「卑怯」には「正当」で対抗する
「しかしあれだね。『最近やってねえから練習させてくれ』って言って練習して、それで2点もとっちゃうんだから、剣崎ってわかんないよねえ~」
ハーフタイム、ロッカーに戻った内村は、ユニフォームを着替えながらにやつく。
「ま、バカはなにしでかすかわかんねえっすからね」
「友成てめえけなしてんのか?」
真顔でそうつぶやいた友成に、剣崎は中指を立てた。
「俊也よ。剣崎ってほんとすげえな。こんな大きな大会の試合であんなのを平気でするんだからな。どういう神経してんだろうな」
「まあ、どっかのネジが取れてるんだろうな。理性とか・・・失敗したときのこと考える分野の」
「てめえらもなんでヒーローをけなすんだコンニャロー」
竹内と小松原のやり取りにもツッコむ剣崎。2点リードで折り返すとあって、ロッカーの雰囲気はいたって良好である。そこに今石監督が入ってきた。
「よーし剣崎よくやった。お前ならやってくれると信じてたぜ」
「あったりめーだろオヤジ!『どうせならオーバーヘッドで2点取れ』なんて約束ぐらい・・・」
「そんな約束してたのかお前らっ!?」
二人のやり取りに、松本コーチは頭を抱えた。それに構わず今石は後半の作戦を伝えた。
「基本的にこっちは変わらず、ボランチコンビで向こうの展開力を潰しながらカウンターを仕掛ける。ただ注意しとけよ?これで向こうは攻めるしかないわけだし、剣崎のゴールでスタジアムの空気も自分たちのじゃねえからな。こんな言い方したくねえが、マジで何しでかすしかわかんねえ。やられたとしたら結果でやり返せ。それだけ忘れんな」
今石監督の予想どおり、向こうは「何でも」やってきた。
「ぐっ!!」
右サイドでの競り合い、竹内はかなり強くはじき出される。相手選手が強烈な、下手すれば怪我をさせられるような激しいタックルを仕掛けてきたからだ。
『おい!今のは危ないだろ、注意しろよ!!』
『注意?俺は普通にぶつかっただけだぜ?そいつがヒョロいんだよ』
『何っ!』
「テジョン、よせ。監督の言ったこと忘れたのか」
「・・・」
ソンが指摘すると相手選手は竹内に非があると平然と言い切る。ソンはつかみかかりそうになるが、竹内がすぐに間に入って制する。このように、特に江南の韓国人選手は球際のプレーで前半とは比べ物にならないほど、それこそカードをもらう事も辞さない程度にタックルを激しくした。空中戦でFWパクがバゼルビッチにヒジを入れようとしたり、ドリブルを仕掛けようとした櫻井のユニフォームをつかんだりと粗いプレーが目立ち始めた。こんなこともあった。和歌山のコーナーキックの時だ。
「うおってっとぉっ!?」
竹内が蹴り上げたボールを剣崎はヘディングしようと跳び上がろうとしたが、なぜか地面に引っ張られ、それでバランスを崩しヤンもろとも倒れた。これが剣崎の反則として主審が注意してきた。
「ほえ?なんで俺が!?」
「今のはこいつがユニフォーム引っ張ってましたよ」
『おいおい、言いがかりはよしてくれよ』
戸惑う剣崎と抗議する小松原。それを見てヤンは嘲笑を浮かべた。
「くそ・・・死角を使った上に、剣崎に乗られるまま倒れやがって・・・」
「気にすんなよマコ。その分俺がハットトリック決めてやるさ」
そうまでして江南の選手は反撃の糸口を探そうとするが、正直なところ、和歌山の攻撃が無理やり止められているだけで、そのきっかけをなかなかつかめない。理由は明白。ボランチの二人が完全に消耗したからである。
『クソ・・・。こうも簡単につぶされるか・・・』
江南のキム・ボムソク監督は頭を抱える。
『監督、もうあの二人を下げませんか。これ以上使っても・・・』
『うむ・・・。だがしかし、あいつらより展開力がある選手もおらんかならあ』
『もうここは腹を括ってロングボール戦術に行きましょう。徹底すれば何とか可能性も』
『それしかないか・・・』
コーチに促されて、キム監督はボランチの二人をあきらめ、代わりにFWの選手二人と守備専任のMFを投入。中盤の構図を変更し、元々の3-2-3-2から、3-1-4-2という布陣に切り替えた。すると今石監督は待ってましたとばかりに猪口と江川を下げて小宮と栗栖を投入。パサー役を増やしたことで江南をより翻弄した。
「みんな、ボールは長く持つな。なるべくワンタッチでつなごうぜ!」
栗栖の伝達の元、和歌山の選手たちは互いの距離をコンパクトに保ち、短く速いパスをトントン拍子につないでいった。
すると後半20分過ぎ、栗栖、竹内、大きく振って櫻井、そこからいったん戻して小宮に。そして小宮から剣崎へスルーパス。すると二人掛かりで剣崎を潰しにかかった。
『もうシュートは打たせんっ!!』
ヤンはそう言ってイと剣崎を囲むが、剣崎はそれを軽く横に流す。シュートではなくパスだった。
「こいつの成長率すごいわ・・・」
受けた小松原は冷静にキーパーの逆を突くシュート。3点目を決める。
ありえないシュートで2得点を記録した剣崎の、ごく普通のアシスト。そのギャップに江南の守備陣は完全に混乱する。その5分後には佐川からのクロスを剣崎がヘディングで折り返し、小松原がシュート。ヤンの身体に当たって跳ね返るが、その落下点に鋭く走りこんだのはソン。
「俺の仲間のすごさ、思い知ったか!!」
迷いのない右足ミドルが突き刺さって4点目。
集中力が完全に切れた江南守備陣は、その後立て続けにヤンがPKを献上。最初のを栗栖がキーパーの逆を突き、次のを小宮がキーパーをあざ笑うようにど真ん中に蹴りこんで5、6点目を得る。
後半アディショナルタイムにも、和歌山は激しい攻撃を見せ、剣崎、矢神(竹内と交代)、小松原、栗栖のシュートが次々とゴールを襲う。江南は最後の意地と懸命に身体を張る。だが、キーパーが栗栖のシュートをはじき出したところに内村がいつの間にかいた。
『いやあ、決死の守備が無駄になる瞬間って、最高だね』
わざわざ韓国語でささやいてボールを押し込んだ内村。完膚なきまでに叩き潰した和歌山が7-0の圧勝。決勝トーナメント進出にほぼ当確ランプを灯した。一方他会場でバンコクと上海が引き分けたことにより江南はグループリーグ敗退が確定。その後シーズンは凋落の一途をたどり、リーグ戦最下位に沈み2部降格の憂き目を見たのであった。