が一つだけ光った。

 

『次帰った時に新しくできたお店行きたいな』

 

 送信時刻は、事件の数分前だった。

 

 ——世界が音を失った。

 

 膝が崩れた。

 声が出なかった。

 涙だけが頬を伝って、地面に落ちていった。

 

 どうして。なんで。誰がこんなことを。

 神様なんて、いない。

 いるなら、どうして俺から彼女を奪った。

 

 目の前の景色が滲んでいく。

 何も見えない。

 いや、見たくなかった。

 

 大声で彼女の名前を叫んだ。

 喉が裂けても構わなかった。

 世界中に届くほどの声で、泣き叫んだ。

 

 だけど返事はなかった。

 彼女の声も、笑顔も、もうどこにもない。

 

 気づけばスマホの画面は消えていた。

 騒がしい音や俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 だけど俺の時間は止まったままだった。

 

 けれど、頬をかすめた風の中に、ほんの少しだけあの春の匂いがした。

 

 それだけで、涙がまた溢れた。

 

 ——それでも、俺は呼吸をしていた。

作品の評価や感想をいただけると非常に励みになりますのでぜひお願いします!


またXは以下のアカウントでやっています。

ぜひフォローお願いします!

@aoi_kamiya0417

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
遅ればせながら、読了いたしました。 ほのかちゃん……。拓人くんのこの先を思うと胸が痛くなりますが、どうか、前に進んでほしいと願うばかりです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ