白い鳩
…どうしたんだろう?
もう夕方近くになるのにリノがテントに顔を出しません。
…もしかして昨日打ち所が悪かったのだろうか
考えただけで顔から血の気が失せます。
自身の身体もギシギシと痛みますが、それよりももしリノが苦しんでいるとしたらそれは受け止められなかった自分がいけないのだと。
ざっ
っと音をたてて風がテントの垂れ布を捲り上げて通り過ぎました。
チリリン チリン
呼吸と変わらなくなるほど聞いているはずの鈴がいやに大きく鳴りました。
フォーはゆっくり呼吸を繰り返します。
少女と初めてこの場所で会った時そうしていたように身体をまるめ両膝を抱き入り口を見つめています。
世界が終わるときはきっと何の前触れも無く、ごくあっさりと終わるんではないだろうか。
だからきっと
幸せが終わる瞬間だってきっとゆるゆると水が水に混ざるように
…でも 終わりの前にこれだけ幸福だったのなら
…今までのすべての悲しみを悔やんだりしない
◆
白い鳩が薄い夕焼け色の空を往く
足に括り付けられた手紙
恐らくそれは小さき者達の運命を動かす
何が正しいかなんて本当はわからないしわかったとしても意味はない
結論は常に後付でしかないしそれは大きな意味であきらめともいう
ただそれだけを本能ではみんなわかっていた
ただ それだけを
◆
くるしいくるしいくるしい
「苦しいよ」
呟きよりも囁きよりも小さな声で少女は嘆く。
どうしてか涙すら流れることをしない。
自分が無力であることなんて物心付く前からわかっていたのにそれがこんなにもこんなにも哀しい。
反発なんてできるはずがなかった
できないように育てられた
それでもそれでもそれでも
なにか大変なことがおこるような胸騒ぎ
背中にいやな汗がつたう
暖かな部屋の中にいるのにガクガクと震えが止まらない
…きっと今日を境に何かが変わる
…しかもそれは恐らく
…良くない方向に
物語が動きだす
恐ろしく勢いをつけ坂を下るように
築き上げてきた小石を大波がさらうように
変われない事を嘆くなんて愚かだ
本当は変わらないでいることなんてできやしないのだから
◆
ちっぽけな世界のとりわけちっぽけな村
村長をはじめ村の大年寄りや神仕えの者達がひっそりと旅に出る。
目指す場所は終わりの場所
目的は…
「神が自分の為に在る…」
誰にも聞こえぬようにそっと呟く。
深い夜だが眠りが訪れず翠の瞳は開かれている。
少女が言った言葉、その言葉の意味をぼんやりと考えるが身体の痛みからか思考は途切れる。
たった一日会わなかっただけでどうしてこんなに寂しいんだろう。
…寂しい?
…ああ 寂しいなんて思ったのは
…あの人が死んだとき以来だった
やわらかい金色の髪 透けるように白い肌
強く触れると折れてしまいそうに細い小さな身体
時折弱弱しく翳りけれどもふいにとてつもなく激しく強い
大きな空色の瞳
こんな感情を知ることなんてなく消えると思っていた
リストムが話してくれたように彼が『本物の天使』に抱いた感情
きっと同じだったはず
チリン
右手で軽く額に触れる
左手には白いハンカチ
…ああ
…もしかして自分は
…生まれてきて幸せだったのかもしれない