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一緒にいる為に

「ん……、しの……」

「この馬鹿!」



 目を覚ました透哉に、私は開口一番そう叫んだ。



 あれから、倒れた透哉に付き添って私も病院へと向かった。本当は家に戻されそうになったが私が断固として彼から離れなかったので諦められたようだった。我が儘を言っている自覚はあったものの、それでも、どうしても今透哉から目を離したくはなかったのだ。


 腕の傷は深かったものの、倒れた原因自体は貧血だったので治療が終わってから然程時間も掛からずに彼は意識を取り戻した。



「透哉の大馬鹿! 阿呆! ヒーローオタク!」

「……元気そうでなによりだ」



 何それ、自分は全然元気じゃないのに。そう口応えしそうになったが言い留まる。起きたばかりだというのに透哉は上半身を起こそうとしたので肩を掴んでベッドに押さえつけた。










「……ねえ透哉。透哉は、前から覚えてたんだよね」



 言葉にはしないがそれが最期の瞬間だと理解した彼は、ただ無言で自嘲気味に少し笑った。沈黙は肯定、そういうことだろう。



「私の護衛になる前に、私のこと知ってたの? 偶然じゃなかったの?」

「そうだと思うか?」

「はぐらかさないで」



 「今度こそ守れた」と、彼は言った。透哉は私が思い出すずっと前からあの時のことを覚えていたのだ。だとしたら、私の護衛になったのは――。


 問い詰めるようにベッドの端に手を付くと、彼は私を見上げ……そして数秒後、ようやく口を開いた。




「そうだな……知ってたよ、お前のことはずっと前から」



 お前には話したくなかったけどと言いながらもじっと促す私に折れて、透哉はぽつりぽつりと私を初めて見つけたという中学生からの話をゆっくりと語り始めた。


 私を守れる人間になる為に強くなったこと、パーティで私を見つけた話、そしてあの時、この世で初めて対面した時の話。









 全てを聞き終えた私は、先ほど泣いたばかりだったというのに再び目頭が熱くなった。そして、それと同時に酷く情けなくもなった。



「私、何も知らなかった。透哉がこんなに頑張ってたのも知らずに……ただのうのうと生きて」

「それでいいんだ」



 いい訳がない。私の所為で透哉の人生は変わってしまったのに、もっと平穏に暮らせていたはずなのに。





 それなのにどうして、透哉はそんなに幸せそうに笑うんだ。




「俺はさ……結局の所、お前が笑って生きていてくれさえすれば、後は割とどうでもいいんだよ」

「何よそれ……」

「例えお前が俺以外の男を好きになっても……正直滅茶苦茶嫌だけど。でも、それでお前が生きて幸せになれるんなら、それ以上望まない」


 生きていてさえすればと、彼は繰り返すように呟いた。




 もう我慢なんて出来るはずもなく、私は横になっていた透哉に縋るように抱きつく。涙でぐちゃぐちゃになっている酷い顔を見られないように透哉の胸に顔を付け、しゃくり上げながら必死に言葉を紡いだ。



「透哉の馬鹿……もっと、自分を大切にしてよ! 私のことなんてどうでもいいから、自分のこと考えて……!」

「お前がそうやって思い詰めると思ったから、話したくなかったんだけどな。……俺はちゃんと自分の為に生きてるよ。お前の護衛になろうと思ったのも全部自己満足だし、あわよくばまたお前に近付けると思ったのも事実だ」

「本当に、馬鹿だ」

「そうだな」

「私が、あんた以外の誰を好きになるって言うのよ!」



 さっきから私の気持ちなんてこれっぽっちも無視して、幸せになればいいなんて突き放して。


 私の幸せは前世と同じだ。透哉と一緒に、二人で笑っていられること。




 顔を上げてつっかえながらもはっきりとそう告げると、彼はやや目を瞬かせたのちに楽しげに口元を歪めてにやりと笑った。



「そんなこと言うと、調子に乗っちまうぞ」

「乗ればいいでしょ!」

「……言ったな」



 いつものような軽口を叩く透哉に徐々に涙は止まり、サイドテーブルにあったティッシュでがしがしと強く顔を拭かれた。



「まったく詩乃は世話が焼けるなあ」

「……うるさい」



 小さく口応えをするけれど、今こうして世話を焼かれているのは確かだ。そしてそれを喜んでいるのも。



 ようやく落ち着くと、透哉は緩んでいた表情を引き締めて私の両肩に手を置いた。




「とりあえず退院するまでは代わりの護衛が来るから、俺が居ない間に怪我なんてするなよ」

「……嫌」

「詩乃、聞き分けろ」

「私の護衛は透哉なんだから! ……だから、帰って来るまで護衛なんていらない。家から絶対に出ないから必要ない!」

「……引きこもり宣言かよ」



 ちょうど夏休みだ。他の護衛なんていらないと言うと、透哉はからからと笑い出した。体が揺れて傷が痛むのか腕を押さえながら、しかしそれでも笑いが止むことはない。


 ものすごくかっこ悪いけど、こんな年になっても駄々捏ねるのは駄目だとも思うけど。

 それでも譲りたくはなかった。

 だって私が傍にいて欲しいと願う人は、ただ一人なのだから。
















 それから透哉が護衛に復帰するまでの間、私は自分なりに色々やってみた。


 家の中に居ても身嗜みや所作には十分気を遣ったし勉強だっていつもよりもずっと真剣に取り組んだ。おかげで夏休みの宿題はあっという間に片付き、空いた時間でうちの会社のことを学び始めた。



 透哉に釣り合うように、頑張る彼に相応しい人間になる為に。私がどこまで出来るかなんて分からないが、それでも限界までやろうと思った。










「透哉……!」



 ようやく訪れた彼の復帰日に、私は待ちきれずにそわそわと部屋の中を歩き回っていた。それでも待てずに玄関で待機していようと向かうと、そこには既に透哉が居た。


 ただし一人ではない。彼は何故か璃乃姉様と何やら話をしていたのだ。呼びかけた名前は中途半端に切れ、そして萎んでいった。

 二人は少し離れた場所にいる私には気付いていないようで楽しげに会話を続けている。



「……何よ」



 別に二人が話すのは何の問題もない。護衛だからと言って会話を禁じられている訳でもないし、一条のことに関する情報交換は必要だろう。


 だけど、せっかく復帰して最初の日なのだ。私が一番に話したかったなんて、酷く子供染みた嫉妬心を抱いてしまう。




 話はすぐに終わったようで、外に出る姉様とは反対に透哉はこちらに向かって歩き出し、そして私の姿を見つけてぱちりと瞬きした。



「透哉、おかえり」

「ただいま」



 結婚していたあの頃を思い出す言葉を交わし、「さ、出掛けるんだろ」と促されて久しぶりの日差しの下に出た。




「……さっき、璃乃様と話してた」

「知ってる」

「何だ、拗ねてるのか? お前の話を聞いてたんだよ」



 ふい、と視線を逸らしただけで全てを悟ったようにそう言った彼は、面白そうに笑みを溢す。



「私のって?」

「俺が居ない間に詩乃がどうしてたのかとか。随分と真面目になったらしいな? どうしたんだ急に」

「……別に」

「教えろよ」



 顔を覗きこまれて思わず「見るな」と払いのけてしまった。駄目だ、透哉と二人でいると今まで気を付けていたことを全て忘れて素に戻ってしまう。


 彼は口を閉ざす私に諦めたのか肩を竦め、屈めていた体勢を戻した。




「それから、な。ちょっと協力を取り付けておいた」

「協力?」

「お前の旦那になる為の」



 ばっと彼を見上げると、こちらを見ていた透哉とばっちり視線が合った。驚いた私に満足したのか柔らかく目が細まる。



「調子に乗れと言ったのはお前だぞ? お前の護衛になった時のように、俺は手段を選ばないからな。覚悟しておけ」

「……望むところ、と言いたいけど」



 姉様が協力してくれるのなら確かに非常に心強いだろう。簡単に上手くいってしまうかもしれない。




「せっかくだけど、父様達には私がちゃんと言うから」

「詩乃?」

「姉様に頼らずに、自分で説得してみせるから!」




 一条の家に生まれ、ぼうっとして大人しい子供だと思われていたのをそのままにして将来の期待なんて一切持たれてこなかった。護衛を付けられるくらいには大事にされて来たが、それでも今まで両親に放任されて生きてきたのは間違いなく私の怠慢が招いていたことだ。言葉を通すのなら、それだけの人間にならなければ話も聞いてくれないだろう。



「今までは透哉が頑張って来たんだから、今度は私の番だよ」



 透哉が居ない間にやって来たこと、そしてこれから学んでいくこと、私はあまり根性がないし挫折してしまうこともきっと沢山あるだろう。


 でも、ここに来るまで精一杯努力した人を知っている。そして彼と過ごすこの時間がどれだけ大切なものかも心底知っている。だから、この時間を無くさない為に、ずっと透哉と一緒に居る為なら頑張れると思った。



 少し気恥ずかしかったけど思いの丈を全て伝えると、今度は透哉が驚いた顔をする。

 そして照れたように頬を掻いた彼は、護衛にらしからぬ行動を――私の手を取り、引っ張るようにして歩き出した。



「無理をするなよ、お嬢様。俺がいるんだから」

「はいはい、ヒーロー様、頼りにしてます」




















「……好きだよ」



 微かに聞こえた声には言葉を返さず、私はその代わりに繋がった手に力を込めた。



 もう二度と、離れないように。







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