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リストムの長い話


「世界の終わりの話」


それはささやかに けれど確実に迫ってきていた


沢山の拍手が響く


時間をかけてゆっくりと腐ってきた世界は

終わりの始まりを待っていた


拍手の音は銃の音

悲鳴なんて無意味すぎて 誰も聞いてやしないんだ






「私がこの村に来る前、このちっぽけな世界を旅していた事は話しただろう?あれは何十年前の事だったろうか…」



私達の世界はとてもちっぽけで、ぐるりと海に囲まれていて、その海を舟でずっと行くとまた元の場所に戻ってくる。

世界の隅っこにある岩山の真ん中には「終わり」がある。


まるで箱庭のような世界



「私は常々この事に疑問をもっていたんだよ」











ちっぽけなこの世界よりもっともっとちっぽけな私はあてもなくあちこちを巡っていた。

目的があったワケじゃない、ただ私には家族というものがなかったからひとところに留まっている理由がなかったんだよ。


「家族は…死んじゃったの?」


ああ でも死に別れた時私は十分一人で生きていける歳だったしあちこち巡った村々に友人も出来たから寂しくはなかった。


こんなちっぽけな世界だが、驚きや発見に溢れていたよ。

高い山にも登ったし 大きな船で海にも出た、深い森で恐怖を覚え 美しい滝に魅入られた



そして「終わり」も見てきたよ



「終わり」は恐ろしく深い穴だった

いや穴ではないのかもしれない

あれは闇だったのかもしれない


ああ 本当はおまえにこんな話を聞かせたくはなかったが、おまえはその愛らしい見かけからは想像もつかないほど強靭な精神と激しいほどの強さを秘めているから。

私はすべてを話そうと思う



私は神よりおまえを信じているから






「終わり」の近くには小さな村があった。みんなその村の事を「終わりの村」と呼んでいたよ。

穏やかな、いい村だった。


あちこち巡ってきたが私が一番長く滞在したのもこの村だった。この村の人々は皆白い肌に金色の髪をしていてな、昔読んだ歴史書に描かれていた天使様を思わせたよ。

流石は「終わりの村」の住民だとな。

しかもな 私はその村で本物の天使を見つけたんだ


「本物の天使?」


ああ それはもう例え様もなく美しい娘だった。

若かった私はどうしても彼女と結ばれたくて、今思うと恥かしいくらい必死になったものだよ。


「天使…みたいに綺麗な人だったの?」



…いいや 「みたいに」ではなく「天使」だったんだ







今私達が暮している村は神への信仰が強いし「終わりの村」も神を崇拝していた。

けれども、私はその頃「神」というものをさほど信じてはいなかったんだ。

私はあちこち旅をしていたし、私の両親もあまり信心深い性質ではなかったからな。

だがな、私はその娘に会って初めて神に感謝したよ。


…もちろん神が実際に居ようが居まいが関係なく、ただただ「なんだかよくわからないけれど誰にでもいいから礼をいいたい」という気分になっただけの話だがね。




彼女は3年ほど前から村に一人で住んでいるらしい。

家族はなく、村長の家に奉公などをして生活していた。


家族が何故いないのか?

この村に来る前はどこに居たのか?

年はいくつなのか?


何を聞いても彼女は微笑むだけで何も教えてはくれなかった。

彼女は普通17.8の娘に見えたが、フトした表情は60の老婆のようにも見えた。

私にはそのどちらの顔も美しく神聖なものに思えたよ。





私達はとても親しくなったが、彼女はいつも一線をひいた態度を崩さなかった。


「…悲しい?」


ああ 悲しかったよ、とてもとても とても…


…フォー、大丈夫だからそんな顔しないでおくれ、もうこの話は古い。

とうに傷を癒えているから。


そう、私はとても悲しかったが私が悲しいというだけで彼女を苦しめる事はしたくなかった。

だから私は彼女に村を去る事を告げた


そして「終わり」に向ったんだ



「どうして…?」


…………

わかるだろう?フォー


ヒトは弱い弱い弱い生物なんだよ。とくに私は 弱くて弱くて弱くて弱くて弱くて…

そして最大級に愚かだった。


「死のうと…?」


ああ

「おわり」には柵なんて無粋なものは無くてな、何者も拒まぬ深い闇がぽっかり口を開いているんだ。


小さな湖位のおおきさの闇


底なんて見えない


石を落としても音がしない


「おわり」の闇





私は世界で一番自分が不幸だと考えていたよ。

愛する者に愛してはもらえなかった自分はなんて可哀想なんだとね。


…そんな風に考えてしまう人間なんて死んでしまえば良かったん。

私はその時の自分を憐れんでいるよ。


「憐れむ」というのは傲慢で尊い感情だ。



一歩、また一歩と「終わり」に踏み出し、それでも踏み込めずにいる


なんて情けない

なんて滑稽

なんて憐れ




そんな風にして、私は何日も「終わり」に居たんだ。

踏ん切りがつかないまま旅用の保存食を齧り「終わり」の近くで寝止まりし

覗き込んでは離れ、離れては覗き込みしながらな。



そうしてそれは丁度満月の夜だった。

どうしてか知らないが月というのはヒトの身体になんらかの影響を与えているみたいでな、私はその日満月を仰ぎ見て決心したんだよ


飛び込もう と




満月の神々しい光の下では「終わり」の闇も少しだけ恐ろしくはない気がした。

一歩一歩進み 穴の縁に足をかけても私は後戻りを考えなかった。


満月はヒトを狂わせる 


恐ろしいと思わない人間ほど恐ろしい生物はないと思うよ。






心がしんとして闇が心地よく感じた私は迷いなく足を踏み出した。


けれども


踏み降ろすことが 出来なかったんだよ



私はその時彼女の声を聞いたんだ。

彼女の悲しんでいるような喜んでいるような泣いているような笑っているような

叫び声みたいな声を


私はあわてて辺りを見回した。

真夜中だったが満月の光でそう暗いわけじゃない、私の斜め後ろ辺りに彼女は白い服を着て立っていた。


「どうして?なんでその人は「終わり」に?」


フォー、「終わり」に来るものは観光でなかったら答えは一つなんだよ



「…どうして?」


ああ 彼女はな不治の病に冒されていたんだ

私もその時になって初めて聞かされたよ

だから彼女は…


……彼女の声は別れた時より酷くひしゃげていた

これも病の所為なのだと彼女は悲しそうに話してくれた

彼女の声は特別綺麗だったからよく村の祭などで歌っていたそうだ。

美しかった金の髪も心なしか艶がなく量が減っていた

変化は日に日におこっていたそうだが毎日顔を見ている分には気付かなかったんだ。





それでも、彼女は美しかったよ


穏やかな表情 どこか寂しそうな笑顔

彼女は私に死ぬなと言った


自分の最後の願いだから

後生だから

自分の所為で人が死ぬなんて堪えられない と


しかし 彼女こそ自分から死に向っている

だから私は


だったら一緒にいきます


と彼女に告げた、だが彼女は承知してはくれなかったよ

あなたはまだ生きられる人間だ

とね


それでも私は納得出来ずにいると

彼女は突然悪戯っぽい、少女じみた表情で私に語り掛けた


『ごめんなさい、全部嘘なの。私が病気だっていうのもこれから死ぬっていうのも』


私は何の事だかさっぱり理解できなかった

実際、彼女の顔色は悪く、声も擦れているのに何を突然言い出すのかと思ったよ

上手くはないがもしや私を騙す為の苦しい言い訳かもとな


『あなたがあんまり聞き分けがよくないから本当の事を教えてあげる。この「終わり」は別の場所に繋がっているの、だからここに飛び込んでも死んだりなんてしないのよ。私はあっちに行くだけなの』


そう言うと彼女は可笑しくて堪らないというように声に出して笑った

私の思い違いでなければ心なしか彼女の声は以前のように明るいもののように聞こえた






呆然としている私をよそに

彼女はまっすぐ私を見てはっきりとした声で

『私に優しくしてくれてありがとう、ここはとても楽しかったわ。村の人にも私が病気だって信じこませてあるから私が突然居なくなってもさして驚かないでしょうけど、よかったらあなたから一言私が「終わり」に飛び込んだと伝えて』


と言った

いつものように少し寂しそうな笑顔で



私はそれでも彼女を止めたよ

病気でもなんでもないのだったら何故行ってしまうのか?

どうして「あっち」に行くというのか?

すると彼女は


『理由を言うのは意味が無いことよ、私が「行く」と決めた時点で誰にもそれは止める権利はないとおもはない?』


優しく微笑んではいたが彼女の言葉は鋭かった

もちろん、私はそんな彼女を愛していたから

儚げで優しげで折れそうに繊細な外見とは裏腹に

恐ろしい程の強さ激しいまでの内面が彼女の魅力だったから


『そんなに悲しまないで?あなたはこれからもっともっと世界を知りに行くのでしょう?こんなところで立ち止まっていてはいけないの』


『さぁ、月が沈む前にいくわ。…でも最後に私の故郷の歌をあなただけに』


引き止める事が不可能だとわかった私は膝をつき彼女を見上げていた、すると彼女が慈悲深い表情で最後にそう呟いた





そういえば何度か彼女が歌うのを聞いた


けれどもいつだって彼女は沢山の人間にむけて歌っていた

祭の時や祝い事の席や葬儀の哀歌



『あなただけに』


そういって微笑むと彼女は声に旋律をのせた





空気の振動

    

   声

旋律      月の

          光


  震える


魂が揺さぶられる衝撃


真っ直ぐに私を見つめる彼女の瞳


呪文のような歌詞


いつのまにか流れる 涙


「終わり」からうまれる風のにおい


すべて彼女に捧げてしまいたかった

彼女に服従を誓いたかった

崇拝尊敬心服


それは あまり

「神」

を思わせた


恐ろしい程の美しさやあまりにも圧倒的な違いを

見せつけられると

人は拒絶か尊敬

どちらかの反応をするらしく

私は気がつくと彼女の足元に跪き額を地面にこすりつけていた



ガクガクと震える拳を必死で握り

流れるがままの涙ごしに地面を見つめ

永遠のようなそれでいて一瞬のような時が過ぎた後

歌声はふいに途切れた


『ごめんなさい、どうぞ怯えないで…』


彼女の、いつもの優しげな声がし

私はやっと正気に戻れた


あわてて涙を拭い立ち上がる


…恐らく私は酷く情けない様子だったろうよ


彼女は私の為に歌ってくれたのに私は感動や感謝を口にすることすらせず

呆然と彼女を見つめていたのだから


『ごめんなさい』


もう一度彼女はそう口にしいつものように

いや いつもよりももっともっと寂しそうに微笑んだ


『やっぱり私の想いはあなたに苦痛でしかないみたい』


私は必死になって否定した

そんな事はない と

彼女がどんな理屈であんなにも人の心を揺さぶる歌を歌ええるのかはわからないが

私は彼女を愛していた

それだけはわかっていたんだ


…けれども私には彼女を引き止められなかった


『ありがとう、でももう行くわ』


…彼女は私のように未練たらしい躊躇などしなかった


「その人は…『終わり』に…?」


ああ 寂しそうに微笑んだまま

すっと つま先から消えていったよ


「死んじゃった  の?」



……どうだろうなぁ  『別の場所』に行ったのかも知れないしそうでないのかも知れない

…まぁ 同じ事だ。私はもう彼女には会えない、彼女と連れ添うことは出来なかったんだ




それから私は半分死んだようになって『終わり』について調べた。神聖な場所だから迂闊な事はできなかったが私なりに必死になってな。


いつからあるのか

誰が発見したのか

何の為にあるのか


答えは一つもでなかった


それは古からあり

それは古から知られ

それは古から必要とされていた


何もわからなかった、わかろうなんて思うのは驕りだった。



…でもなフォー、私は確信しているんだよ


…いつか『終わり』は世界を飲み込む


「世界を?」


…ああ それだけはわかった、いや それだけしかわからなかった

…それ以上はわかってはいけない


「…どうしてそう思ったの?」



わからないんだ どうしてわかったか わからないんだよ

ただ 恐らく彼女が『終わり』に消えたのも何か意味があった気がするんだが

どうしてもわかった事がわからない


…ああ こんな話は戯言だと笑ってしまっておくれ。

ただおまえにだけは話ておきたかったんだ。

話さなければいけない気がしたんだよ。




そういっきに喋りきるとリストムは長く息を吐き瞼を閉じました。


「少し喋りすぎたようだ、水をくれるかい?」


「うん、はい 大丈夫?」


フォーが心配げに顔を覗き込み水を渡すとリストムは一口飲み、しばらくすると微かな寝息をたてはじめました。



この章、いらないかもなあ…。

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