スパッツという障壁
人気のない廊下を、きゅっと上履きを軽快に鳴らしながら、意気揚々と鹿毛彰子は歩く。
別段、どこに用事があるわけではないが、強いて言うなら今なんだかとても歩きたい気分なので、歩くことが目的だ。
『You've got mail!』
メール受信を告げた携帯を素早く確認する。相手は先ほどまでお喋りしていた、ナギナギだ。
『件名:森嶋凪 本文:連絡先登録したから。電話番号 090-XXXX-XXXX』
そのメールアドレスと電話番号を即座にアドレス登録して、あらかじめ用意しておいた返信文をペーストし、メールを送信。
その間、わずか1秒。
スマフォをスリープモードに戻し、制服のポケットへ仕舞う。
じわり、と嬉しさが込み上げてくる。
(想定してたよりも早かったなぁ!!!『連絡先登録したから。』とかなにそれツンデレ!?くわぁぁぁ!きゅんきゅんするよう!!)
彰子の脳内で、クール系美少女の凪がはにかみながら初めてのメールを送信しているところを想像して悶える。
大人でもない、子供でもない、そんな危ういバランスを持つ清廉な美少女の彼女のはにかむ姿を是非とも見たかったが、残念なことにあれ以上教室にいれば、凪へ注目が集まってしまうところだったので、退散は致し方がないところだ。
プランAの『フラグ条件妨害』が瓦解してしまったことは非常に残念だったが、無事プランBに移行できたので、良しとしよう。
このまま、友達として、彼女が巻き込まれる事件に私も積極的に巻き込まれてるようにして、助けを呼ぶとかできる限りサポートしつつ、さり気なく巫女から距離を取らせよう。
それにしても、凪と正式に友達になれたことが、友達と認めてもらったことが、ものすごく嬉しい。
多分、目立たないように接触したことに気づいてくれたんだろうなぁ、とか。
私といると更に目立つだろうとわかっていても、友達になることを選択してくれたんだろうなぁ、とか。
(わーーーーー。なにこれ・・・、すごい嬉しい・・・。)
この嬉しさはもう、盆踊りなんかじゃ済ませられない。
「うわぁ・・。なにあれ、上履きでポアントしてるよ・・・。しかもめちゃくちゃ上手い。」
「ちょ、鹿毛ちゃーん。バレエ踊るのいいけど、スカート短いんだから・・・・ちっ、スパッツ着用済みか。」
滾る思いが止められない。
嗚呼!『月神凪』ちゃんと、このモブである私がお友達にっ!!!
「ねぇ、あれ話しかけて大丈夫なやつ??本当にあの子が新入生代表やった子だよね??」
「たぶん大丈夫っすよー。彼女が新入生代表やった、鹿毛彰子ちゃんで間違いないっす。・・・・・それよりも今すぐ女子のスパッツ着用を校則で禁止にしましょう。」
「おや、そこにいるのは、自己紹介で二回も質問してくれた、クラスメイトの霧たんじゃない。意識のある内に上手く引きずられる方法でも聞きに来たのかな???」
振り返ると、二人の男子生徒がこちらを見ていた。
一人はクラスメイトの陽神霧爍くん、改め霧たんで、もうひとりは知らない男子生徒、ネクタイの色から察するに、どうやら三年の先輩のようだ。
「それはまた今度でいいかな~。それよりも鹿毛ちゃん、なんでスパッツ履いてるの??なんなのその暴挙?男子の夢を壊す気なの??」
「霧爍、そこ本当にどうでもいい、てかそんなとこに食いつかないで。・・・君も、スパッツに異様な敵愾心を持ってる男子を前にしてそんな平然としてないの。」
おぉ、なんという軽やかかつ的確な指摘・・・。さながら、手のかかる子供を持ったお母さんのようだ。
「初めまして、おかん先輩。入学式の時壇上でお見かけしたような気もしますが・・・。ちなみに、思春期の男子が女子のスカートの中に異様な関心を持つことは、健康な証拠でありますので、別段私は気にいたしません。」
きょとんとするおかん先輩。目をくりっとさせて、首を傾げる様は先輩でかつ男性であるが、なんとも可愛らしい。
「おかん???なにそれ、初めて言われた。・・・壇上で会ったはずなのに忘れられてるとか、やっぱり私は影が薄いのかな・・・。えぇっと、生徒会長の波良羽地探です。よろしく、鹿毛さん。後女の子なんだから少しは恥らおうね。」
(なんと!??おかん先輩は、波良羽地生徒会長であったとは!?)
説明しよう!彼、波良羽地探先輩は、一般生徒でありながら、生徒会長を務めるという、尊敬に値する先輩なのだ!
ゲームの時は、「え、生徒会長なのに、妖怪でも陰陽師でもなくて一般人で、しかも攻略対象外とかウケるwww」とか思っていたが、今は違う。手のひらをひらりと返そう。
なぜなら、彼は、陽神という家の力も持たず、霊力やら妖力やらを一切持たず、極普通の一般生徒が、生徒会長として、傍若無人な妖怪とお家第一の陰陽師をまとめ上げているのだ。
(もしかしたら、先輩は菩薩か何かなんじゃないのか??うぅっ、波良羽地先輩から後光がっ!!??)
「ねぇ、霧爍。彼女、目を両手で覆い始めたけど、これはどんな反応が正解なの?」
「後ろの西日でも眩しいんじゃないすかね?反応しないが正しいと思うっす。・・・それより、鹿毛ちゃんに用件、伝えないんすか?」
「あぁ、そうだった。忘れるとこだった。」
先輩がさり気なく西日の差さない場所へ移動してくれたようで、眩しくなくなったので両手を外す。
「鹿毛さん、君生徒会に入らない?」
「全く持って、ただの一ミクロンも生徒会の仕事に対して興味を持てませんので、お断りさせていただきます。」
「予想より遥かに厳しめに断られたっ?!でもなー、毎年新入生代表には生徒会に入ってもらってるんだよなー。霧爍からも何か言ってよ。」
困ったように眉を寄せる先輩に、霧たんは冷静に頷く。
「まぁ、入りたくないならしょうがないんじゃないすか?・・・・スパッツ履いてるし。」
「霧爍、私は入ってくれるようフォローして欲しかったんだけど。ていうか、もうそのネタやめて。」
「おやおやおや、霧たんは中々拘り派なんだねぇ。・・・・じゃあ、私が下着を履かずにスパッツを履いてるとしたら・・・。」
「えっ!!!・・・・・そ、それならそれで、ありというか、むしろありがたいというか・・・。」
意味ありげにちらりとスカートを上げると、頬を染めて急にもじもじしだす霧たん。
横からの南極もかくやという冷たい視線は気にならないのだろうか。
「まぁ、普通に下着履いてるけどね☆」
「玩ばれた!俺の純情を返せっ!!」
叫ぶ霧たんと満面の笑顔の私を見やり、はぁとため息をついた波良羽地先輩は、悟ったような静かな目をしていた。
「見えた。もし、鹿毛さんが生徒会に入ったら、今の十倍、私が苦労することになる。鹿毛さん、今回の話、なかったことにしてくれる?というか断られたんだっけ。じゃあもうそれで。」
ついに予知能力まで獲得されたのか・・・。ありがたやありがたや。
「探さん、なんか拝まれてるっすよ?・・・・ご利益とかあるのかな~。」
「霧爍、拝みだしたら、君の恥ずかしい秘密を校内放送でばらすよ。」
手を合わせようとした霧たんは、慌てて両手を後ろにやる。ちっ、霧たんの恥ずかしい秘密、聞きたかったのに。
心の中で思ってたはずなのに、なぜか霧たんに睨まれてしまった。解せぬ。
「まぁ、じゃあ、とにかく。会えてよかったよ、鹿毛さん。またね。」
「鹿毛ちゃん、また明日ね~。」
立ち去る二人を見ながら、彼らは私を生徒会に勧誘しに来た、ということなんだろうかと、首を傾げる。
まあいいや、と頭を切り替えて、私は浸りきれなかった喜びに、再度浸ることにした。
※ちなみに、彰子が波良羽地先輩を生徒会長と認識していなかったのは、在校生祝辞も遅れて聞いておらず、新入生代表の挨拶が終わってすぐに、晶午先生にお説教されていたからです。(会長のが影が薄いわけではありません。多分。)
※彰子が凪に送った返信メール
件名:貴方の心の友、彰子たんだよ☆
本文:
アドレス、登録してくれてありがと!登録名は、もちろん、『親友』もしくは『心の友』で登録してね☆あ、もちろん私は『ナギナギ』で登録してるよ!え?私のこともあだ名で呼んでいいかって??もちろん(~中略~)という訳だから、これから生涯の友としてよろしくね☆かしこ
凪「返信長っ!・・・あいつ、返信文コピペして用意してたわね・・・。」
とかいう感じで解りあっておりましたとさ。