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決意


夜明けを待たずにそのものたちは村に入る

全員が全員白いフードを目深にかぶり表情は読めない

彼らは自分達を信じている


自分達の神を『本当に』信じているのだ


愚かなほど 純粋に



                    ◆



「次の満月の夜だ」



久しぶりに会った少年に村長は簡潔に伝えた。

少年は何も答えない。

その瞳には何の感情もないように見える。

村長はそんな少年を少し恐ろしく感じたが、それを悟られぬよう皮肉めいた口調で続けた。


「この村の娘と知り合いになったそうだな。その綺麗な顔でひっかけたんだろ?それとも娘が勝手によってきたのか?油断もすきない子供だ。それとも最後の火遊びのつもりだったか?」



少年は 何も答えない。


村長の横に立っていたサーカスの団長が下卑た笑いを浮かべながら口を挟む。


「心配は無用でしょう、娘といってもまだ子供ですよ。何にもしちゃいないでしょう、ええ 旦那が心配しているようなことは何にもね。なぁ フォー、金髪の可愛いお嬢さんだったなあ。」



少年はやはり何も答えない。

ただ、食い縛っていたらしい唇から赤い血が滲んでいた。




                    ◆



…フォーはずっと村にいるわけではない

…サーカスがいなくなれば逢えなくなる


そんなことははじめからわかっていた事のはずだ。

けれどもリノはそれが嫌だった。


『嫌だ』だなんてまるで本当に小さな子供の、それも聞き分けのよくない困った子供のような言い分。


でもそれ以外はなにをどう言葉にしたらいいかわからない


…フォーはサーカスがそんなに好きじゃないみたいだった

…あそこにいるのがフォーの幸せだとは思えない


けれども子供である自分達には勝手に生きていくことができない


…でもフォーはサーカスで旅をしているうちに

…やさしい人達に養子に望まれて幸せになるかもしれない



ふと そんな考えがリノの頭をよぎります。

リノはフォーに逢えなくなるのが酷く寂しく感じていますが、フォーもそう思っているかはわかりません。


「私は結局なにもわからないのね」


少女が自嘲気味に呟いた時、部屋の窓にコツコツと小石がぶつけられている事に気がつきました。






「さぁ 終わりの始まりよ」


リノが窓に近づくなり唐突になげられた言葉。


「え?」


ぞわり


その言葉は何故か途方も無い恐怖をリノに与えました。


「この言葉」が始まりの合図であるように、これから起こる物語の最初の言葉


目の前が真っ赤になりそしてすぐに真っ白になる


「まって!それはどういうこと?!」


感情に任せて声を荒げると同時にカーテンをめくるのももどかしく窓を開ける


「すべてを失ってもいいのなら すべてを捧げてもいいのなら 話してあげるわ、お嬢ちゃん」


まっすぐ見つめる灰色の瞳

くっきりと それでいて嫣然と微笑む

胸の下で組まれた細い腕


形の良い細い指


存在しないからこそ美しい左手の小指



 

                    ◆



窓から外に出るなんて初めてだった。

祖母に見つかったらそれこそ「女の子がなんてはしたないことを!」とひどく叱られたことでしょう。


村はまだ半分以上眠っているらしく、しんとしています。

少し前を美しい姿勢で歩く女性に沢山の疑問を投げかけたかったのですが、今はまだ口をひらく時ではないとリノは空気として感じとり沈黙を守り後を追います。



どれくらい歩いたでしょう。

朝露に肌が濡れ靴が湿っています。

アジェルがひたと立ち止まったその場所は『終わり』へと続く道の手前でした。

彼女の前には一本の細い道が続いています。

子供には少し急な坂道ではありますが上れないことはなといったところです。


「ねぇ リノ、『運命』を信じる?」


唐突にそんなことを聞いてきたアジェルに、けれどもリノはどうしてか躊躇なく答えました。



「信じない」


「ねぇ リノ。『神』を信じる?」


「信じる必要なんてないわ」


フフフ

とアジェルは低く笑いました。

そしてそのまままるで独り言のように平坦な口調でほろりと言葉をこぼしました。


「問うわ」


「あの少年、フォーが生贄としてこの『終わり』に放り込まれるとしたら。リノ、あなたに何ができる?」






…イケニエ

イケニエイケニエイケニエイケニエイケニエイケニエ


その言葉は以前聞いた時よりも深くリノに突き刺さります

『自分は神のモノなんだ』そう呟いた少年の横顔


「フォーが生贄として『終わり』に…」


焦点の定まらない瞳をしたままリノは崩れるようにしゃがみこみました。



…なんで?

…なんでフォーが生贄として死ぬ必要があるの?


それが一番に考えた疑問


…なんで?

…フォーが死んでしまったら他の人間が生きている意味なんてないじゃない?


それはリノの純粋な疑問



「占い師が言ったそうよ、あの坊やが『終わり』に飛び込まないと世界が終わるとかなんとか」


物騒な言葉とは裏腹にアジェルはやわらかく微笑んでいた。

まるで世間話をするような気軽さで。


「…止めることはできないの?」


しゃがみこんだまま少女は絞り出すようなくぐもった声で呻きました。


アジェルは媚態を感じさせるほどの完璧さで首を傾げ、さも当たり前のように言い放ちました。




「か弱く愛らしい天使のような金色のお嬢ちゃん。その透けるように白く折れそうに細い腕でその優しく甘やかに囁くような声でその弱く脆く叫ぶことすら耐えられない心で何ができるっていうの?」




真実の言葉はときに悪意ある戯言よりも深く胸をえぐる



俯いた瞳に地面を翔る鳥の影

暁を覚えた空を見ずとも大きな鳥のそれだとわかる


…人は無力だ


途方も無くそう思う


…この空を飛べたら

…私はしっかり地面を踏めるんだろうか



「奇跡なんて起こりはしないの」


謳うように穏やかな口調で女が囁く

絶望を招くように


「そうね」


喘ぐように少女が答える

伏せた瞳に長い睫毛の影

けれどもそれはゆっくりとひらかれる

明るい空色の瞳はしかし今は銀色をしている







「奇跡なんて起こらない、ただ跪いて祈っていても、裂けるほど想っていても。でも、私には確信があるの」



今はもう俯いてはいない。

その表情にはあどけなさが消え、ただただ透明な空を映す瞳がすべてを語っている



「確信?」


微笑みを止め表情の読めない白い顔で女は低く問う


その問いを聞いているのかすらわからない様子の少女は、硝子玉のような瞳をしたまま言葉を紡ぐ



「確かなことなんて何一つ無いと私はこの短い人生で学んだけれど、例外があったの」



女が怪訝な表情を浮かべる、しかし口を挟まず続きを待つ


すると突然少女は柔らかく笑う



「そしてもう一つ学んだことは人生は例外にあふれている ということ」





この辺は直そうと思ってる。もっと意味が通るように、意味のある運びになるように。

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