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君を信じた最後の季節ー約束は空の向こうでー  作者: かみやまあおい


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20/22

第20話:不器用な愛

 ノートを開いたまま、手が止まっていた。

 ペン先が紙に触れたまま、何も書けない。

 時計の針の音だけが、やけに大きく響いた。

 俺の心にほのかの言葉が何度も繰り返される。

 

 やっと人を信じてみようって前に進み出したんでしょ?

 

 そうだ。俺は前に進み始めたんだ。

 今までとは違う新しい自分になるために。

 あいつは俺の背中を押してくれた。

 こんな俺の事を支えてくれた。

 

 俺はペンをノートの上に置くと机の隅に置いてあったスマホを手に取った。

 連絡先を開き、一つの名前を睨む。

 

 雨宮冬馬——俺の兄貴だ。

 

 兄貴に連絡を取る事なんてこれまでなかった。

 親父に反抗せず、立派な医者になった兄貴は俺とは違っていた。

 人付き合いもよく周りからも人気があって。

 俺とは正反対の人間だった。

 だから俺は今まで兄貴と話をしようと思わなかった。

 きっと俺の気持ちは分かってもらえないと思っていたから。

 悩んだ末に俺は発信のボタンを押す。

 コール音が無限のように長く感じる。

 

「拓人か

 珍しいな」

 

 電話に出たその声は昔聞いた優しい声だった。

 俺が親父に怒られた時に慰めてくれた心地良い声だ。

 

「兄貴……」

 

 俺は話すのを躊躇った。

 俺の話を兄貴は理解してくれるだろうか。

 昔のように優しく元気づけてくれるだろうか。

 

「どうした?

 前よりも随分と暗い声だな」

 

 俺を気遣うような明るい声。

 その声に俺の心は震えた。

 話をする勇気と覚悟ができた。

 

「親父が……

 俺を転校させるって……」


「は?

 どういう事だ?」

 

 兄貴の声に力が入る。

 俺はゆっくりと今日の三者面談の事を話した。

 

「なるほどなぁ

 親父らしいな」

 

 そういう兄貴の声には怒りを感じられた。

 この人は今でも俺の味方だった。

 そんな思いが俺の心を安らげた。

 

「兄貴……

 俺転校したくないんだ

 今の学校にいたいんだ」

 

 俺の言葉に兄貴は黙ってしまった。

 さすがに兄貴でも親父には逆らう事はできないのか。

 スマホを持つ手に力が入る。

 電話の向こうから聞こえる小さなテレビの音が煩わしかった。

 

「親父って実はお前の事好きなんだよな」


 心臓がひとつ、大きく跳ねた。

 突然の兄貴の言葉に俺は持っていたスマホを落としそうになった。

 あの親父が?

 俺の事を何も知ろうとしないあいつが?

 

「親父さ、拓人の事になるといつも言葉に力が入るんだよ

 会うたびに拓人は元気だろうかってさ」

 

 知らなかった。

 俺の事なんてまったく興味がないと思ってた。

 俺は言葉が出なかった。

 

「たぶん今回もお前をそばに置いておきたいんだと思うわ

 自分が追い出した手前、何か理由が欲しかったんだろうな」


「ふざけるな!」

 

 思わず俺は怒鳴ってしまった。

 俺の事が好きだからそばに置いておきたい?

 そんなの自分の勝手じゃないか。

 そのために俺の人生を狂わせようって言うのか。

 怒りのあまりに机を殴りそうになった。

 

「落ち着け拓人

 とりあえず俺の方から親父には話をする」

「兄貴……」

 

 兄貴の言葉が俺の心を鎮めさせる。

 

「お前の言い分も分かったし、俺からしっかり言っておくよ

 だいたい親父も不器用なんだよな」

 

 嬉しかった。

 ここにも俺の事を守ってくれる人がいた。

 俺は決して一人じゃなかった。

 

「お前だってもうすぐ受験だろ?

 親父の事は俺に任せてお前は勉強に集中しろ」

 

 そう言ってケラケラ笑う兄貴の声が俺を助けてくれた。

 そうだ、俺は受験があるんだ。

 こんなところで振り回される訳にはいかないんだ。

 

「……ありがとう、兄貴」

 

 すごい久しぶりに俺は兄貴に礼を言った。

 小さい頃以来だと思う。

 それだけ今の兄貴は俺にとって最強の味方だった。

 

「弟を守るのは兄の役目だからな

 じゃあ後は俺に任せておけ」


「分かった……」

 

 そう言って電話を切った。

 静寂に包まれた部屋の中で思わずベッドに飛び込んでいた。

 兄貴ならきっとうまくやってくれる。

 そうすれば俺は転校せずに済む。

 ベッドで左右に転がり喜びを噛み締める。

 

「そうだ……

 ほのかに連絡しよう」

 

 俺は起き上がると机に投げたスマホに再度手を伸ばした。

 ふと窓の外を見ると、いつの間にか雪がシンシンと降り始めていた。

 白い世界の中に、少しだけあたたかさを感じた。

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