13番目の月
千切れそうな絶望
発狂してしまいそうな孤独
そんな胸を深く抉る感情を風に撫でられたように微笑う
鈴の音を纏った少年
運命なんて逃げはつかわない
けれど偶然なんて陳腐なものじゃない
私がこの世界にいてあなたがこの世界にいた
ただそれだけ
それだけで十分だったんでしょ?
私たちは互いを知らない
逢っていた時間は決して長いものではない
でも だからなんだというの?
何十年何百年一緒にいたら本当で数日の逢瀬では偽物?
いいえ
だって私には確信があるわ
この世界でこの瞬間に生きているのは
あなたに逢うためであるのだと
◆
どれくらいの時を無言でいたのかは定かではない。
眠たげな鳥の声が慎み深く聴こえる。
「『終わり』を見ていく?」
先刻の様子を微塵も感じさせない明るい声でアジェルが屈託無く尋ねる。
「ううん、昔母さんと見に来たことがあるから。」
リノは小さく肩をすくめ「哀しい場所だった」と呟いた。
村へ戻る道すがらアジェルは乾いた咳を繰り返していた。
「具合が悪いの?朝は冷えるのに…大丈夫?」
心配げにリノが覗き込むとアジェルはいつものようにくっきりと微笑った。
「大丈夫よ。ただ身体はもうそろそろダメになるってだけのことだわ」
「?!」
それは大丈夫とはいわないのではないのだろうかと焦り、けれどもあまりにあっけらかんと答えられたのでリノは何と言ったらよいかわからず押し黙りました。
アジェルはそんなリノの様子を可笑しそうに眺め
突然歌うように呟きました。
「天のお国に還るまで 夢を観ましょか 永久の」
◆
チリン チリンチリン
チリィ…ン
一睡もせぬまま月が消えていくのを見ていた
ほんの少しだけ欠けた月
欠けていく月ではなくみつる月だ
…満月
恐らく今宵は13番目の月だろう
満つ月
蜜月
密月
ほんの短い時だったがやわらかな笑顔が鮮明に思い出せる
その笑顔が自分に向けられていて幸せだと感じていた瞬間を思い出せる
それだけで十分だと思った――――
――刹那
「フォー」
囁くような声
けれど聞き違えるはずもないその声
チリン
古びたテントに風が通る
少年はすくりと立ち上がる
テントの入り口に垂れていた布が捲くれあがる
チリン
風が少年の頬を撫でる
亜麻色の髪が舞い深い翠色の瞳を細める
「リノ」
少年は、やはり囁くような声で相手に答える
金色の天使が記憶と寸分違わぬ笑顔で立っていたから
やわらかく微笑んだ少女は手を伸ばす
掴まなければいけないと想う者がそこの在るから
当初書いたものからかなりカットしてみました。