新指揮官は「人間」専門
ボール支配率自体は互角の展開。シュート数は3対3。それでいてスコアは2-0。それ以上に落ち込んでいる江南の選手たちに、スタジアムのサポーターはただただ沈黙していた。一方で和歌山の選手たちは前半の戦いぶりに手ごたえを感じ、後半も点を取るための青写真を描きつつ、意気揚々とロッカールームに引き上げてきた。
そんな選手たちを、ヘルナンデス監督は憮然とした表情で出迎えた。そして剣崎と栗栖を槍玉に挙げた。
『なぜあんな無茶なシュートを打った』
指揮官の表情に、剣崎はあっけにとられた。
「え、いや、行けると思ったんで・・・」
戸惑いながら答えると、指揮官は眉をひそめながらとがめた。
『そんな感覚的な、いい加減なプレーはやめたまえ。この試合は最低限でも勝ち点を持ち帰らなければらないのだ。勝手なポジションの変更や、強引なプレーを慎め』
「え、あ、はい・・・」
『栗栖。お前もだ。お前は左足で蹴るのだろう。いくら自信があるからといって奇をてらうんじゃない』
「うす・・・」
剣崎も栗栖も顔を見合わせて困惑していた。確かに無茶なプレーではあったが、ヘルナンデス監督は結果云々ではなくその行為に対して叱責していた。そして全員に釘を刺すように言った。
『むやみにリスクを冒さず、全員で丁寧にプレーしろ。今日のテーマは確実に勝ち点を持ち帰ることだ。一人の無茶なプレーはゲームプランの破たんにつながりかねない。リードしてい今、組織として守り切ることをもう一度意識してプレーしろ』
そう言うと、指揮官はリザーブの選手たちに指示を出すべくピッチに向かった。
出ていった後の部屋、殊勝の働きをしたはずなのに、なぜか叱られた剣崎はあっけにとられていた。
「なんつーか・・・怒られるようなことしたか、俺」
「まあ・・・バドマン監督と違って、無茶なプレーを好まない監督ってわけだ。お前はあんまりキャンプでプレーしてない中ら戸惑うだろうけど」
首を傾げながら「こんなもんだろ」的に栗栖はなだめた。
後半。江南の選手たちは前半とは比べ物にならないほど攻撃的なプレーに出ていた。特に球際での攻防において、いささか乱暴なまでに身体をぶつけ、やたらめったらに削り始めた。ソンやバゼルビッチはそうでもなかったが、こういうプレーに耐性のない城崎や上条は執拗に狙われ始めた。
「ぐおぅ!」
「レフェリー、ファールじゃねえのか?」
上条が背後から吹き飛ばされながらも、カードが出ないことに城崎が抗議。だが、友成はそんな城崎を怒鳴る。
「文句言う暇があるならカバーに行けバカ!!ディフェンスもっと集中!!」
後半も20分過ぎになると、次第に江南の2トップにボールが通り始め、和歌山の主役が友成に移行した。それに対してヘルナンデス監督は守備の強化を図り、2人の選手を同時に投入する。その交代の対象に、ベンチがざわめいた。
「あ?なんで俺なんだよ」
「げっ!マジで!?」
露骨に顔をしかめた小宮は猪口と、目を見開いて戸惑う栗栖は矢神と交代でピッチを後にする。時間はまだ20分近くあった。指揮官としては「このリードをなんとしても守り切れ」というメッセージを送ったつもりだった。小宮はそのまま指揮官と握手を交わすことなくロッカールームに消え、栗栖は苦笑いを浮かべながら握手を交わした。
一方のピッチ上でも、剣崎が唖然としていた。
「は?グチ、もっかい言ってくれよ」
「それが・・・ポジションを最終ラインに下げろって監督が。向こうの制空権を守ってこいって」
「なんだよそれ。俺の仕事場はあっちのゴール前だぞ?さっきはリスク冒すなとか言っといて・・・」
まさかの対パワープレー要因扱いに、剣崎の気持ちが折れる。そして剣崎に守備をさせたことが、おおきな破たんを招いてしまう。ヘルナンデス監督の志向するゾーンディフェンスへの理解力が皆無な剣崎の存在は、懸命にしのいでいた守備陣の足を引っ張ることになる。
「うあ!」
『な!』
コーナーキックの場面で、パクのマークにつこうとしてバゼルビッチと交錯。さらにそのこぼれ球をファンに押し込まれて1点差になる。
『何をしている。マンマークではなくゾーンディフェンスだというのに』
「しかし、剣崎はキャンプ中アジアカップにいましたし、元々守備も得意ではないので」
顔をしかめるヘルナンデス監督に、松本コーチが剣崎を擁護する。
『オーガキを連れてこなかかったのは失敗だったか・・・。これ以上失点するわけにもいかん。ヒサオカを呼べ。ケンザキを下げる。最終ラインを5バックにして何としてもしのぐ』
「ですが、まだ時間もありますし、剣崎を前線に戻しなおして点を取れる状態を保った方が」
『それならヤガミとタケウチで十分だ。アンデルソンもターゲット役を果たしている。ヒサオカのロングキックでカウンターを狙うぞ』
だが、ヘルナンデス監督の守備的采配は完全に裏目に出る。
「くそ、ゴール前人増多すぎだろ。バイタル固めればいいってもんじゃねえだろ」
目の前の光景に友成は戸惑う。ここまで守りに入ったサッカーをするのは初めての経験だ。そもそも全員が向こうの猛攻に耐えているわけでもない。崩されている左サイドをカバーさせようと陣形を整えるが、そこでヤンのサイドチェンジが効いた。攻め上がっていたクレーベルがフリーの交代でこれを受けると、選手が密集するバイタルエリアにセンタリング。パクとバゼルビッチの空中戦となり、そのセカンドボール。拾った江南の途中出場FW、イ・カンクが拾ってシュートし、クリアしようと伸ばされた上条の足に当たってコースが変わった。
「バカ!!誰が足伸ばせっつったんだよ!!」
逆を突かれた友成が手を伸ばすも及ばず、起死回生の同点ゴールとなった。